「主体性」を育む教育とは

~海外事例から学ぶ、well-beingのための「アクティブラーニング」~

角田 みなみ

要旨
  • 世の中の変化が激しいVUCAの時代、子どもたち・若者が前向きに、幸せに現代を生き抜くことができるよう、従来の「知識伝達型」の教育方針から、主体性を育む「アクティブラーニング型」教育への転換が図られている。
  • 主体性(自己表現、積極的な行動、自己決定力)を育む教育は、持続可能な社会の担い手を育てる観点から、また個々人のwell-beingを向上させ、より豊かに生きる力を与えるためにも重要である。
  • 内閣府による国際比較調査によると、日本の子どもたち・若者の主体性は他の先進国と比べても低く、「自分の考えをはっきり相手に伝えることができる」、「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組む」、「決断力、意志力に誇りを持っている」の全ての項目において、調査対象の7か国中最下位である。
  • 主体性を育む海外のアクティブラーニングの事例としては、ディスカッションベースのオンライン授業にて生徒の発言量を可視化しながら発言を促す取組や、世界各国を渡り歩きながら各地でワークショップを行うフィールドワーク型の学習を実践する例などがある。デンマーク発祥の成人教育機関であるフォルケホイスコーレ(「人生の学校」)では、「どのような意見でも尊重すべき」という文化のもと、教師や生徒同士の対話を促す工夫がなされている。
  • 今後、主体性を育む教育を実践するうえでは、生徒の個性を重んじることで自信を持って自己表現させること、対話やディスカッションを通じて生徒の自己理解を促進するとともに民主主義的に他者と物事を解決する方法を習得させること、机上での理論学習と社会での実践学習の双方を取り入れて、社会や他者との結びつきを生徒が感じられるようにすることが重要ではないか。
  • 民主主義の危機が叫ばれる中、自由、民主主義を守りより良い社会を築いていくためには、幼少期・青年期の段階で「主体性」を育む教育を行い、次世代に幸せに生きる力を授けることが重要ではないだろうか。
目次

1. はじめに ~「主体的な学び」の歴史~

変化の激しいVUCA(注1)の現代、AI、IoT、ブロックチェーン等のデジタル技術がビジネスや生活の在り方を大胆に変革させている。同時に、社会で求められるスキルも、「知識」だけでなく「行動様式」を重視する価値観へと変化している。このような時代に、子どもたち・若者が現代を前向きに、幸せに生き抜くための強靭さと、より良い社会を構築していく力を、如何にして授けることができるのか。教育界においても、従来の「知識伝達型」の教育方針を、主体性を育む「アクティブラーニング型」へと変化させていくべきという声が高まっている。そのような中、2020年度以降に小学校、中学校、高校と順に実施された新学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」(注2)の視点からの授業改善が掲げられた。「アクティブラーニング」「主体的な学び」は現代の教育業界におけるキーワードのひとつである。

他方、この分野における議論の歴史は、意外にも長い。1996年、少子高齢化やグローバル化、環境問題の深刻化など変化が急速に進む中、中央教育審議会(以下、中教審)による答申において「生きる力」が提唱された。「生きる力」の一つとして、主体的に課題を発見し、行動し、よりよく問題を解決できる資質や能力が挙げられており、1990年代から主体性の重要性はすでに説かれていたことが分かる。これを受け、1998年から1999年の学習指導要領改訂では「総合的な学習の時間」が導入され、各教科の枠にとどまらない横断的・総合的な学習の中で、主体的に判断し問題を解決する資質や能力の向上が目指された。その後も、中教審の答申の中で「生きる力」や主体性を育む教育について繰り返し言及がされている。

このように、時代の変化に即して従来の教育からの転換が長年掲げられてきたが、それによって実際の教育現場や学習者にはどのような変化がみられたのか。本稿ではまず、主体性を育む意義を確認した上で、国際比較調査に基づき日本の子ども・若者の主体性に関する現状を把握する。さらに海外の教育事例を通して、主体性を育む教育をいかに実現すべきか考察する。

なお、「主体性」については各所により様々な定義がなされているが、心理学における主体性を測る尺度(注3)としては、「自己表現」・「積極的な行動」・「自己決定力」等に代表されることから、本稿では以下を「主体性がある」状態として定義することとしたい(資料1)。

資料 1 「主体性がある」状態の定義
資料 1 「主体性がある」状態の定義

2. なぜ主体性の向上が必要なのか?

