ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

何が「地域愛着」を育てるのか

稲垣 円

目次

1.地域は衰退するが、皆が地域に関わりたいわけではない、という事実

地域社会における「まちづくり」や「地域づくり」の成否は、地域で行われる様々な活動に地域住民がどのように関与するかに依存する。

しかし、こうした活動は主体的あるいは自発的な住民参加を基盤としているがゆえに、活動に費やす労力や人びとの協力を得るには、地域住民の当事者意識の醸成、担い手の育成、活動資金の確保といった、人的・経済的・時間的なコストが伴う。また、地域活動にあまり関心をもたない住人が多く居住する地域と、地域活動に関心をもち、積極的に参加する住民が多く居住する地域とでは、活動の成果が異なったものになることも想像に難くない。

今や全国各地で過疎化や高齢化が進んでいるが、その結果として発生する「地域コミュニティの衰退」(注 1)を可能な限り食い止めて、地域の暮らしや生活サービスを維持するためにも、地域住民の主体的な参画、組織的な地域活動の役割がますます重要となっている。しかし、現実として地域に住む人びと皆がまちづくりに興味があるわけでも、積極的に参加したいわけでもない。大事なこと、必要なことであっても「すべきこと」と強要することもできない。では、住民が地域に関心をもち、関わろうとする、自分の住む地域についてもっと知りたい(関わっていきたい)という姿勢が生まれるには何が必要なのだろうか。

本稿では、この問いに対して「地域への愛着」という視点から、2023 年 3 月に実施した生活定点調査の結果(注 2)を用いて考察する。

2.「地域愛着」とは

ある地域に対する思い入れは、そこに暮らすだけでなく、旅行や一時の立ち寄りにしても、きっかけがあれば抱く可能性がある。一方、「愛着」といった場合には「慣れ親しんでいる人や物に心をひかれ、はなれがたく感ずること」(大辞林)という意味が含まれるように、それが醸成されるには一定の時間を経ること、あるいは、たとえ短い期間であっても地域との濃い関わりを経験したり、地域住民との関わりが繰り返されたり、連続してなされなければ、内面から湧き出るものではないだろう。

地域愛着に関する研究は、さまざまな分野で行われており(注3)、地域への愛着の有無やその程度によって、町内会活動や防災といった地域活動への参加やまちづくり活動、さらには個人の幸福にも影響をもたらすという報告もある。

本稿では、既存研究から地域愛着を「人と場所との感情的なつながり」と捉えることとする。併せて、既存研究を参考に地域愛着に関連する 7 項目および地域への主体的な行動を想起できる 3 項目、計 10 項目を設定して、調査実施および分析を行った(図表 1)。

図表1
図表1

3.生活者の居住地域に対する実感

図表 2 は先に述べた 10 項目について居住年数別の結果である。居住年数が長くなるほどに、地域に対して好意的な回答をする割合が高まっていることがわかる。しかし、「地域愛着(選好)」(「住みやすい」「好きだ」「雰囲気や土地柄が気に入っている」)の 3 項目は、居住期間が 1 年未満であっても、5 割程度は居住地を好意的に捉えている。「地域愛着(選好)」は、比較的短期で培われる感情であるため、短期であっても、居住者がその土地で不自由なく日常生活を営めている場合には、年数に限らず地域に対して好意的な感情をもつのではないかと考えられる。

他方、「地域愛着(感情)」を示す「住んでいることは(市民であることは)自分にとって大切なことである」や、「地域愛着(持続願望)」を示す「いつまでも変わってほしくない、なくなってしまうのは悲しい・困る」は、「地域愛着(選好)」の項目ほど好意的な回答は多くない。居住年数が長くなるにつれ割合が高くなる傾向は変わりないが、地域住民として地域のあり方そのものに対して抱く感情を問われる項目であることから、その高まりには、単純に居住年数だけでない要素が関連しているものと考えられる。

