DXを推進するノーコード/ローコード開発

~誰でもアプリケーション開発者になれる時代の到来~

客員研究員 平川善教

要旨
  • 革新的なビジネスモデルで市場の競争環境を一変させるゲームチェンジャーの登場や、コロナの影響、地政学的リスクなど、不確実性が高まる現状において、企業においては競争力を高めるためにDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進することが課題として認識されている。
  • このような状況下において、プログラミングを行わず、もしくは必要最小限のプログラミングによってアプリケーションを開発できる「ノーコード/ローコード開発」が、DX推進の一助になるとして、近年注目度が高まっている。
  • 今後、ノーコード/ローコード開発はアプリケーション開発手法の主流の一つになると考えられる。ノーコード/ローコード開発のメリットやデメリットを理解し、そのメリットを最大限享受できる体制を整え、導入していくことが重要になるだろう。
目次

1.ノーコード/ローコード開発とは

近年、ノーコード/ローコード開発という言葉が注目を集めている。ノーコード/ローコード開発とは、いわゆるプログラミングを行わず、もしくは必要最小限のプログラミングによってアプリケーションを開発できる仕組みである。これまでのアプリケーション開発は、専門スキルを持ったエンジニアがプログラミング言語を用いてソースコード(プログラム)を記述することが当たり前であった。しかし、ノーコードはツールに用意されているパーツやテンプレート(予め用意されているデザインやレイアウト)を直感的なドラッグ&ドロップ操作で組み合わせたり、メニューリストをクリックしてパーツの見た目や大きさなどを変更することでアプリケーションを開発できる。ローコードの場合、本質的にはノーコードと同じだが、最小限のプログラミングをすることによって、より拡張性の高い機能を備えたアプリケーションを開発できる。ノーコード/ローコードツールで開発したアプリケーションはツールに用意されているプレビュー機能(事前確認)を使うことでどのような見た目や挙動になっているかを即座に確認できるため、パーツの位置や色などを細かく調整しながら開発を進めることができる。完成したアプリケーションは、少ない手順で素早くユーザーに公開することができるのも特徴の一つだ。このように、ノーコード/ローコード開発は簡単に開発を進められるため、初めてツールに触った人でも数日あれば簡単なアプリケーションを公開することができる。

資料 1 ノーコードツールの開発イメージ
資料 1 ノーコードツールの開発イメージ

2.ノーコード/ローコード開発の市場規模

ノーコード/ローコード開発市場は急速な盛り上がりを見せている。日本の独立系ITコンサルティング・調査会社である株式会社アイ・ティ・アールが2022年2月に発表した調査結果によると、国内のノーコード/ローコード開発市場の2020年度の売上金額は前年度比24.3%増の515億8,000万円に達し、2025年度の市場規模は1,539億円に成長すると予測している。これは年平均成長率を24.4%と見込んだ予測である。

資料 2 ローコード/ノーコード開発市場規模推移および予測
資料 2 ローコード/ノーコード開発市場規模推移および予測

飛躍的に市場を拡大しているノーコード/ローコード開発だが、実は近年新しく登場した開発手法というわけではない。筆者は約20年前の学生時代に初めてホームページを作成したが、その頃はホームページの構造やデザインを規定する言語であるHTML(注1)やCSS(注2)の書き方すら知らない全くの初心者であった。そこでホームページ作成ソフトを使用してプログラミングすることなくホームページを作成したという経験がある。当時はGUI(注3)で作成したホームページのイメージからHTMLやCSSを生成するに過ぎなかったが、こうしたホームページ作成ソフトもノーコードツールの一種であり、昔から存在していた。しかし、当時は今ほどノーコード/ローコード開発について騒がれていなかったし、周囲でも活用している人はそれほど多くなかったと記憶している。では、ここにきてなぜノーコード/ローコード開発が注目を集めているのだろうか。

3.ノーコード/ローコード開発が注目される背景

ノーコード/ローコード開発が注目される背景には、足元で企業にDXの推進が求められていることがあげられる。DXとは経済産業省が2018年に発行した「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」に登場して注目を集めた言葉であり、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義されている。近年、デジタル技術は急速な勢いで進歩を遂げており、新たなデジタル技術を活用したこれまでにないビジネスモデルを展開するゲームチェンジャー(注4)が続々と登場している。こうしたゲームチェンジャーの登場は、特定の市場における競争環境を一変し、既存の企業が短期間でシェアを奪われて窮地に立たされるケースも多くなっている。また新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響や、大規模な自然災害、地政学的リスクなど、不確実性の高まりによって今後の見通しが立てづらい状況が続いている。このような環境に対応するためには、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出によって競争上の優位性を確立したり、肥大化や複雑化した既存システムを刷新することによって予測不可能な事態に素早く対応できる企業へ変化するといったDXの推進が必須になっている。

しかしながら、日本企業の多くはDX対応が進展していないというのが現状である。2020年12月に経済産業省が発行した「DXレポート2(中間取りまとめ)」において、国内223社が自社のDX推進状況を自己診断した結果、2020年10月時点で全体の9割以上の企業がDXに未着手か一部部門での実施に留まっているという結果が明らかになった。DX対応が進展しない主な理由はいくつかあるが、その一つには「人材不足」があげられる。企業がDXを推進するためには、クラウドやAIといった高度なデジタル技術を利活用し、社内外に散在する膨大なデータを収集、管理、分析して洞察を得て、そこから新たなビジネスモデルを確立したり、既存ITシステムの改善や、新規アプリケーションの構築に繋げるスキルを持つ人材が必要になる。しかしながら、日本には具体的なDX推進戦略を打ち出す企業が少なく、上記のようなスキルを持つ人材を育成・確保することの重要性が浸透していない。自社で育成するといってもアプリケーションを開発するために必要なプログラミングスキルなどの習得には多くの時間を要するうえ、容易ではない。また、経営者からすると人材育成への投資に対する成果は可視化しづらく、経営戦略上後回しにしてしまう可能性もある。もちろん外部人材の獲得競争に勝つことができればそうした人材も確保できるが、内部の人材に比べると既存の業務やITシステムに対する理解が浅くなることは避けられない。