そもそも教育において、主体性を育む意義はどこにあるのか。筆者は主に「持続可能な社会の担い手育成」と「個々人のwell-being向上」の2点であると考える。

まず一点目について。高度経済成長期まで、産業界では上質かつ均質な労働者の育成が求められ、それに準じて学校教育においても「みんなと同じことができる」ようになるための「金太郎飴」的な(注4)教育が求められた。しかし昨今は変化の激しい「予測困難」なVUCAの時代である。持続可能な社会の構築には、答えのない問いに立ち向かい続け、主体的に課題を発見し解決していく胆力が求められる。企業も生き残りをかけてイノベーションの促進に力を入れている状況下で、失敗を恐れないチャレンジ意欲や優れた自己表現ができる人材、すなわち主体性を持った人材が求められている。実際、経団連が会員企業等を対象に実施した「採用と大学改革への期待に関するアンケート」(2022 年1月公表)によると、企業が大卒者に期待する資質として最も多かったのが「主体性」(84.0%)であり、次いで「チームワーク・リーダーシップ・協調性」(76.9%)や「実行力」(48.1%)となっている。

二点目に、一人ひとりの「well-being」の観点からも、主体性の尊重は重要である。アメリカの心理学者マーティン・セリグマン氏は、well-being状態の概念として5つの要素から成るPERMAモデルを考案している。即ちP(Positive emotion/ポジティブな感情)、E(Engagement/物事への積極的な関わり)、R(Relationship/他者との良好な関係)、 M(Meaning/人生の意義の自覚)、および A(Accomplishment/達成感)である。物事への積極的な関わりや人生の意義の自覚、並びに達成感は、主体性があるからこそ実現されるものであり、故にwell-beingと主体性は関連性が高いものであるといえる。

OECDが2019年5月に発表した“Learning Compass 2030”の中でも、生徒たちがwell-beingを実現するために、教師からの決められた指示をそのまま受け入れるだけでなく、未知なる環境下で自ら歩みを進めることの重要性が説かれている。子供たちが明るい未来を描きながら幸せで豊かな人生を送るために、我々が「彼らの自己表現や積極的な行動を歓迎する」と示すことができるかどうか、そのスタンスも求められているといえるだろう。

3. 主体性に関する国際比較

続いて、日本の子ども・若者の主体性に関する現状を整理する。内閣府が2018年に計7か国(日本、韓国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン)の13~29歳を対象に行った調査を参照し、冒頭で提示した「自己表現(自分の考えを主張できる)」、「積極的な行動(失敗を恐れないチャレンジ意欲がある)」、「自己決定力(他人の言うことをそのまま鵜呑みにしない)」の3つに該当する項目で比較する。

「(a)自分の考えをはっきり相手に伝えることができる」(自己表現に該当)という質問項目に対し、日本以外の6か国では「そう思う」の割合がいずれも25%以上であるが、日本は13.8%と7か国中最低である。また、「(b)うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組む」(積極的な行動に該当)の質問項目についても、日本は10.8%と最低、さらに「(c)決断力、意志力に誇りを持っているか」(自己決定力に該当)の質問項目についても「誇りを持っている」と回答した割合は日本が10.2%で最低となっている(資料2)。

資料 2 主体性に関する国際比較
資料 2 主体性に関する国際比較

4. 主体性を育むアクティブラーニングの教育事例

主体性を育むうえで日本の教育においても重視されているのが、冒頭でも述べたアクティブラーニングである。アクティブラーニングとは、教師による一方的な講義形式の授業ではなく、グループディスカッションやディベートなどを通じて、学習者が能動的に学び、社会的能力や教養を含めた汎用的能力の育成を図る教育手法である。欧米では早くからこの概念が導入されていたことに鑑み、本稿ではディスカッションをユニークな形で授業に取り入れている欧米の2つの教育事例を参考に、アクティブラーニングを推進するための方途を探りたい。

