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日本における「自殺」と「自死」の用語選択

~政策・科学・共感の視点から考える自殺(自死)予防の実装戦略(後編)~

主濱 瑠純

要旨
  • 本稿は、国立大学法人島根大学医学部と第一生命グループの共同研究講座で著者が取り組む自殺予防研究の一環として、日本における自殺(自死)問題を、政策・科学的根拠・社会実装の観点から俯瞰する連載前編『日本における自殺(自死)対策の現状と展望〜政策・科学・共感の視点から考える自殺(自死)予防の実装戦略〜』の後編として、実務と支援の現場で繰り返し問われる「自殺」と「自死」の表現を取り上げる。

  • 2025年の自殺者数は19,097人(暫定値)と統計開始以来、初めて2万人を下回る一方、小中高生の自殺者数は過去最多となり(厚生労働省, 2026)、若年層の自殺(自死)問題が依然として重要な社会課題であることを示している。

  • 両用語の歴史的背景を整理した上で、公式・法制度、学術・臨床、メディア・報道、遺族支援といった主要分野における用語の実際の使われ方を確認し、文脈ごとの役割とニュアンスの違いを明らかにする。

  • 「自殺」と「自死」の対立的理解ではなく、制度的精確性(precision)と当事者への配慮を両立させる観点から、現在の日本社会における用語選択のあり方について一つの整理案を提示する。

  • 最終的に、本稿は、「自殺」と「自死」をめぐる議論の主要な論点を整理し、研究・政策・支援の各分野において、用語を扱う際に留意すべき点を明らかにする。

目次

1. はじめに

我が国では、自殺(自死)の用語表現に関し、法令、統計、国の政策、精神医療の標準用語としては、現在も「自殺」が中心である一方、遺族支援や一部自治体、保険業界、当事者に近い支援実践では「自死」が広く用いられている。2026年1月29日に厚生労働省が公表した資料(資料1)によると、2025年の自殺者数(暫定値)は19,097人、前年の20,320人から1,223人減で、1978年の統計開始以来、初めて2万人を下回り過去最小となった。しかし、小中高生の自殺者数は532人であり、2024年確定値529人から3人増え、統計開始以来最多となった(厚生労働省, 2026)。この状況からみても、「自殺」と「自死」の用語選択の問題は、単なる言い換えの是非ではなく、社会が何をどう理解し、どう伝え、どう共感して支えるかに関わる課題である。

本稿の立場は明確である。第一に、「自殺」と「自死」のいずれかを唯一の正解とみなさない。第二に、用語選択は概念の精確性(precision)と当事者への配慮の双方から検討すべきである。第三に、分野によって語の役割が異なる以上、議論の焦点は「どちらがより正しいか」ではなく、「どの文脈で、どの語が、どのような効果と限界をもつか」に置かれるべきである(全国自死遺族総合支援センター, 2013; JSCP, 2024)。

図表
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2. 「自殺」と「自死」の歴史的背景

公的制度の側からみると、日本で標準的に用いられてきた用語は「自殺」である。2006年に制定された現行法の名称は「自殺対策基本法」であり、その目的は「誰も自殺に追い込まれることのない社会」の実現にある。さらに、2007年に閣議決定された「自殺総合対策大綱」も、個人の問題とみなされがちだった自殺を「社会の問題」として捉え直し、その多くを「追い込まれた末の死」と位置付けている。つまり、国の制度言語は「自殺」という語を維持しつつ、その意味内容については自己責任論から距離を置く方向に再構成してきたのである(自殺対策基本法, 2006/現行法; 厚生労働省, 2022)。

これに対して「自死」が現代日本で広がった背景には、1998年以降の自殺急増(資料1)と、遺族・遺児の社会的可視化がある。全国自死遺族総合支援センターの沿革によれば、1998年に年間自殺者が3万人を超え、2000年には遺児らによる小冊子『自殺って言えない:自死で残された子ども・妻の文集』が発行され、2001年には自死遺族が首相に対し、自殺対策の必要性を訴えるなど、遺族当事者による社会への働きかけが行われた。こうした動きは、遺族が受ける痛みや偏見を社会問題として可視化し、「自死遺児」という表現の定着を促したと考えられる(全国自死遺族総合支援センター, n.d.; 厚生労働省, 2023)。

2013年には、全国自死遺族総合支援センターが「『言い換え』ではなく丁寧な『使い分け』」を掲げるガイドラインを公表した。そこでは、「自殺」という言葉、とりわけ「殺」という文字が犯罪を想起させる響きや印象を与えること、亡くなった人や遺族への偏見や差別を助長し得るという問題意識が示されている。その一方で、行為そのものを表す語としては「自殺」を用いる必要性も強調されている。ここで重要なのは、「自死」は「自殺」を全面的に置き換えるための用語として提示されたのではなく、遺族支援や社会的スティグマ(偏見や差別)への応答の中で広がってきた言葉として位置付けられている点である(全国自死遺族総合支援センター, 2013)。

