バリアフリー・ユニバーサルデザインは進んだのか

~「誰でもいつでもどこでも」暮らしやすい社会を~

水野 映子

目次

1.バリアフリーという言葉は浸透したが…

「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」という言葉が日本で使われるようになって久しい。政府の白書や日本語の辞典などに「バリアフリー」という言葉が登場し始めた1990年代からは、約30年になる(注1)。また、公共交通機関や建築物などのバリアフリーについて定めた「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(通称:バリアフリー法)が2006年に施行されてからも15年以上が過ぎている(注2)。一方、「ユニバーサルデザイン」は、「バリアフリー」より遅れて、2000年代に入った頃から日本で一般に普及し始めた(注3)。2008年には政府の基本的な方針である「バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進要綱」、東京2020オリンピック・パラリンピックの開催を前にした2017年には「ユニバーサルデザイン2020行動計画」も出されている。

2つの言葉の定義や解釈はさまざまあるが(注4)、障害の有無や年齢などにかかわらず皆が暮らしやすいよう、物理面、制度面、心理面、情報・コミュニケーションの面などの障壁(バリア)がない社会を目指すという点では、どちらも概ね一致している。ただし、バリアフリーよりユニバーサルデザインのほうが、現存するバリアをなくすのではなく最初からバリアを生じさせないという意味でとらえられることや、障害者・高齢者など特定の人だけでなくより多様な人々の暮らしやすさに焦点があてられることが多いように見受けられる。

内閣府が毎年実施している「バリアフリー・ユニバーサルデザインに関する意識調査」において、「バリアフリー」という言葉の意味を知っている(「知っている」+「どちらかといえば知っている」)と答えた人の割合は、最新の調査(2022年)では94.2%に及んだ(図表1)。この割合は、5年前(2017年)の調査時点からほぼ変わっていない。「バリアフリー」という言葉は、大半の国民に定着したといえる。

一方、「ユニバーサルデザイン」を知っていると答えた人の割合は、最新の調査で59.0%であった。5年前の53.0%よりは増えたものの、いまだ国民全体に浸透したとは言いがたい。社会に存在するさまざまな障壁(バリア)をなくすという「バリアフリー」に比べると、「ユニバーサルデザイン」という言葉からその意味を想像するのはやや難しいのかもしれない。

図表1 バリアフリー・ユニバーサルデザイン*1の認知度
図表1 バリアフリー・ユニバーサルデザイン*1の認知度

2.バリアフリー・ユニバーサルデザインの進捗には偏り

では、生活者は実生活の中で、それらが進んだと感じているのだろうか。

前述の調査においては、日常生活や社会生活を送るうえでバリアフリーやユニバーサルデザインがどの程度進んだと思うか、という質問も設けられている。この設問に対して進んだ(「十分進んだ」+「まあまあ進んだ」)と答えた人の割合は、2022年では43.4%であった(図表2)。5年前(2017年)の37.7%に比べればその割合は増えているが、進んだとは感じていない人がいまだ過半数いることがわかる。

次に、個別の施設(建築物)・公共空間についてバリアフリーやユニバーサルデザインがどの程度進んだと感じているかをみてみよう。進んだと答えた割合の上位1・2位を占めたのは、「老人ホーム等の福祉施設」(76.2%)、「病院、診療所等の医療施設」(66.2%)という、介護や医療を必要とする高齢者など特定の人が集まる施設である。これらに次いで、公的な施設である「公民館、図書館等の社会教育施設」(55.4%)、「官公庁施設」(54.6%)があがった。

逆に、「学校」「オフィスビル・事務所等」のように高齢者以外の人が主に利用する施設においてバリアフリー・ユニバーサルデザインが進んだと答えた割合は、3割前後と他に比べて低い。また「飲食店、料理店等」、「公衆トイレ」以外の公共空間も3割を下回っている。

5年前の2017年と比較すると、すべての施設・空間において、進んだと答えた割合が高い。伸びが大きい(2017年と2022年の差が10ポイント近い)のは、「博物館、美術館」「ホテル、旅館等の宿泊施設」「映画館、劇場等」といったレジャー関連の施設である。

ただし、「体育館、プール等の社会体育施設」で進んだと答えた割合は、5年前の35.5%からほとんど増えておらず、2022年でも36.8%と比較的低い。東京2020オリンピック・パラリンピックの招致が決まった2013年から、実際に開催された2021年の間は、障害のある選手や観客などがスポーツ関連の施設を利用しやすくすることにも力が入れられたはずだが、その影響は国民にはさほど感じられていないようである。

図表2 バリアフリー・ユニバーサルデザインがどの程度進んだと思うか
図表2 バリアフリー・ユニバーサルデザインがどの程度進んだと思うか

3.バリアフリー・ユニバーサルデザインは誰のため?