「地域への貢献意欲・態度」の 3 項目についても、居住年数が長ければ割合が高くなる傾向は同様であるが、地域愛着の項目と異なり、最も長い居住年数であっても好意的な意向が 5 割を超えていない。地域に対して何かしたい、という主観や行為は、居住年数が影響しないというわけではないが、やはり居住年数だけでない要素が関連しているであろうことが見えてくる。

4.何が市民の行動を促すのか

先に述べたように、地域住民の皆がまちづくりに興味関心があるわけでも、積極的に参加したいわけでもないだろう。では、何が地域への愛着を高めるのだろうか。

本稿では、日常的な地域住民との関わりの頻度から検討してみたい。図表 3 は、先の 10 項目を「地域住民とのコミュニケーション」「地域活動への参加」の頻度別に示したものである(注 4)。日本人は、文化的な特徴から極端な回答を避け、中間的な回答を好む傾向があるといわれる。そのため、本稿では肯定的だが中間的な回答に近い「どちらかと言えばそう思う」ではなく、明確に肯定的な意思を示している「そう思う」の割合に着目して回答者の主観を確認する。

結果をみると、「地域住民とのコミュニケーション」「地域活動への参加」のいずれも、高頻度層の方が低頻度層より「そう思う」と回答する割合が高い傾向にあった。高頻度層の中でも「地域愛着(選好)」の 3 項目(「住みやすい」「好きだ」「雰囲気や土地柄が気に入っている」)、および「地域愛着(感情)」の「住み続けたい」について、「そう思う」と回答した割合が高い傾向にある。また、「地域への貢献意欲・態度」の3 項目(「良く知っている」「地域を紹介したり(産品や製品、場所等)、勧めたい」「よりよくするために出来ることで貢献したい」)は「地域愛着」の項目に比べ、高頻度層と低頻度層の差が大きい傾向があった。何らか地域住民や地域で行われる活動に接する機会があれば、地域に対する主観が変化する可能性は考えられるが、本調査結果からその頻度が地域への好意的な主観を高める可能性があることを示しているといえるだろう。

図表3
図表3

5.ささやかでも、日常的な住民のかかわりを増やし継続する

本調査の結果から、地域との日常的な関わりである「地域住民とのコミュニケーション」や「地域活動への参加」の頻度が、地域愛着や地域への貢献意識・態度という主観に影響をもたらしている可能性が示唆された。それは、地域のための特別な行為でなくても、日常生活圏内での地域住民と関わりや地域活動への参加によって、多くの人が地域への好意的な主観を醸成することが可能だということでもある。

内閣府「社会意識に関する世論調査」(調査実施 2022 年 12 月、n=1761、インターネット調査)によると、地域での付き合いの望ましさについて、9 割以上の人が、地域と何らかの関わりがある方が望ましいと考えている(注 5)。もちろん、望ましいと思うことと、実際に行動に移すことは別の問題ではある。だが、「世間話をする程度の付き合い」「挨拶をする程度の付き合い」であっても、意識的に隣近所で繰り返されていれば、あるいはそのような機会が用意されていれば、住民間の信頼関係が構築され、地域への好意的な感情が高まる可能性はあるだろう。

地域、あるいは地域住民との日常的な関わりがあるから地域への愛着が生まれるのか、地域への愛着があるから地域、あるいは地域住民と日常的に関わるのか、その因果については議論の余地があるかもしれない。しかし、重要なのはどちらが先かというよりも、日々の暮らしの中での住民とのささやかなやり取りや、買い物や散歩、図書館や運動施設などの施設を利用したり、地域活動に参加することなどを通じて、生活の楽しみや充実の一端を地域に見出し、「良いまちだ」(あるいは、住むには悪くない)と思い、長く住み続けたいという前向きな機運が高まる循環をいかに生み出すかということであり、それが地域の取り組むべき課題であるといえる。

「まちづくり」や「地域づくり」といった、ある程度の主体性が求められる行為は、一部の熱心な人が行うものと捉えられがちである。しかしながら、自身や家族が年老いた時、子どもたちが成長した後、未来永劫現在と同じ質を保ちながら暮らし続けることができるのか、と考えると、そう無関心でもいられない。

