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2026.03.13
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「ケアを前提とした働き方」をスタンダードに
~9.2兆円超の損失解消を日本の成長力に変える~
白石 香織
- 要旨
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少子高齢化と共働き世帯の拡大を背景に、日本は今、育児・介護・治療との両立が就労継続を脅かす「ケア危機」に直面している。これらはもはや個人的な事情の範疇を超え、日本の労働市場における構造的リスクとなりつつある。
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全就業者の相当数が何らかのケア責任を負うなか、とりわけ組織の中核を担う40~50代に負担が集中し、育児・介護・治療が重なる「ダブルケア」や「トリプルケア」も表面化している。この事態を放置すれば、離職やパフォーマンス低下による人的資本の活用制約を招き、企業の供給力を根底から揺るがす「経営課題」へと発展する懸念がある。
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経済産業省は、介護を担うビジネスケアラーのみによる経済損失を2030年に年9.2兆円規模と試算している。これに育児や治療による制約を加えれば、社会全体が被る経済損失は9.2兆円を遥かに上回る。注目すべきは、その大半が離職ではなく、働きながら本来の力を発揮できない「生産性損失」である点である。
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離職理由の多くが「制度の未整備」以上に「両立しやすい働き方の欠如」や「周囲への遠慮」である事実は、制度という「箱」があっても、柔軟な業務調整という「中身(職場の標準)」が伴っていない現状を物語る。
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この巨大な損失を成長力に変える鍵は、ケアを特定の層への「個別配慮」に留めず、「職場の標準」へと昇華させることにある。その際、政府に「社会の標準」づくり(労働時間規制の緩和と、インターバル義務化等)と、企業による「職場の標準」の実装を進めることが重要である。
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労働人口が減少する日本において、ケアを前提とした働き方の実装は、9.2兆円超の経済損失を付加価値へと転換し、AI活用と並行して「一人当たり生産性」を最大化させるための、極めて合理的な成長戦略である。
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「ケアを前提とした働き方」をスタンダードとし、誰もがケアを担いながら持続的に活躍できる社会の構築こそが、日本の国際競争力を強化し、持続的成長の基盤となるだろう。
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- 目次
1. 「ケア」という新しい危機
少子高齢化と共働き世帯の拡大を背景に、日本は今、ケア負担が就労継続を脅かす「ケア危機」に直面している。本稿では「ケア」を、家族の育児・介護、および本人の疾病治療(不妊治療を含む)を総称するものと定義する。これらはもはや「個人的な事情」の範疇を超え、日本の労働市場における構造的リスクとなりつつある。
現在、日本の就業者数は増加基調にあり、2025年平均の就業者数は過去最大の6,828万人に達した(総務省「労働力調査」)。しかし、その内実を統計で概観すると、働き手の多くがケアによって時間的制約を抱えていることが浮き彫りになる。育児を抱える就業者(821万人)、介護を抱える就業者(365万人)、そして治療を抱える就業者(2,326万人)は、それぞれ膨大な数に上る(資料1)。
これらは重複し得るため単純合算はできないが、全就業者の相当数が何らかのケア責任を抱えながら働いている事実は看過できない。ケアと仕事の両立は、もはや一部の例外的な属性における個別課題ではなく、多くの働き手がキャリアの途上で直面する深刻な課題へと変化しつつある。
さらに事態を複雑にしているのが、ケア負担の「多重化」である。晩婚化や出産年齢の上昇に伴い、育児と介護が同時に発生する「ダブルケア(約25万人)」が顕在化している。加えて、近年は育児や親の介護に加えて、自身の治療や配偶者の介護等が重なる「トリプルケア(注1)」も表面化し始めた。ケアは単発のライフイベントではなく、キャリアの途上で重なり合い、時に長期化しながら、個人の働き方やキャリア形成を左右する構造要因となっている。
