ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

人びとが集い、にぎわいを生むまちづくりとは

~ふくまち大学(福井県福井市)~

稲垣 円

目次

1.地方都市の「にぎわい」、「魅力」を創出するには

日本の多くの地域では、人口減少と高齢化の進行による地域コミュニティの弱体化や地域経済の縮小による商店街や繁華街の衰退等に直面している。人びとがまちに集まる「魅力」や、行き交う「にぎわい」を創出するにはどうするか、多くの都市が共通して抱える課題である。また新型コロナウイルス感染症拡大をきっかけに、人びとの生活習慣や働き方も大きく変わった。例えば、リモートワーク、ワーケーション等を組み合わせたハイブリットワークといった柔軟な働き方を導入する企業や、多様な働き方や暮らし方を求める人など、地方へ移動することに対する期待も少なくない。

こうした中、近年政府は新たな都市像を示すキーワードとして「WEDO(Walkable, Eyelevel, Diversity, Open)」を掲げており、「官民のパブリック空間をウォーカブルな人中心の空間へ転換し、民間投資と共鳴しながら『居心地が良く歩きたくなるまちなか』を形成する必要がある」と提言し、まちなかにおける交流・滞在空間の創出に向けた取組みを推進している。多様な人びとが集い、出会い、交流することで新たなつながりやコミュニティ、心地よい居場所が形成されること、それがまちの持続性の向上につながるという認識が広がっているといえる。

2.100年に1度のチャンス‐「県都にぎわい創生協議会」の設立

本稿で紹介する福井市は、福井県の北部に位置する人口約26万人の中核市である。玄関口となる福井駅を中心に商業、行政機能、歴史文化遺産、自然環境がコンパクトにまとまり、繊維産業が盛んなまちとして栄えてきた。   

しかし、他の地方都市と同様、1990年頃から主要企業の拠点は県内に分散するようになり、それぞれに一定程度の都市機能が集積されたことから、人々の暮らしも郊外で完結するスタイルへと変化した。かつては中心市街地として活気があった駅周辺エリアも、シャッターの降りた店舗や、コインパーキングの増加がみられ、多様な目的で人が訪れる機会が少なくなってきている。いかにしてまちなかの付加価値を向上させ、再びにぎわいを生み出せるかが長年の課題となっていた。

図表1
図表1

こうしたなか、2012年に北陸新幹線福井・敦賀間の工事実施計画の認可が得られ、2024年春の開業が決定したことによって事態は変わる。「100年に1度の大きなチャンス」と言われるなか、県都の玄関口として福井駅周辺のにぎわいを取り戻すためにおおよそ半径1キロ圏内を対象エリア(まちなか)として、そのエリアの価値を高めるために、福井駅周辺の活性化や魅力向上を図る取組みが始まった。2020年7月に、福井商工会議所、福井県、福井市など官民が連携した「県都にぎわい創生協議会」が立ち上がり、会頭、知事、市長などが議論を重ね、2022年10月には、今後のまちづくりの指針となる「県都グランドデザイン」が公表された(注1)。

県都グランドデザインでは、基本方針を「県都のリノベーション(既存の建物の大規模な改修ではなく、分散した都市機能をまちなかに再配置し、エリア価値を最大化することを意味する)」とし、その実現に向けて3つの領域「たのしみ」「くらし」「しごと」に、それぞれに3つ、全体で9つの行動目標を設定している(図表2)。この中には、まちなかの開発というハード面の整備と併行し、市民にとってまちをどのように使い勝手の良いものにしていくかといったソフト面の事業も含まれている。これらの行動を推進することで、まちなかに様々な世代や立場の人が混ざり合い、ここから新しい「たのしみ」「くらし」「しごと」を共に創り出し、まち全体に広げていくことを目指している。これを実現する具体的なプロジェクトとして生まれたのが「ふくまち大学」である。

図表2
図表2

3.まちなかを「キャンパス」に

「大学」という言葉を聞いて、何をイメージするだろうか。 講義を受け、サークルや部活、ゼミで仲間と時間を過ごす。春は新入生歓迎会、秋には大学祭が行われる。何はなくともそこに行けば友達に会える、自分の居場所がある。大学は学ぶ場所だけでなく、人が集うさまざまな要素が含まれている。

「ふくまち大学」は、こうした大学がもつ要素を活かし、物理的な拠点を設けるのではなく、福井駅を起点としたまちなか全体を大学のキャンパスに見立て、まちを使いこなす人を増やしていくための学び舎として誕生した(図表3)。

図表3
図表3

ふくまち大学を構想したのは、長く福井のまちづくりを先導するとともに「県都にぎわい創生協議会」の委員でもある専門家と、市民のウェルビーイングの向上を目指す研究者たちで、その運営の中心を担うのは、20代〜30代の若い世代だ。

他の多くの地域と同じく、福井市は若者の県外流出が進む。彼らがまちに楽しみや居場所を見出せなければ、この潮流に歯止めがかからない。運営を担うメンバーこそ、自分のやりたいことを展開し、人と人とをつなげることを体現していく必要がある。まちなかにどのような場を作りたいか、どのような学びを提供できるのか、運営会議が繰り返し行われ、ふくまち大学の全体像が形づくられた。