3. 分野ごとのニュアンスと用法

「自殺」と「自死」の使い分けは、単一の社会領域で決まるものではなく、行政、学術・医療、報道、遺族支援など、それぞれの分野において異なる文脈と役割を持ちながら運用されている。以下では、主な分野における用法の実態を整理する。

(1) 公式・法的用法

公式・法的用法では、「自殺」が制度的標準語である。法律名、政府大綱、白書、警察統計、行政上の主要指標はいずれも「自殺」を用いる。これは単なる慣習ではなく、法的安定性、統計の継続性、国際比較可能性を担保する機能をもつためである。

他方、地方自治体レベルでは差がみられる。たとえば島根県は、法令名や統計用語を除き、遺族の方等の心情に配慮し、原則「自死」を用いると明示している(島根県, 2008)。大阪府八尾市は、用語に多様な意見があることを踏まえ、遺族支援の分野では「自死」を用いると整理している(八尾市, 2024)。したがって、公的領域全体を一つの用語実践で括ることはできず、国レベルでは「自殺」、地方自治体実務では文脈別運用、というのが実態に近い。

(2) 学術・臨床用法

学術・臨床領域でも、基本語としては「自殺」がなお優勢である。日本精神神経学会の手引きには「自殺念慮」「自殺企図」などの語が用いられている。精神医療では、リスク評価や介入の標準語として「自殺」を中心とする用語体系が維持されている(日本精神神経学会, 2013)。

我が国の自殺予防を目的に精神科医や心理学者が中心となり1970年に発足した「自殺予防研究会」は、1981年に「日本自殺予防学会」と名称変更し、2017年には法人化し、一般社団法人日本自殺予防学会として活動を続けている(JASP, n.d.)。2025年9月には、本稿を監修する国立大学法人島根大学医学部精神医学講座の稲垣正俊教授を大会長に、島根県出雲市にて第49回日本自殺予防学会総会が開催され(JASP, 2025)、筆者も学会員として参加した(資料2)。第49回大会テーマは「広がる生きづらさに向き合う:自殺予防における効果的アプローチの実現へ」であり、2023年から島根大学医学部に「第一生命メンタルヘルスケア共同研究講座」を設置して(第一生命グループ, 2023)、メンタルヘルス分野の社会課題解決に貢献する研究に取り組んでいる第一生命ホールディングス株式会社が、生命保険会社として初めて本学会を協賛し、自殺予防は政策、学術、医療分野だけでなく、社会全体での理解、協力体制が必要であることを示した。

図表
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一方、遺族支援や精神保健福祉、看護の文脈では「自死」が広く使われる。たとえば楠本らは「三重県の自死遺族支援」と題して支援実践を報告し(楠本ら, 2023)、栗原らの文献レビューは、文献検索や引用では「自殺」を保持しつつ、本文では遺族への配慮から「自死」を用いると明示している(栗原ら, 2025)。学術的実態は、どちらか一方への全面移行ではなく、対象と分析水準に応じた併用である。

(3) メディア・ジャーナリズムでの用法

報道領域では、まず強調すべきなのは、主要な指針が表記統一よりも報道のあり方そのものに重点を置いている点である。国際的な標準となるWHOの自殺報道ガイドライン2023年版(初版2000年)では、以下の点が重視されている(WHO, 2023):

図表
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しかしながら、「自死」という表現に統一すること自体が主目標ではなく、明記もされていない。

個別媒体では遺族に関する記述に「自死遺族」を用いる例がある。毎日新聞の紙面審では、遺族の話を執筆する際に「自死遺族」と書くことがほぼ定着してきたとの認識が示されている(毎日新聞, 2015)。ただし、媒体横断的に統一された業界標準が確認できるわけではなく、少なくとも現時点では、事件・統計・政策報道では「自殺」、遺族や支援の文脈では「自死」が現れやすい、という程度に慎重に述べるのが妥当である。

(4) 遺族支援・アドボカシーでの用法

遺族支援・アドボカシーの領域では、最も明示的な使い分けが行われている。厚生労働大臣指定法人・一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)は、2024年の手引きおよび関連ページで、法令や医療などに関する用語は「自殺」、身近な人を亡くした人や子どもなどに関する用語は「自死」、その他は「自死・自殺」と整理している。また、同手引きは、啓発活動において「自死」「自殺」の使い分けを検討することや、遺族が傷つく可能性のある表現を避けることを勧めている。ここでは、用語は単なる記号ではなく、支援関係を損なわないための実務上の配慮として理解されている(JSCP, 2024)。