この変化は個人の問題にとどまらない。ケア負担の増大が放置されれば、企業における休職や離職による戦力ダウンのみならず、心身の不調によるパフォーマンス低下や人的資本の活用の制約を招く。とりわけ組織の中核を担う層にこの負担が集中することは、企業の供給力を根底から揺るがす「経営課題」そのものである。
しかしながら、日本の労働市場や社会制度の多くは、「ケアを担わない働き手(専業主婦を持つ男性正社員)」を標準モデルとして設計されてきた。長時間労働を前提とした労働慣行や配偶者控除等の制度は、ケアを担う就業者を「例外」として扱い、ケア負担の偏在やキャリアの断絶を生みだしてきた。ケアを担う働き手が職場で増えるなか、制度や慣行、そして働き方の見直しは不可避である。
本稿では、育児に比べて対応が遅れがちな介護および治療の現状を分析する。その上で、国内外の先進事例を通じ、ケアを「個別配慮」から「職場の標準」へと昇華させる「ケアを前提とした働き方」を提言していく。

2. 必要なのは「ケアを前提とした働き方」
2025年4月施行の改正育児・介護休業法により、従来の育児に加えて介護に直面した従業員への両立支援制度等の個別周知・意向確認を行うことが企業に義務付けられた。両立支援は「制度を作る」段階から「実際に活用される」段階へと舵が切られたといえよう。さらに2026年4月施行の改正労働施策総合推進法によって「治療と仕事の両立支援」が努力義務化される。国、そして企業は今、育児・介護・治療と仕事の両立を「個人的な事情」ではなく「職場の課題」として再定義し始めている。
もっとも、両立支援の成熟度には差がある。1991年に制定された育児休業法と、待機児童対策を目的とした保育所整備を軸に、制度とインフラが積み上がってきた育児支援は、近年は政府がすすめる「共働き・共育て」のもとで職場実装が進んできた。その結果、女性の就業率が子育て期に低下する「M字カーブ」は解消に向かい、出産・育児を理由とした離職者は2017年から2022年の5年間で6.7万人減少した(注2)。また、男性育児休業取得率も2024年は過去最高の40.5%まで伸びるなど、育児を抱えながらの就業は着実に前進しているといえる。
一方、介護や治療については、長らく「家庭内で処理すべき問題」とされてきた弊害が表面化している。2017年には年間9.9万人だった介護離職者は、2022年には10.6万人に増加し、その年代別割合をみると、組織の中核を担う40代~50代が約半数を占める現実は、企業にとって極めて深刻である(資料2)。また、不妊治療経験者の約11%、疾患罹患者の約25%が退職しており(注3)、就業継続のための環境整備は発展途上といわざるを得ない。

離職の要因は「制度の有無」だけではない。資料3が示す通り、介護離職の理由の最上位は、「勤務先に介護休業・介護休暇等の両立支援が整備されていない」(31%)を抑えて、「介護との両立がしやすい働き方ができない(33%)」が挙がっている。
治療を理由とする離職も同様の構造を持つ。治療や病状そのものの悩みに次いで、「治療と仕事を両立できるような就業形態がなかった(27%)」、「会社や同僚に迷惑をかけると思った(25%)」が上位を占める。さらに、「治療や静養に必要な休みをとることが難しかった(19%)」、「残業が多い職場だったから(18%)」といった職場環境そのものが離職を加速させている実態が浮かび上がる。これは、両立支援という制度(箱)が用意されていても、柔軟な業務調整などの運用(中身)が伴っていなければ、働き手は周囲への遠慮から離職を選択せざるを得ない可能性を示唆している。

この状況を放置すれば、日本は甚大な「見えない損失」を抱え続けることになる。経済産業省(2024)は、2030年における介護と仕事を抱えるビジネスケアラーによる経済損失を年9.2兆円規模と試算している。注目すべきは、その大半が離職ではなく、働きながらも本来の力を発揮できない「生産性損失(7.9兆円)」である点である(資料4)。

さらに、この9.2兆円という数字はあくまで「介護」のみに焦点を当てた推計であり、育児や治療に伴うパフォーマンス低下や機会損失を合算すれば、社会全体が被っている経済的インパクトは、この試算を遥かに上回る規模に達することは想像に難くない。
しかし、この広範な「ケア危機」を構造的に解決することは、日本にとって9.2兆円を遥かに超える巨大な損失を取り戻し、停滞する経済を底上げする最大のチャンスにもなり得る。労働人口が減少する日本においてはAIの活用と並行し、ケアによる制約を解消することで、一人当たり労働生産性を引き上げることが不可欠である。企業にとっても、ケアを担う人材の離職を防ぎ、パフォーマンスを最大化させることは、もはや福利厚生にとどまらず、企業の競争力そのものに直結する「経営戦略」だといえよう。
