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ここが知りたい『グローバル・サウスと日本~国際秩序の道標』

石附 賢実

目次

米中間の緊張の高まり、出口の見えないウクライナ戦争、さらには各国でみられる保護主義の台頭。世界はいま、グローバリゼーションの終焉から分断の危機に瀕している。中露は「多極化した世界」を志向し、西側が主導してきた国際秩序に揺さぶりをかけている。西側は、自由や民主主義といった価値観を堅持しつつも、グローバル・サウスに押し付けることなく寄り添い、彼らが主体的に参加する、安定した国際秩序を目指さなければならない。日本は、西側の価値観・枠組みとグローバル・サウスとの間の結節点として、役割を果たすにふさわしい存在だ。政府や企業がこの「立ち位置」を活かさない手はない。

結局、グローバル・サウスとは何なのか

グローバル・サウスとの表現が頻出するようになったのは2022年後半以降である。明確な定義はないが、多くの発展途上国が南半球に位置することから、一般的には「発展途上国」のことを指す。しかし、中露陣営を除いた途上国、冷戦期の第三世界的なニュアンスで使われていることは明らかである。つまり、西側と中露の対立が深まるなかで、「その他の国々」の重要性の高まりとともに注目されてきた言葉といえよう。グローバル・サウス自体も成長しているが現状は世界GDPの2割程度に過ぎない。中国の爆発的な成長により、これまでは圧倒的に強かった西側のパワーが相対的に衰え(資料1)、グローバル・サウスがキャスティングボードを握る場面の増加を想起させている。

結局のところ、グローバル・サウスとは何なのか。インドは2023年1月に「グローバル・サウスの声サミット」を初開催し、同年のG20議長国としても、気候変動枠組条約締約国会議(COP28)においても、その代弁者であるかのように振舞った。日本でも政府や与党がその重要性を強調し、あたかも一つの主体であるかのような錯覚を受ける。しかし実態は一体でも一枚岩でもなく、ましてや極ではないことに留意が必要だ。

グローバル・サウスは「第三極」ではない

これまでみてきたように、グローバル・サウスとは、西側や中露には属さない途上国を全体として指す。しかし、決して第三極ではない。

日本にも身近なASEANをみてみよう。ASEANは1つの組織体として行動することによって国際社会で存在感を発揮してきたが、構成国は実に多様である。宗教や政治体制はもちろん、一人当たりGDPも実に67倍もの差がある(シンガポール/ミャンマー)。

BRICSも新興国の代表格とされる枠組みだが、まったくもって一枚岩とは言い難い。2023年8月の首脳会議では新たに6か国の加盟を決定したが、政治体制を映すFreedom Houseの自由度スコアは二極化している。なお、アルゼンチンはミレイ新大統領が加盟を撤回し、新加盟国には民主的とされる国は見当たらなくなった。

かように多様な国々に対して、一括りにして対応を検討することはありえず、あらゆるレイヤーで丁寧に接していくことが求められる。

現行秩序へのグローバル・サウスの関与が大切

冒頭述べたように、米中対立やウクライナ戦争を機に分断・保護主義的な動きが世界で加速している。これは、安全保障と経済が表裏一体であることを示している。IMF専務理事のクリスタリナ・ゲオルギエバ氏が2023年8月に外交誌Foreign Affairsに寄稿した論文によれば、2008年の金融危機を境に世界はglobalizationからslowbalizationに移行した。1年間に課された貿易規制は2019年の1000前後から2022年には3000近くまで激増した。同氏は分断が長期的に世界のGDPを7%減少させるとしている。

グローバリゼーションは、世界に空前の成長をもたらしたのみならず、人々の生活、厚生の向上に貢献した。中露は2023年の首脳会談で数次に亘り「多極化」との言葉を使って、西側が構築してきた秩序への挑戦を公然と口にしているが、その内実としては彼らも西側が主導したルールに基づく国際経済秩序の恩恵を受けてきた。進むべき方向性は分断であってはならないことは明らかだ。中露が西側への対抗心を隠さないなかで国際秩序を安定させるためには、グローバル・サウスの国々が西側主導の現行秩序に主体的に関与してもらうことが欠かせない。ただし、それは容易なことではない。

グローバル・サウスの難しさ - 敵の敵は味方

グローバル・サウスもグローバリゼーションの恩恵を受けて成長してきた。しかし、SNS等を通じた質の低い情報や偽情報の発信が容易になるなかで、格差や搾取といった、西側との関係における「負の側面」がこれまでになく増幅されやすくなっている。ここに西側を敵とする中露から付け込まれる隙がある。この隙、すなわち「敵の敵は味方」の原理が西側にとって重荷となっている。

多くの西側先進国は、過去の植民地政策の反省の上に立ってグローバル・サウスに寄り添う姿勢をもっと示すべきだろう。それでも、自由や民主主義、法の支配といった西側の価値観は決して捨てたものではない。これを否定することは中露の論理、すなわち力による支配、「大国に中小国が従う世界」が広がることになる。

日本はその立ち位置を活かせ

日本は西側の一角でありながら、グローバル・サウスとの「結節点」といえる存在である。江戸末期以来、西側の国際秩序に適応していくなかで、間違いを犯しながらも修正し、幾多の困難を克服してきた歴史を持つ。これは、国際秩序が決して欧米の専有物ではないことの証左ともいえる。日本ほど現行秩序の有用性をグローバル・サウスと共有・共感するのに相応しい国はあるまい。さらに、戦後一貫して平和外交を展開し、各国の事情に寄り添ったODA(政府開発援助)等を通じて、ASEANなどから非常に高い信頼を得てきている(外務省対日世論調査)。この日本特有のナラティブや高潔性、信頼といった資産をレバレッジとして活かさない手はない。これは、外交や安全保障のみならず、企業の海外展開など民間レベルにおいても活かすべき資産である。

CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)は米国の交渉離脱後、日本のリーダーシップで発効にこぎつけた。2024年秋の米大統領選の結果如何で米国の内向き姿勢が鮮明となれば、日本がマルチ(多国間枠組み)の場で果たすべき役割は格段に大きくなる。最近の動きとして、インドネシアが西側の枠組みであるOECD(経済開発協力機構)への加盟意思を表明し、2024年2月、加盟プロセス開始が決定された。西側の枠組みに価値を見出し、主体的に関わりたいと感じる国が一つでも増えるよう範を示し、グローバル・サウス一国一国と丁寧に寄り添い、共に平和と繁栄を目指す。これこそが日本の生きる道である。

石附 賢実


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