地域に関わりたいという気持ちは人それぞれではあるが、隣近所との世間話や挨拶であれ、ささやかな地域活動であれ、そうした機会が用意されていること、参加を促す仕掛けがあること、さらに地域住民にすべて任せるのではなく、公的機関や民間の活動組織等が連携した体制を整えることを考え続けていかなければならない。


【注釈】

  1. 地域コミュニティの衰退は、都市部・地方部に関係なく起きていることを言及したい。都市部の要因としては、地方部からの人口の流入が進んだことや、住民の頻繁な流出入により、地域への愛着・帰属意識が低下している可能性がある。加えて、単身世帯やワンルームマンション等の増加等、地縁的なコミュニティ活動を志向しない世帯も増えつつある。地方部では、若年層を中心に都市部への人口流出、過疎化や高齢化が進行していることから、地域内での世代を超えた交流が困難になるとともに、地域コミュニティの担い手の減少を引き起こしている。また、学校の行事等を通じてコミュニティ活動のきっかけとなる子どもの減少も顕著になっている。さらに、自動車社会の進展に伴い生活圏域が拡大したことも、地域とのかかわりが少なくなっている要因の一つと考えられている。

  2. 本稿では、当研究所が実施してきた生活定点調査の一部を活用している。調査概要は以下の通り。調査名:「第 12 回ライフデザインに関する調査」、実施日:2023 年 3 月 3 日~5 日調査対象:全国の 20~69 歳の男女個人 10,000 人、調査方法:インターネット調査

  3. 「地域愛着」に関する、先行研究の一部を紹介すると、地域愛着が強い人ほど、居住継続意思を示し、地域活動へ積極的に参加する意思が高いこと(石盛 2004)、町内会活動やまちづくり活動といった地域活動に対して熱心であること(鈴木・藤井 2008)、防災活動等に積極的に参加すること(若林・赤坂・小島・平手 2000)、住民の物理的環境(定住以降、居住年数、家を手放すこと対する感情)と社会的環境(近隣住民との良好な関係など肯定的な社会的環境)の評価に影響を与えること(引地・青木・大渕 2009)、さらに個人の幸福や社会のつながりに影響を及ぼす可能性も報告されている(Harris, Werner, Brown, 1995)。

  4. ほぼ毎日、週に 3~5 日程度を「高頻度」、週に 1~2 回程度、月に 2~3 回程度を「中程度」、月に 1回程度、月に 1 回未満、全くないを「低頻度」とし、本稿では、特に高頻度と低頻度について抽出している。

  5. 「地域の行事や会合に参加したり、困ったときに助け合う」29.5%、「地域の行事や会合に参加する程度の付き合い」28.1%、「世間話をする程度の付き合い」20.9%、「挨拶をする程度の付き合い」18.5%、「地域での付き合いは必要ない」1.5%。

【参考文献】

  • 石盛真徳「コミュニティ意識とまちづくりへの市民参加 コミュニティ意識尺度の開発を通じて」コミュニティ心理学研究, Vol.7 No.2,2004.
  • 鈴木春菜、藤井聡「地域愛着が地域への協力行動に及ぼす影響に関する研究」土木計画学会論文集,25(2), 357-362,2009
  • 引地博之、青木俊明、大渕憲一「地域に対する愛着の形成機構-物理的環境と社会的環境の影響-」土木学会論文集 Vol,65No.2, 101-110,2009.
  • 若林尚子,赤坂剛,小島隆矢,平手小太郎「住民の防災意識の構造に関する研究-その 3:地域コミュニティとのかかわりを表す項目を含む因果モデルー」日本建築学会大会学術講演梗概集,pp.807-808,2000.
  • Harris, P. B., Werner, C. M., Brown, B.B. and Ingebrigtsen, D.: Relocation and Privacy Regulation: across-cultural analysis, Journal of Environmental Psychology, Vol.15, pp.311-320,1995.
  • 内閣府「社会意識に関する世論調査」2023 年 5 月(発表)

稲垣 円


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