こうしたことから、今求められているのは、ケアを一部の例外に対する「個別配慮」で済ませるのではなく、「誰もが人生のどこかでケアに直面する」ことを前提とした働き方の再設計である。「ケアを前提とした働き方」をスタンダードとして、業務プロセス、時間管理、評価制度、そしてマネジメント全般を構築し直す。これこそ、持続的な経済成長を実現するための、効果的な成長戦略となるのである。
3. 「ケアを前提とした働き方」の先進事例
では、「ケアを前提とした働き方」とは具体的にどのような変革を指すのか。本章では、この働き方をスタンダードとして、制度と運用の両面から仕組み化している国内外における3つの先進事例を紹介する。共通するのは、両立支援を特定の層への「個別配慮」に留めず、働くルールそのものを書き換えることで「職場の標準」へと昇華させている点である。
(1) フランス政府:法定労働時間の「標準」変更による構造改革
フランスでは、1998年および2000年に制定されたオーブリー法(注4)を通じて、それまで週39時間であった法定労働時間の基準を週35時間へと段階的に移行させた。現在の日本の法定労働時間が原則として「週40時間・1日8時間」であることを踏まえると、フランスは日本よりもさらに短い労働時間を「社会の標準」として据えたことになる。
この改革の真の狙いは、単なる労働時間の短縮にとどまらない。企業や個人の自助努力だけでは解決しにくい長時間労働の慣行に対し、社会的な上限を設けることで、雇用創出や生活時間の確保、そして生産性向上を同時に促すことにあった。また、この移行を後押しするため、労働時間短縮や雇用の維持・創出に取り組む企業に対し、雇用主の社会保険料負担を軽減する等のインセンティブを組み合わせ、導入コストを社会全体で平準化する設計が採られた。
注目すべきは、こうした労働時間における「社会の標準」の変化が、家計内の時間配分や就業行動にまでポジティブな影響を及ぼしている点である。Ahmed(2016)は、フランスでの法定労働時間の変更により夫が労働時間制限の対象となる場合、妻が週労働時間を3時間以上有意に増加させることを示した。さらにBunel(2004)は、配偶者の35時間制移行は、もう一方の配偶者が労働市場に参入する確率を6〜8%高めると指摘している。これらは、長時間労働という制約が取り除かれることで、ケアを担いながら働くという選択肢が現実味を帯び、結果として世帯全体の就業選択が最適化され得ることを示唆している。
ここで主張したいのは、日本が直ちに法定労働時間を短縮すべきだという議論ではない。重要なのは、長時間労働の是正を企業や個人の自助努力のみに委ねるのではなく、政府が「社会の標準」を設定することで、結果として「職場の標準」を変容させていくことである。政府が設定すべき「社会の標準」として、例えば、次章でも触れる「勤務間インターバル制度の義務化(注5)」や「時間外割増賃金率の引き上げ(注6)」といった公的な枠組みを通じ、長時間労働に依存しない「社会の標準」を確立していくことが重要である。
(2) 国内A社:理由を問わない「時間単位の有給56日」が創出する新たな標準
国内企業の先進事例として注目すべきは、2019年から独自の休暇制度を導入したA社(従業員100名以下)の取組みである。同社は、通常の年次有給休暇20日に加え、年間36日分という大幅に拡充した有給休暇制度を上乗せし、それを「15分単位」という極めて細かい粒度で取得できる仕組みを整えた。特筆すべきは、この休暇の取得理由を一切問わない運用を徹底している点である。
この柔軟な時間設計は、ケアを担う従業員にとって極めて実効性の高い支援となっている。例えば、介護を担う従業員は、デイサービスの送迎や行政手続きといった、1日のうちの数時間だけ発生する用務に柔軟に対応できるようになった。また、がん治療や不妊治療のように、通院が断続的に発生するケースにおいても、フルタイムの就業を継続しながら、必要なタイミングで必要な分だけ時間を切り出すことが可能となっている。さらに、独身の従業員を含め、全従業員が学び直しやリフレッシュに活用できるなど、用途を限定しないことで制度の汎用性を高めている。その結果、同社は実質週休3日制に近い働き方を実現しつつ、残業ゼロと有給休暇取得率100%を両立させている。
この事例の最大のポイントは、制度をケアを抱える特定の層向けの「個別配慮」ではなく、全従業員が利用できる「職場の標準」として設計した点にある。対象者を限定せず「理由を問わない」運用にすることで、利用に伴う心理的障壁や周囲への遠慮が大幅に低減され、必要な人が必要な時に、自然に権利を行使できる土壌が醸成された。これは、特定の属性への「個別配慮」という枠組みを超え、働き方の前提そのものを柔軟なものへと昇華させた好例といえる。
(3) 国内B社:勤務間インターバルと「脱・属人化」が支える職場の標準化