一つ目は、オンライン授業を基本としつつも、世界数か国を渡り歩きながらフィールドワーク型でも学びを得るという先進的な米国大学の事例である。まずオンライン授業について、特徴的な点を紹介する(資料3)。

第一に、すべての生徒が授業の主役となる工夫がされている点である。オンライン授業は少人数のディスカッションベースであり、教師の発言量が生徒の発言量を超えないことをルールとしている。また、発言量によって生徒のアカウントが画面上で複数の色で分別される機能があり、教師が発言量の少ない生徒に発言を促すことが容易となっている。こうした工夫によって、全ての生徒がアウトプットできる環境が醸成されており、全ての生徒に自己表現する機会を与えることに成功している。

第二に、デジタルツールをフルに活用することで、教師から生徒個々人への詳細なフィードバックを実現している点である。たとえば、授業中にオンライン上で簡単なテストを実施しその場で集計することで、授業後ではなく授業中に生徒の理解度や考えを教師が把握できる。さらに、授業における生徒のアウトプットの内容は自動的に記録されており、授業後に教員が1対1の面談を行って、生徒の強みや不足するスキルについて丁寧にフィードバックすることも可能である。こうした対話とフィードバックによって、生徒は自己理解を深めるとともに、自身が何を強みとしていて何を実現したいのか、主体的に考え行動することができる。日本でもコロナ禍により、多くの大学でオンライン授業が拡大したが、対面授業と内容や進め方は変わっていないケースも多い。他方、本大学ではオンラインでこそ実施可能なツールをフルに活用し、生徒一人ひとりの主体性を促すアクティブラーニングを実現している。

資料 3 主体性を促すオンライン授業
資料 3 主体性を促すオンライン授業

また、オンライン授業での理論的な討論に加え、自身が暮らす各都市にて、フィールドワーク型で実践的な学びを得る機会がカリキュラムに組み込まれているのも特徴的だ。たとえば、その都市の市民団体と協力して著名な文化人と交流したり、起業家を支援するインキュベーターの投資チームに参加して、どのスタートアップに実際に資金提供するか検討するワークショップを行ったりする。実際の社会で現実的課題を目の当たりにしながら実践的に学ぶことで、学生は社会で自分自身がどう生きていきたいかを考えるとともに、日々の机上学習と社会との結びつきや関連性、学ぶことの意義を強く感じることができる。また、その繋がりを実感してこそ、主体的に学び、自律的に社会に飛び出していくことができる。余談だが、社会でより良く生きるためには「食」も重要であるという考えのもと、各土地のレシピの紹介や、健康的でおいしい食事を作るためのテクニックまでレクチャーされるようだ。

二つ目の事例は、子ども・若者だけを対象にしたものではないが、「人生の学校」を意味するデンマーク発祥の成人教育機関「フォルケホイスコーレ」である。フォルケホイスコーレはデンマークに約70校あり、17歳以上であれば誰でも入学ができるため幅広い年齢層が集まる。1週間から数カ月までの様々なコースが用意されており、文学、心理学、音楽、政治学など多様な教科から自身の学びたい分野を選択可能だ。

第一に特徴的な点は、他人の評価に関係なく、本人が個性を大切にしながら自己実現したいことにフォーカスできる点である。フォルケホイスコーレでは入学試験はもとより単位や成績も存在しないため、生徒は画一的な評価システムに取り込まれることなく、失敗を恐れず伸び伸びと学ぶことができる。

第二に、全寮制の生活やディスカッションの授業を通して、他者との対話を活発に行える点が挙げられる。フォルケホイスコーレはほとんど教科書を使わず、ディスカッションベースの授業を基本としている。「どのような意見でも尊重すべき」という対話の文化があるため、生徒は自己理解を深めながら、自身の考えを臆することなくアウトプットすることができる。また、授業外でも共同のフリースペースに円形のテーブルや飲み放題のコーヒーがあるなど、自然と他者との「対話」を生む工夫がなされている。加えて全寮制のため、寮生活のルールをお互いに話し合って決めるなど、生徒は常に他者と話し合いながら、異なるバックグラウンドを持つ他者と民主主義的に物事を解決する方法を学ぶのである。

