「ゆとり感」格差の拡大と幸せ・well-being

~経済的・精神的ゆとり感の約20年間の推移~

水野 映子

目次

1.「幸せ」「well-being」に対する関心の高まり

近年、「幸せ」「well-being(ウェルビーイング)」という概念に対する社会的関心が高まっている。例えば、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太方針」の中でwell-beingの指標化やその向上が目標として掲げられるなど、政策運営にもwell-beingの考え方が取り入れられるようになっている。また、企業などにおいても、幸せ・well-beingの実現を組織経営の理念や戦略に導入する動きが広がっている(注1)。

当研究所では、1995年から11回にわたって実施している大規模な生活者調査「ライフデザインに関する調査」(図表1)をはじめ、多分野における調査研究を通じて、人々の幸せのあり方を見つめ続けてきた。特に近年では、幸せ・well-beingに焦点を当てた調査研究に取り組み、書籍「人生100年時代の「幸せ」戦略」「「幸せ」視点のライフデザイン」(注2)やレポート(注3)などにおいてその成果をまとめている。

前述の「ライフデザインに関する調査」においては、幸せやwell-beingに大きく関係していると思われる、主観的な「ゆとり感」について長年にわたり定点観測している。そこで、本稿ではこのゆとり感に焦点をあて、「幸せ」との関連を分析するとともに、約20年間のゆとり感の変化をたどる。

図表1 「ライフデザインに関する調査」の概要
図表1 「ライフデザインに関する調査」の概要

2.「幸せ」と主観的ゆとり感 -経済的ゆとり感以上に精神的ゆとり感は幸福度に関係-

まず、2021年に実施した最新(第11回)の「ライフデザインに関する調査」の結果を用いて、ゆとり感が幸せとどう関連しているかを分析する。

この調査では、経済的・精神的・時間的ゆとり感に関して、それぞれ「かなりゆとりがある」「ある程度ゆとりがある」「あまりゆとりがない」「ほとんどゆとりがない」の4段階のどれにあてはまるかを質問している。また、幸せに関しては、「とても不幸」0点~「とても幸せ」10点の11段階でその程度を尋ねている。図表2には、経済的・精神的・時間的ゆとり感の程度別の幸福度得点(幸せの程度)の平均点、ならびに各ゆとり感と幸福度得点との相関を示す。

これをみると、経済的・精神的・時間的ゆとり感のいずれについても、ゆとりがあると感じている人ほど幸福度得点が高くなっている。中でも、精神的ゆとり感と幸福度の間には強い相関がある。すなわち、精神的ゆとり感は経済的ゆとり感や時間的ゆとり感以上に幸福度と関連している。ゆとり感、特に精神的ゆとり感は、幸せを感じるために重要であることがうかがえる。

図表2 ゆとり感と幸福度得点の関係
図表2 ゆとり感と幸福度得点の関係

3. 経済的ゆとり感とともに精神的ゆとり感の格差も拡大

では、これらの主観的ゆとり度は、この20年ほどの間にどう変化してきたのだろうか。経済的・精神的・時間的ゆとり感に関する質問項目は、それぞれ1995・2003・2005年(第1・5・6回目)から各回の調査において設けられてきた。以下では、それぞれの推移をみる。

まず、経済的ゆとり感(好きなことをしたり欲しいものを買ったりする経済的ゆとりがどの程度あるか)の1995~2021年の推移を図表3に示す。これをみると、『ゆとりがある(かなりゆとりがある+ある程度ゆとりがある)』と答えた割合は、1995年から2003年までは減り続けていた。バブル経済崩壊後の賃金低下などの影響がうかがえる。

それ以降、『ゆとりがある』と答えた割合はさほど変化していないが、注目すべきは「ほとんどゆとりがない」と答えた割合がかつてより増えており、2021年ではこれまでで最も高い18.2%を記録したことである。一方で「かなりゆとりがある」と答えた割合も、2021年にはこれまでで最も高い6.4%となっている。

経済的ゆとり感は可処分所得や資産などの状況だけでなく、現在・将来の生活に対する経済的な不安や、将来に備える必要性をどの程度感じているかなどによっても異なると考えられる。経済的な格差の問題はしばしば取りざたされるが、実感のレベルとしての経済的ゆとり感にも格差が生じつつあるといえる。