国内企業のもう一つの先進的な取組みとして、経営トップ主導により、働き方の土台そのものを再設計したB社(従業員200名以下)の事例を挙げる。同社は、ワーク・ライフバランスに関する全従業員向けの研修を契機に、経営者が「残業ゼロ」を明確に掲げ、残業削減に貢献する管理職を高く評価すると宣言した。特筆すべきは、この方針を単なるスローガンに留めず、「勤務間インターバル制度」を導入し、就業規則に明記した点である。
この改革を支えたのは、業務の徹底的な棚卸しによる「属人化の解消」である。同社では、特定の従業員にしかできない業務を無くし、誰が欠けてもチーム内で業務が回る体制を構築した。これは、育児や介護、治療を抱える従業員が「休みを取れるが取りにくい」という心理的・実務的な停滞を打破し、「休みを取っても業務が滞りなく進む」状態へと働き方を再設計したことを意味する。
こうした一連の取組みの結果、月間の平均残業時間は約1時間まで激減し、削減された残業代は賞与として全額従業員に還元された。加えて、継続的なベースアップも行われ、基本給は取組み前の約1.5倍にまで増加した。経済的な恩恵だけでなく、男性の育児休業取得率は100%を達成し、従業員の私生活における持続可能性も向上した。
B社の事例は、両立支援を単なる「制度の上乗せ」に留めなかった点に成功の本質がある。長時間労働を許さない「時間の制限」と、代替可能性を確保する「業務の変革」をセットで実装したことで、育児・介護・治療といったケアの必要性が生じても、働き続けられる構造を「職場の標準」として組み込むことに成功した。ケアへの対応を一部の「個別配慮」にとどめず、「職場の標準」へと昇華させた点に、B社の取り組みの本質がある。これにより、組織の持続性を高めながら、従業員の所得向上とウェルビーイングの両立を実現している点で、同社の事例は、これからの時代に求められる合理的な経営戦略を体現するものといえる。
4. 9.2兆円超の「損失」を「成長」へ
これまで見てきた3つの事例に共通するのは、ケアを「個別配慮」ではなく「職場の標準」そのものに組み込んだ点である。フランスは法定労働時間という「社会の標準」を定義し直すことで企業の業務変革を促し、「職場の標準」を変容させた。国内A社は、理由を問わない時間単位休暇の拡充により、誰もが日常的に時間調整を行える環境を整えた。国内B社は、属人化解消という業務変革を通じて「誰が欠けても業務が回る」体制を構築し、長時間労働が発生しない「職場の標準」を実装した。いずれも、単なる支援制度の追加ではなく、働く上での時間と業務の「前提」を再設計することで、「ケアを前提とした働き方」をスタンダードへと昇華させている。
「職場の標準」を変えることは、長年の労働慣行を打破する極めて困難な挑戦である。しかし、政府や企業が働く前提を根本から見直さない限り、「ケアを前提とした働き方」の実装は成し遂げられない。この新たなスタンダードを確立するために、政府と企業には何が求められるのか。
まず政府に求められるのは、現代の働き方の多様性(注7)に対応した、重層的な「社会の標準」づくりである。2026年2月の施政方針演説において高市総理は、「裁量労働制(注8)の見直し」と同時に「健康確保措置の徹底」に言及した(注9)。このような視点から重要だと考えられるのは、高度な専門職に対する「労働時間規制の緩和」と、全就業者の生活時間を守るための「規制の強化」は相反するものではないということである。
自律的な働き方を推進しながら、同時にケア責任を果たすための時間を担保することは、働き方の多様性を支える一体の議論である。具体的には、「勤務間インターバル制度」の義務化による一律の休息時間の確保や、長時間労働の抑制につながる「時間外労働の割増賃金率の引き上げ」といった法的枠組みが、自律的な働き方を支える不可欠なセーフティネットとなる。さらに、社会保障制度や税制の設計においても、ケア責任を担う就業者の継続就業を後押しする視点が不可欠である。
次に企業に求められるのは、個別配慮の先にある「職場の標準」の確立である。残業を前提とした計画・評価・会議運営を根本から改め、所定時間内で成果を出す業務変革、すなわち業務の棚卸しや平準化、代替可能性の確保へと踏み出す必要がある。その際、AIは強力な推進力となり得る。具体的には、属人化業務の可視化(注10)や自動議事録等を活用した会議運営の効率化、タスク配分の最適化(注11)等、ケアと就業の両立を構造的に下支えする手段として実際に職場で導入され始めている。こうした業務変革の上で、介護や治療の突発性に対応できる時間単位休暇や中抜け、在宅勤務といった柔軟な手段を、特別な配慮ではなく「職場の標準」として実装すべきである。