4. 主な論点と論争

「自死」の用語表現を支持する主張の中心には、主に三つの論点がある。第一に、「殺」という字が遺族に強い痛みや責めの感覚を想起させ得るという点である。第二に、多くの死が「自ら好んで選んだ死」ではなく、苦痛や孤立の末に追い込まれた結果として理解されるべきだという認識である。第三に、支援や分かち合いの場においては、より受け入れられやすい表現として機能するという点である。これらの主張は、遺族支援ガイドラインやJSCPの論点整理で繰り返し示されている(全国自死遺族総合支援センター, 2013; JSCP, 2024)。

しかしながら、「自死」への全面置換には有力な慎重論も存在する。第一に、行為や臨床状態を表す語としては「自殺」の方が概念的に明確であり、「自死未遂」「自死企図」などへの言い換えは適切でないとする見解である。第二に、「自殺」という語を過度に避けることが、かえって「自殺」という語をタブー化し、新たなスティグマを生む可能性があるという点である。第三に、遺族や支援者の間にも意見の多様性が存在し、「自死ではなく自殺を使いたい」「どちらの言葉も受け入れがたい」という声があることも報告されている(全国自死遺族総合支援センター, 2013; JSCP, 2024)。実際、JSCPは、自死遺族等や支援者の間でも考え方が多様であることを明記している(JSCP, 2024)。したがって、どちらか一方を唯一の正解とする議論は、当事者の多様性を十分に反映しない可能性がある。

なお、本稿で確認した主要資料の多くは、遺族・支援者の経験、実務上の配慮、倫理的判断を整理したものである。そのため、用語選択の心理的効果や社会的影響については重要な知見が蓄積されつつある一方で、議論の中心は依然として実務知と価値判断の領域に置かれている。研究・政策向けの文章では、この点を踏まえ、経験に基づく主張と制度上の必要性を区別して記述することが望ましい(栗原ら, 2025)。

5. おわりに—用語選択の実務と意味

現在の日本において最も妥当な整理は、「自殺」と「自死」のどちらかを置き換えることではなく、文脈に応じた使い分けとして理解することである。法令名、統計、医学用語、既存研究など、制度的・分析的な文脈では「自殺」が標準語として機能している。他方で、遺族・遺児、当事者支援、分かち合いの場などでは、より受け入れられやすい表現として「自死」が用いられることが多い。総論的な議論では、「自死・自殺」または「自殺(自死)」と併記し、冒頭で用語方針を明示する方法も有効である。この整理は、JSCPの手引きや島根県等の行政実務とも整合する(JSCP, 2024; 島根県, 2008)。同時に、用語選択だけで配慮が完結するわけではないことにも留意する必要がある。遺族が傷つくのは用語そのものだけではなく、それが責任追及、単純化、差別的な語りと結びつくときである。JSCPは、啓発活動において「いのちを大切に」「いのちを捨てないで」「自死・自殺は防げる」といった表現が、遺族を傷つける可能性があるとして注意を促している(JSCP, 2024)。研究・公共向けの記事に求められるのは、適切な語を選ぶことに加え、死を個人の弱さへ還元しないこと、背景要因や支援可能性を示すこと、そして当事者の多様な受け止め方を前提とすることである。

このように、日本における「自殺」と「自死」の関係は、対立というよりも役割分担を伴う併存として理解することが現状を説明する最も自然な見方と考えられる。「自殺」は制度、統計、医療、研究の標準語として機能し、「自死」は遺族支援や当事者への配慮の文脈で重要な役割を担ってきた。政策・研究志向の公共記事において重要なのは、どちらか一方を絶対化することではなく、用語選択の理由を明示し、精確性(precision)と配慮の双方を保つことである。この問題は、日本の自殺対策が制度的厳密さと社会的共感をどのように接続していくかを映し出す論点でもある。

2025年の自殺者暫定数は1978年の統計開始以来、初めて2万人を下回り、過去最小となった一方で、子どもの自殺者数が過去最多となった(厚生労働省, 2026)。この事実に、私たち一人ひとりが自分ごととして向き合う必要がある。自殺(自死)を社会全体の問題として問い続け、対話を重ね、自死遺族の苦悩への理解を深めること、その積み重ねの先に、若年層の自殺者数が減少する未来があると信じたい。本稿を含む、第一生命経済研究所のIlluminating Tomorrowシリーズが、その未来に向けて、わずかでも誰かの明日を照らす一助となることを願う。

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以 上

監修:国立大学法人島根大学医学部精神医学講座 教授 稲垣 正俊


【参考文献】

主濱 瑠純


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

主濱 瑠純

しゅはま るい

総合調査部 主席研究員
専⾨分野: メンタルヘルス、精神医学、CBT(認知行動療法)、MT(音楽療法)、児童心理学、Special Education(特別支援教育)、ストレス(ストレスバイオマーカー)、自殺(自死)予防、well-being、ライフデザイン、未病、再生医療、細胞治療、遺伝子治療、バイオプロセス、ライフサイエンス全般、イノベーション

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