図表3 経済的ゆとり感の推移
図表3 経済的ゆとり感の推移

次に、時間的ゆとり感の推移を図表4に示す。『ゆとりがある』と答えた割合は、2005年から2019年の間にはさほど大きな変化がなかったが、2019年から2021年にかけては5ポイント近く増えた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、仕事・通勤時間や外出する時間などが減ったことなどにより、時間的なゆとりが全体的に増えたと思われる。

図表4 時間的ゆとり感の推移
図表4 時間的ゆとり感の推移

一方、精神的ゆとり感について図表5でみると、『ゆとりがある』と答えた割合は、2003年から2021年までの間、概ね6割前後で推移している。だが、両端の「かなりゆとりがある」と「ほとんどゆとりがない」はいずれも増える傾向にあり、2021年ではそれぞれ9.5%・11.5%と、いずれも過去最高を記録している。前述の経済的ゆとり感の格差とともに、精神的ゆとり感の格差も広がりつつあるといえる。

図表5 精神的ゆとり感の推移
図表5 精神的ゆとり感の推移

精神的ゆとり感は、自由に使えるお金や時間の多寡に加え、人間関係(人とのつながり)や健康状態などの状況、およびそれらをどうとらえるかという意識が反映された、心のありようを示す指標だといえる。経済的ゆとり感の格差が精神的ゆとり感の格差の一因になっていることは確かだろうが、それだけでなくお金以外の“人生資産”(健康、つながりなど)の感じ方にも格差が生じ、それが精神的ゆとり感の格差に影響していると考えられる。

この調査項目が設けられた当初に比べ、メンタルヘルス(精神的な健康)に対する社会的な関心は高まり、メンタルヘルスの維持・向上のための取り組みもおこなわれてきた。その中で、メンタルヘルスに影響を及ぼすと思われる精神的ゆとりをほとんど感じられない人が1割以上にもなったことは、望ましいとはいえないだろう。

4.「ゆとり感」格差問題の所在

以上でみたように、この20年近くの間、経済的ゆとり感や精神的ゆとり感は、平均的にはさほど変化しなかった。ただし、経済的ゆとり感・精神的ゆとり感の両極、すなわち「かなりゆとりがある」と感じる人と「ほとんどゆとりがない」と感じる人はともに増える傾向にある。

経済的格差が拡大していると一般に言われることは多いが、所得・資産などの客観的な数値で格差を測る指標はさまざまあり、近年は必ずしも格差の拡大傾向だけが示されているわけではない(注4)。だが、少なくとも今回取り上げた経済的ゆとり感や精神的ゆとり感という主観的な指標においては、格差の広がりがうかがえる。

冒頭でみたように、主観的なゆとり感は幸福感と大きく関係している。中でも、精神的なゆとり感は幸福感との関連が強い。今後もゆとり感の格差が広がれば、人々の幸福感にも格差が生じる可能性がある。

SDGs(持続可能な開発目標)の理念にもなっている「誰一人取り残さない社会」は、誰もが幸せを感じられる社会とも言い換えられる。その実現のためには、ゆとりをいま感じられている人がより感じられるようになること以上に、今は感じられていない人が感じられるようになることが必要だろう。

長引くコロナ禍や戦争、それに伴う経済・社会状況の悪化や不安の増大など、心のゆとり感を奪いかねない事象は、この調査の後にも現れている。今後も引き続き、ゆとり感や幸福感、well-beingの動向に注目していきたい。


【注釈】

  1. 国・企業の取り組みに関しては、当研究所の以下のレポートも参照。
  1. それぞれ以下の通り。
  1. 注1で紹介したレポートを含め、「幸せ」「well-being」に関する当研究所発行のレポートは、当研究所ホームページのテーマ別レポート一覧「幸せ・well-being・QOL」に掲載。

  2. 格差に関しては、例えば以下の報告がある。
    内閣府「日本経済2021-2022 ―成長と分配の好循環実現に向けて―」2022年2月

水野 映子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

水野 映子

みずの えいこ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: ユニバーサルデザイン

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