2022年7月から始まったふくまち大学では、学びや体験、交流などのプログラムを「学科」「ゼミ」などと位置づけ、これまでに26講座が開かれ、延べ746人が参加している。講座には誰でも参加でき、講師の話を生徒が聞くという座学スタイルではない。生徒は、主体的に参加し、共に時間を過ごす生徒同士が積極的に交流することができるプログラムとなっている。

たとえば「まちの健康学部コミュニティナース学科」では、現役の保健師兼看護師が講師となり、自分の住むまちで「ヒトとコトをつなぎ、まちを元気にする」「地域の力を引き出し、まちの可能性を広げる」「地域に必要な機能をつくる」をできることを目指した講座を開催している。生徒は、コミュニティナースに関する基本を学んだ後は、講師が用意したさまざまな実習先に赴き、地域住民と交流を重ねながらヒトとコトをつなぐことを体感して学ぶ。数回の実習では、地域住民との関係構築の方法も探りながら、最後に、健康おせっかい活動をしていくことを宣言する「宣言証」が授与された。

「まちの暮らしをつくろうゼミ」(注2)では、川沿いや公園、山道をハイキングしながら、地球誕生から現在に至るまでの46億年という歴史を約4.6㎞という距離に置き換えて、地球のたどってきた歴史を体感的に振り返る講座を開催した。まちなかを3時間ほどかけてゆっくり進み、途中何度も立ち止まりながら、地球の歴史と人類の歴史を説明する。教科書では一瞬で終ってしまう内容も、学ぶ場としてまちを舞台とすることで、全身を通して私たちの暮らしを俯瞰することができる。家族での参加も多く、学び場としてまちなかを活用する意味でも絶好の方法であろう(図表4)。

図表4
図表4

図表4  ふくまち大学講座
左:コミュニティナース学科 受講生と講師
図表4  ふくまち大学講座
左:コミュニティナース学科 受講生と講師

右:まちの暮らしをつくろうゼミ
右:まちの暮らしをつくろうゼミ

画像提供:ふくまち大学

4.多層的なつながりをつくる

私たちは日常生活において、家族、職場、学校、(職場や学校以外での)友人、地域など、いくつかの社会的なつながりをもっている(図表5)。最も近い「家庭」との関係は、基本的には長期に安定しており、いざという時のサポートも受けやすい。そして、人の成長過程や住まいや仕事の変更、家族形態の変化などに伴い、所属する場所は変化していくものの、その時々で新たに他者とのつながりがつくられ、楽しみを共有したり、悩みや不安を相談したり、いざという時に助け合えたりする関係になっていく。

図表7
図表7

一方、近年の日本では、単身世帯が増加しており、ごく身近な人以外に他者と関わる機会をもてない人も少なくない。

そういう意味では、ふくまち大学は、「県都グランドデザイン」の具体的な活動として始まったが、人びとに「多層的なつながり」を提供する事業でもあるともいえるのではないか。誰に対しても門戸は開かれ、本稿で紹介した講座以外にも人が集まり、楽しみ、新しい出会いや交流の機会が多数用意されている。大きな特徴は、官と民が基盤を整備し、専門家や若い人たちが具体的に企画運営するというように、各々が役割を担いながら、比較的自由度が高い活動を形づくっている点にある。

今後は、現状の規模感を大切にしつつ、多様な講座をつくり活動を継続していくことが課題であろうが、この活動がまちなかに行き交う人を増やし、近い将来には「もっとまちについて知りたい」「このまちに暮らし続けたい」「このまちでチャレンジしたい」と行動する市民を増やすことにつながることを期待したい。

※本稿は、弊社が2023年10月に出版した「ウェルビーイングを実現するライフデザイン(ライフデザイン白書2024)」の掲載内容をもとに、新たに書き下ろしたものである。


【注釈】

  1. 2013年3月に福井県と福井市が策定した「県都デザイン戦略」をもとに、行政が中心となり県都の基盤整備を進めてきたが、民間が主体となってまちづくりに継続的に参画する「エリアマネジメント」(まちなかエリアの価値を高める)の視点を取り入れ、官民が一体となって策定した長期構想。

  2. サティシュ・クマール(思想家、エコロジスト、平和運動活動家)が創設したイギリスの小さな大学院シューマッハ・カレッジ。修士コースと短期コースがあり、生きるための知恵とホリスティックな世界観を学びに世界中から人びとが集まる。「まちの暮らしをつくろうゼミ」では、シューマッハ・カレッジが実施するプログラム“Deep Time Walk”を参考に、福井のまちなかを舞台にアレンジしている。

【参考文献】

  • 県都にぎわい創生協議会(福井商工会議所・福井県・福井市)「県都グランドデザイン」2022年10月 <http://www.ftmo.co.jp/granddesign/PDF/GrandDesign.pdf>

  • 国土交通省「『居心地が良く歩きたくなる』まちなかづくり~ウォーカブルなまちなかの形成~」<https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_machi_tk_000072.html>

  • 第一生命経済研究所「ウェルビーイングを実現するライフデザイン(ライフデザイン白書2024)」東洋経済新報社、2023年10月

  • 福井市ホームページ <https://www.city.fukui.lg.jp/index.html>

  • ふくまち大学ホームページ<https://fukumachi-univ.net/>

稲垣 円


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。