ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

その土地で生きていく、ということ

~能登半島地震 これからの地域社会の再構築を考える~

稲垣 円

目次

本稿では、農山漁村などに残る伝統的地域社会において、土地と人の結びつきにどのような意味があるのかを述べたうえで、2024年1月1日に発生した能登半島地震について、今後の課題となる地域社会の再構築について考察する。

1.土地と人の結びつき

「地域とは、一定の境界をもって、人びとがそこに住み、生活し、人間関係をおりなしていく場所」(山崎2009)である。日本の伝統的地域社会では、家屋、家業、家名(あるいは屋号)などが存続することが期待され、こうした家々が寄り集まり、結びついて地域が形成されてきた。地域を構成する「家(イエ)」(注1)は、1つの社会的な単位でもある。日々の生活のみならず、冠婚葬祭における相互扶助、山林・水の共同管理といった、まさに「共同体」として地域が維持されてきた。このような共同慣行が残る地域は現在ではそう多くないが、農山漁村をはじめとして部分的に継承されている地域は存在する。

現代に生きる多くの人びとの感覚であれば、しがらみが多く、なんと不自由な縛られた関係なのだと思うだろう。だが、家は元来、祖先を同じくする人びとが個人や世代を超えて長い時間を共有するものであった。しかし、こうした家は、1960年代以降の日本の社会・経済状況の変化によってその形を変えていく。仕事を求める人びとの大規模な移動があり、都市化(生活の社会化)が進み、核家族という個別化された家庭のあり方が主流となったのである。

では、移動した人びとは故郷とのつながりが絶たれてしまうのかというと、そうではない。表面的に見える「居を構える人(住民票のある人)」の数こそ少ない地域であっても、盆暮れ正月になれば、きょうだい、子どもたち、親戚が家族を連れて帰ってくることは現在でもよく見る風景だ。地域に残る祭事に参加するためにその時期には必ず帰り(子どもたちに経験させたいとあえて帰ってくることもあるかもしれない)、地域を盛り上げているというケースもある。また、家を出て暮らしていても、通える距離で暮らし、週単位で頻繁に実家に帰ることを選択している人もいる。

このように、家に紐づくネットワークを辿っていけば、地域に住んでいなくても、その地域を形づくる一端を担っている人びとの姿が見えてくる。これが土地と人の結びつきである。

2.そこに住む人にとっての地域社会(コミュニティ) (注2)の意義

元旦の能登半島地震発生から1か月が経とうとしている。報道されている「生まれ育った地域に住み続けたい」「この地で事業を再建したい」という被災された方々の語りをみると、受け継がれた土地がその人にとって重要な意味をもつことの一端を垣間見ることができる。一方で、地震によって地形が大きく変化し、危険度の高い土地や建物、孤立する集落も存在する。余震が続くなかで、残念ながら震災以前と同じ土地で再び生活するという選択が難しい現状もある。そうした時に、人びとの拠り所になるのが、地域社会を維持するなかで培われてきた人と人、世帯と世帯との関係である。

先日、政府は被災地について「コミュニティーを維持しながら 復旧復興を支援していく」という考えを示した(注3)。災害時の復興過程でコミュニティの維持が重要であるという認識が広がったのは、1995年に発生した阪神・淡路大震災の教訓からだといわれる。当時、震災発生の直後から、住民の自治組織や地元企業が共同で消火活動や倒壊家屋からの救助活動に取り組み、その後の復興支援まで地域の復旧にあたったという、まさにコミュニティの力が発揮された地区もあれば、被災者が避難所から仮設住宅、災害公営住宅へと移り住む過程で元の住まいで形成されていた住民間の関係が絶たれ、また新たな関係が形成されることなく「孤独死」に象徴される社会的孤立が発生し、社会問題になった。

住まいを失った人が暮らしを立て直すうえで、仮設住宅の設置や安全性の高い場所への移転は必要不可欠である。併せて個々人が持つ知人や近隣との接点が継承されなければ、たとえ物理的に住まいを確保することができても、心身の健康へのリスクが高まる可能性がある(注4)。この教訓を踏まえ、中越地震の被災自治体は従前の集落近くに土地を確保し、集落単位で仮設住宅に入居する仕組みを導入した。東日本大震災の後には、津波リスクのある沿岸部から高台等への防災集団移転が数多く行われ、その際には仮設の建て方を工夫するなど、住民同士がコミュニケーションをとれるような取り組みも行われた(注5)。