以上の二つの海外事例を通して、今後日本で主体性を育む教育を実践するうえで重要な点について、最終項で考察する。

5. 終わりに ~次世代に幸せに生きる力を授ける~

主体性を育む教育を「掲げる」だけではなく実際に「機能させる」ためには何が必要か。一つ目に、画一的な価値観を押し付けるのではなく、一人ひとりの個性を重んじることである。個性やそれぞれの意見を尊重することで、生徒が自己を肯定し、自信を持って自己表現することに繋がるだろう。二つ目に、教師と生徒、または生徒同士の対話やディスカッションを取り入れるとともに、全生徒が議論に参加できる環境を醸成することである。授業内外における対話により、生徒は自己理解を深めるとともに、あらゆる状況で他者と民主主義的に話し合い、物事を解決する方法を習得できる。最後に、机上での理論学習と社会での実践学習の双方を取り入れることである。これにより、生徒は社会や他者との結びつきを実感でき、机上で学んだことを実際に自分が生きていく社会にどう活かすか、どのような社会を創造していくべきか、描くことができるだろう。日本においてもこうした点を意識した教育を行うことで、より生徒の主体性を育む効果的な教育が実践されるのではないだろうか。

冒頭にも述べたように、主体性を育む教育は、持続可能な社会の担い手を育てる観点及び、個々人のwell-beingを向上させ、より豊かに生きる力を与えるためにも重要である。加えて、最近ではロシアによるウクライナ侵攻や米中対立によるデカップリングの進行等により、民主主義の危機が叫ばれている。このような状況下では、個々人が互いの意見に耳を傾けつつも自身で思考し発信すること、すなわち「主体性」がすべての現代人に求められる時代にあるといえるだろう。自由、民主主義を守り次世代により良い社会を築いていくためには何が必要か。それは、幼少期・青年期の段階で「主体性」を育む教育を行い、次世代に幸せに生きる力を授けることではないだろうか。

以 上

【注釈】

  1. VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、新型コロナウイルスのような感染症の流行等を含め、社会やビジネスにおいてあらゆる物事が予測不可能な状況であることを意味する。
  2. 文部科学省は2016年12月の中教審答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」にて、「主体的・対話的で深い学び」について「学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる『主体的な学び』が実現できている」ことであると解説している。
  3. 鈴木賢男氏(金沢学院短期大学幼児教育学科教授)、岡田斉氏(文教大学人間科学部臨床心理学科教授)による共同研究、「大学生の学業生活における満足と主体性との関連性の検討 ―発達を考慮した主体性尺度の必要性を探る―」(2019)にて、主体性の尺度としてこれらが挙げられている。
  4. 経団連は2022年「次期教育振興基本計画」策定に向けた提言にて、従来の教育を「平均化された資質・能力を持った『金太郎飴』的な人材」の育成であると表現している。

【参考文献】

  • OECD(2019)“OECD Future of Education and Skills 2030 Conceptual learning framework Concept note: OECD Learning Compass 2030”
  • Minerva University (2022)“Learn in a Dynamic Setting”
  • 朝日新聞EduA (2021年4月14日)「『主体的な学び』ってそもそも何? 評価方法は? 歴史から振り返る意味」
  • 経団連(2022年)提言「新しい時代に対応した大学教育改革の推進-主体的な学修を通じた多様な人材の育成に向けて-」
  • 経団連(2022年)提言「『次期教育振興基本計画』策定に向けた提言-主体的な学びを通じ、未来を切り拓くことができる多様な人材の育成に向けて-」
  • 内閣府(2018)「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 (平成30年度)」
  • 日本経済新聞電子版(2019年9月31日)「デンマーク 大人の学校」
  • 文教大学人間科学部 「人間科学研究」第 41 号(2019)
  • 文部科学省(1996年)中央教育審議会答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第1次答申)」
  • 文部科学省(2014年)中央教育審議会諮問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)」
  • 文部科学省(2016年)中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」

角田 みなみ


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