ここで重要なのは、企業が従業員の自助努力を期待するだけでなく、「お互い様文化」を構造的に醸成することである。「ケアを担う側」と「ケアを担う人を支える側」の不公平感を解消し、貢献を可視化する仕組みは、組織の連帯感を高める有効な戦略となる。例えば、育児休業取得者の同僚全員に一時金を支給する試みや、ピアボーナス(注12)を活用して、目に見えにくい「支え合い」を数値化・評価する手法は、その一助となるであろう。
労働人口が減少する日本において、ケアを前提とした働き方の実装は、9.2兆円超の経済損失を付加価値へと転換し、AI活用と並行して「一人当たり生産性」を最大化させるための、極めて合理的な成長戦略である。もっとも、ケアを前提とした働き方は、一部の労働者にとって労働時間の減少を伴う可能性もある。しかし、ケアを理由とする離職やパフォーマンス低下という莫大な社会的コストを回避し、多様な働き手の継続的な労働参加を促すことで人的資本を最大限活用する効果が期待される。重要なのは部分的には労働時間が減少するという側面を踏まえつつ、それを上回るベネフィットが社会全体にもたらされるよう、業務変革やAI活用を通じて生産性向上を同時に図る制度設計を進めることである。
「ケアを前提とした働き方」を次代のスタンダードへ。誰もがケアを担いながら持続的に活躍できる社会の構築こそが、日本の国際競争力を強化し、持続的成長の基盤となるだろう。
【注釈】
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主に育児と親の介護を同時に行うダブルケアに加え、配偶者の介護や自身の治療等のケアが重なり、3人分以上のケアを一人で担う状況を指す。
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総務省(2022年)「令和4年就業構造基本調査」によると、出産・育児を理由とした離職者は2017年には21.5万人だったのが、2022年には14.8万人と5年間で6.7万人減少している。
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独立行政法人労働政策研究・研修機構(2023年)によると、疾患罹患後および罹患の際の勤め先を退職した人は25.4%であり、内訳をみると、「疾病以外の理由で退職した」が17.8%、「疾病を理由に退職した」が7.6%となっている。
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1998年(第1次法:AubryI)および2000年(第2次法:AubryII)にフランスで制定された、労働時間短縮に関する一連の法律の総称。第1次法では週39時間から35時間への移行方針と、早期導入企業への社会保険料軽減措置が示され、第2次法によって時間外労働の制限や変形労働時間制の運用ルールを含む詳細な法的枠組みが確定した。
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勤務間インターバル制度とは、前日の終業時刻から翌日の始業時刻まで一定の休息時間を確保する制度であり、労働者の睡眠・生活時間を守り、過重労働を防ぐことを目的とする。EUでは「労働時間指令」により最低連続11時間の休息が義務化されているのに対し、日本では2019年4月施行の労働時間等設定改善法改正で努力義務にとどまる。
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時間外労働の割増賃金率とは、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて働いた場合に、通常賃金に上乗せして支払うことが義務づけられている法定の割合。時間外労働には25%以上、月60時間超の部分には50%以上が適用される。OECD加盟国のうち法令で割増率を定めている国の約6割が時間外労働に50%以上を設定しており、日本の割増率は国際的に比較的低い水準にある。
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裁量労働制に代表される「自律的・成果重視」の働き方へのニーズと、ケア責任に伴う「時間的制約」を抱えながらの就労継続という、性質の異なる二つの要請が労働市場に共存している状況を指す。
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裁量労働制とは、実際の労働時間によらず、労使間であらかじめ定めた時間を「働いたもの」とみなして賃金を支払う制度。業務の遂行方法や時間配分を労働者の裁量に委ねる点に特徴がある。専門業務型(研究開発・SE・デザイナー等19業務)と企画業務型(事業運営の企画・立案・分析等)の2種類があり、2024年4月の改正では専門業務型の対象業務が1業務追加されたほか、労働者本人の同意取得が要件として整備された。