今回の地震で大きな被害を受けた地域は、昔ながらの地域性をもち、住民が顔なじみで日常的に相互扶助を行いながら生活をしてきた人も多い。少しオーバーに表現するならば、顔なじみ、あるいは慣れ親しんだ関係というのは、固有の歴史をもつ者同士としてお互いを(長く暮らすほど)熟知し合っており、相手とのやりとりを通して自分自身の存在を確認できる間柄であるともいえる。そこが過疎であろうが、高齢化が進んでいようが、人びとが暮らしつづけることを望むのは、そこに「固有の者」としての自分を保つための営みがあるからとも捉えることができる。

今後復興を目指していくなかで大事なことは、住民の意向を汲みとり、人や世帯の関係性が維持されることを前提に、命と暮らしが守られる生活を取り戻していくことであり、そのための適切な集落の維持や集約、移転が進められていくことだ(注6)。

3.当事者でないわたしたちができること

先に述べたように、今回の地震の被災地は、昔ながらの地域性を持ち古民家のような築年数の古い建物も多く、その多くが倒壊している。今も余震は続くが、人びとの生活は続く。生活再建に向けて息長く支援していけるかが重要だ。直接現地に行くことが叶わず、はがゆい思いをしている人もいるかもしれないが、被災地のニーズも刻々と変化するなかで、必要になる時が来るまで注意深く動向を見守り、今できる支援を続けたい。被害の小さかった周辺地域へ積極的に観光等で訪れることも大切な支援の1つだ。

南海トラフ巨大地震や首都直下地震など、今後日本でも大きな災害が起こることが予測されている。地域によっては、普段から隣近所と関わることが少ない(あるいは全くない)人もいる。自分が「地域社会の一員」であるという実感をもっていたり、近隣住民と共同で問題解決したりする場面に遭遇する可能性を想像できる人はそう多くないだろう。しかし、ひとたび災害が起これば、都市か地方か関係なく誰もが一住民として近隣と運命共同体のひとりとなる。そのように考えると、今暮らす地域を「いつかは離れる仮住まいの場所」ではなく、「自分のまち」として捉えられるかが、自らの命を守るための備えにつながるのではないか。足元の自分が暮らす地域にはどのような人たちが暮らしているのか、いざという時に自分は協力し、助け合うことができるか。地域を知り、一人ひとりが考え、行動できるかにかかっていることを改めて自覚したい。

最後に、能登半島地震で被災されている方々には心よりお見舞いを申し上げ、一日も早い生活の再建をお祈りいたします。

【注釈】

1)日本の伝統的な家族(疑似家族)システム。家業の繁栄と継承によって維持される。

2)本稿では、「コミュニティ」を、ある地域社会で共有されている価値観を保有する人びとからなる組織体と解釈する。

3)日曜討論「能登半島地震の政府対応 林官房長官『コミュニティー維持しながら 復旧復興を支援する』」日本放送協会,2024年1月14日

4)住民の心身の健康だけでなく、コミュニティ機能(たとえば、生活に関する相互扶助、伝統文化の維持、地域全体の課題に対する意見調整・合意形成等)が低下することにより、緩やかに保たれていた住民や世帯個々の安心・安全な状態が崩れることが懸念される。

5)孤独死が完全になかったわけではない。地域性を異にする複数の地域から転居を余儀なくされた結果、不安定な状況が生まれたケースも存在する。

6)当然ながら、選択肢の1つとして、県外など元の居住地を離れて生活を再建することも考えられる。また、過去の事例から女性被災者が抱える課題(プライバシーがない、生理用品の不足、取り仕切るのが男性だけだと、どうしても女性への配慮不足に陥るなど)や高齢者、障がい者、子ども教育の課題も鮮明になっている。本稿では、そうした個々人や家族の意向も含め「住民の意向」と記した。

【参考文献】

  • 飯田泰之他「地域再生の失敗学」光文社新書,2016年.

  • 池田啓子「老いの危機管理-生きられた経験としての阪神大震災」,井上俊他「岩波講座現代社会学第13巻 成熟と老いの社会学」岩波書店,1997年.

  • 小泉秀樹「コミュニティデザイン学 その仕組みづくりから考える」東京大学出版会,2016年.

  • 国土交通省「移転に関する制度(防災移転支援事業、防災集団移転促進事業)」
    https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_tobou_tk_000009.html>2024年1月22日アクセス.

  • 今野裕昭「インナーシティのコミュニティ形成-神戸市真野住民のまちづくり」東信堂,2001年.

  • 佐久間政広「災害公営住宅におけるコミュニティ形成に関する若干の考察」社会学年報,No47,2018.

  • 田中正人「『災害孤独死』とはなにか」復興(12号)Vol6 No3,2014.

  • 山崎丈夫「地域コミュニティ論-地域分権への協働の構図 3訂版」自治体研究社,2009年.

  • 山下祐介「限界集落の真実-過疎の村は消えるのか?」ちくま新書,2012年.

稲垣 円


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