では、今後はバリアフリーやユニバーサルデザインをどのように進めるべきなのだろうか。

図表3は、前述の調査において、どの施設のバリアフリーやユニバーサルデザインを重点的に進めていく必要があるかと尋ねた結果である。上位にあがったのは、「病院、診療所等の医療施設」(60.5%)、「老人ホーム等の福祉施設」(40.9%)、「官公庁施設」(37.9%)である。つまり、バリアフリー・ユニバーサルデザインが進んだと思われている割合が比較的高いこれらの施設(前出図表2参照)において、さらにそれを進めるべきと考える人が多い。

一方、「博物館、美術館」(5.7%)、「体育館、プール等の社会体育施設」(5.9%)、「映画館、劇場等」(6.9%)、「ホテル、旅館等の宿泊施設」(16.5%)といったレジャー関連の施設や、「オフィスビル・事務所等」(13.9%)を重点的に進めるべきという回答は少ない。3つしか施設を選択できないという制約があるとはいえ、医療・福祉施設が優先的に選ばれがちであることがうかがえる。「ユニバーサルデザイン」という言葉より、心身の機能の低下した高齢者や障害のある人など特定の人の障壁を取り除くというイメージが強い「バリアフリー」という言葉が浸透していることも、医療・福祉施設の整備が優先される背景にはあるのかもしれない。

図表3
図表3

わが国の高齢化は、この数十年間で急速に進行した。高齢化率(65歳以上人口が全人口に占める割合)は、バリアフリーという言葉が日本で使われ始めた1990年代には10%台だったが、いまや3割に近づいている(注5)。高齢化という社会課題が、バリアフリー・ユニバーサルデザインの考え方の普及やその実践を後押ししたことは間違いない。さらなる高齢化が予測されている今後の日本においても、介護や医療を必要とする人のための施設をより使いやすくすることは、もちろん重要な課題のひとつである。

ただし、バリアフリーやユニバーサルデザインを進めるべきは、高齢者や障害・疾患のある人など特定の人が特定の目的で使う施設だけではない。前述の調査(図表2)でそれらがあまり進んでいないとされたオフィスや学校など若い世代の人が使う施設、広く一般の人が日常的に訪れる飲食店・商店街などの商業施設、レジャーやスポーツのための施設・空間なども、多様な人が利用しやすいよう整備する必要がある。そうすることによって、心身の状況などにかかわらずより多くの人々が仕事や教育の機会を得たり、便利・快適でかつ楽しい生活を送ったりすることができるだろう。

また、今回取り上げた施設・空間だけでなく、そこへ移動するための交通機関、施設内外で使う設備や製品、さらにはそれらの物理的な面のみならず、情報・コミュニケーション、意識、制度などの面についても、視野に入れることが不可欠である。バリアフリー、ユニバーサルデザインの原点に立ち戻り、多面的に“誰でもいつでもどこでも”暮らしやすい社会を目指すことが、引き続きの課題といえる。


【注釈】

  1. 例えば、政府の白書の中では、内閣府『平成7年版 障害者白書 ~バリアフリー社会をめざして~』(1995年)において「バリアフリー」が大きく取り上げられたり、運輸省(現 国土交通省)『平成10年版 運輸白書』(1998年)において「バリアフリー」という用語が見出しに初めて使われたりした。また、国語辞典の中では、岩波書店『広辞苑 第4版』(1991年)、三省堂『大辞林 第2版』(1995年)などにおいて、「バリアフリー」が1990年代に初めて掲載された。

  2. 同法の前身であるハートビル法、交通バリアフリー法はそれぞれ1994年・2000年に施行。

  3. 例えば、政府の白書の中では、内閣府『平成12年版 障害者白書』(2000年)、国土交通省『平成13年版 国土交通白書』(2001年)において、「ユニバーサルデザイン」という用語が見出しに初めて使われた。また、国語辞典の中では、小学館『精選版 日本国語大辞典』(2006年)、三省堂『大辞林 第3版』(2006年)、岩波書店『広辞苑 第6版』(2008年)などにおいて、「ユニバーサルデザイン」が2000年代後半に初めて掲載された。

  4. 例えば、後述の内閣府の調査では、バリアフリー・ユニバーサルデザインの認知度に関する設問(図表1参照)の後に、以下の説明がされている。
    「バリアフリーとは、世の中に存在する物理的、社会的、制度的、心理的な障壁(バリア)、情報面での障壁などを取り払い、障害者・高齢者・妊婦等が不便なく暮らすことができるようにするという考え方です。」
    「ユニバーサルデザインとは、年齢、性別、障害の有無にかかわらず、人々が製品や施設、生活環境等を利用しやすいよう、はじめからデザインする考え方です。段差が生じないようフロアを設計すること、また、最初からスロープやエレベーターを設置することはその一例です。」

  5. 高齢化率は、1990年では12.1%、1995年では14.6%(総務省「国勢調査」各年)、2022年1月1日では29.1%(総務省「人口推計」2022年6月1日)。

水野 映子


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