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2026年2月20日の第221回国会における施政方針演説において、高市総理は「働き方改革の総点検においてお聞きした働く方々のお声を踏まえ、裁量労働制の見直し、副業・兼業に当たっての健康確保措置の導入、テレワークなどの柔軟な働き方の拡大に向けた検討を進めます」と述べた。
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生成AIを活用し、熟練担当者の作業手順・判断基準・過去対応事例を自動的に整理してドキュメント化する取組み。担当者不在時でも業務が滞らない体制を短期間で構築できる。
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AIがメール・カレンダー・業務ログを横断的に分析し、「誰が・何に・どれだけ時間を費やしているか」をダッシュボード形式で可視化する手法。特定個人への業務集中(属人化)や隠れた残業要因を客観的に把握できる。AI分析ツールの導入により残業時間を大幅削減した事例も報告されている。
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従業員同士が日々の貢献や突発的な業務カバーに対し、感謝の印として少額の報酬やポイントを贈り合う仕組み。
【参考文献】
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経済産業省(2024)「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」
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総務省(2025)「労働力調査(基本集計)2025年(令和7年)平均結果の要約」
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総務省(2022)「令和4年就業構造基本調査」
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厚生労働省(2024)「令和5年度不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合調査」
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厚生労働省(2024)「令和5年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業:介護離職者の離職理由の詳細等の調査及び勤労世代の介護離職防止に資する介護保険制度の広報資料等の作成」
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厚生労働省(2023)「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書」
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独立行政法人労働政策研究・研修機構(2024)「労働時間制度:フランスの労働時間制度」
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独立行政法人労働政策研究・研修機構(2023)「病気の治療と仕事の両立に関する実態調査(WEB患者調査)」
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白石香織(2026)「【1分解説】時間外労働の割増金率とは?」
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白石香織(2026)「【1分解説】労働時間規制の緩和とは?」
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岩井紳太郎(2026)「【1分解説】勤務間インターバル制度とは?」
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Ahmed(2016)“Added Worker Effect Revisited: The 'Aubry's Law' in France as a Natural Experiment”
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Bunel(2004)“Les conjoints des salariés passés à 35 heures travaillent-ils davantage?”
白石 香織
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