では日本企業はDXを全く推進できず悲観的になるしかないのかというとそうではない。ノーコード/ローコード開発を活用することによってもたらされるメリットは、企業のDX推進に有効であると期待されているからである。

4.ノーコード/ローコード開発のメリット

企業がDXを推進するにあたり、ノーコード/ローコード開発を活用するメリットは多岐にわたる。

1つ目は、アプリケーション開発のスピード向上である。先ほど述べたようにいつ登場するか分からないゲームチェンジャーや、不確実性が高まる昨今の状況では、市場の変化に素早く対応できるITの俊敏性や弾力性が求められる。ノーコード/ローコード開発はパーツを組み合わせて開発することから、プログラミングを学習したことがない人材でも、素早く容易にアプリケーションを開発することができるため、この要求に応えることができる。筆者が所属しているシステム会社では、IT部門のエンジニアがWebサイトの開発に従来のプログラミング手法を用いた場合と、ローコードツールを用いた場合の開発時間を測定し、どの程度生産性が向上するか比較・検証したことがある。結果として、ローコードツールを用いた開発は従来のプログラミング手法で開発した場合と比較して、最大約60%開発時間を削減することができた。これは一例でしかないが、ノーコード/ローコード開発は従来の開発手法と比べ開発スピードが向上することは間違いなく、常に変化する社会要求やユーザーからの意見に対して迅速に応えることができる。

2つ目は 、シチズンデベロッパー(Citizen Developer)によるアプリケーション開発の内製化が可能になる点である。シチズンデベロッパーとは、ノーコード/ローコード開発などを用いてアプリケーション開発を行うIT部門以外のユーザーを指す。日本企業は米国企業などと異なり、自社に抱えているITエンジニアの数が少ないため、アプリケーション開発を行う際は外部委託を行うことが一般的だ。ただし、それには大きな開発コストが発生するうえ、もし外部委託先の企業とうまく意思疎通できなければ求めていたものと異なるものができてしまう。そのうえ、IT人材が不足すると予想されている日本では今後外部委託先でもIT人材が確保できず、発注すらできないという可能性も否定できない。しかし、もしシチズンデベロッパーによる開発の内製化が実現できれば、用途目的に最大限合致したアプリケーションが開発できるだけでなく、企業内のIT人材不足解消、外部委託先に支払っていたコストの削減、契約締結などに要していた期間の短縮などといった、様々なメリットをもたらす。

このような点から、ノーコード/ローコード開発の活用を進めることは、DX推進に貢献できる。

5.ノーコード/ローコード開発のデメリット

ノーコード/ローコード開発を活用するためには注意すべき点も存在する。

まずノーコード/ローコード開発にはベンダーロックインという問題が必ず発生する。ベンダーロックインとはシステムを構築する際に特定ベンダーが提供する製品やサービスに依存した構成になっており、他ベンダーが提供する類似の製品、サービスに切り替えができない状態を指す。ノーコード/ローコード開発はベンダー各社が提供するツール間に互換性がないため、特定の製品やサービスで開発を行ったものはその製品、サービスでしか開発を継続できない。そのため、万が一ベンダーが製品やサービスの提供を終了するとなった場合は大きなリスクとなる。そのリスクをなるべく回避するため、ノーコード/ローコードツールを導入する際は、ベンダーの財務状況や、導入実績なども考慮すべきだろう。そのうえで、製品、サービスの提供が終了してしまったときにどのような対応を取るか事前に検討しておく必要があるだろう。

次にノーコード/ローコード開発は開発可能なアプリケーションが制限されることが多いという点である。ノーコード/ローコード開発はツール内に用意されているパーツを組み合わせて開発するため、デザインや機能面の自由度が低くなる。ローコード開発は一部プログラミングが出来るものの、提供されているツールの仕様の範囲内となるため、従来のプログラミングを行う開発手法と比べると、どうしても自由度が下がる。そのため、同じサービスを使用して作成されたアプリケーションは差別化が図りづらいというデメリットが発生する。またパーツの組み合わせによる開発は個別システムに対する最適化に限界があり、結果として処理効率が落ちる場合があるため、基幹業務システムのように大規模で複雑な機能が要求されるアプリケーション開発には適用しづらい。既存の大規模システムをノーコード/ローコードツールで作り変えることも向いていないだろう。ノーコード/ローコード開発は、新規システム開発や特定の部門だけで利用するもの、MVP(Minimum Viable Product)と呼ばれる必要最小限の機能に絞ったアプリケーションの開発が特に向いている。また開発手法は従来のウォーターフォール型開発(注5)よりも、早いサイクルで開発とリリースを繰り返すアジャイル型開発との親和性が高いといえるだろう。

6.ノーコード/ローコード開発の導入プロセス

ノーコード/ローコード開発のメリットとデメリットを理解しても、ただ導入するだけで結果が出せるというものでもない。ノーコード/ローコード開発を活用し、結果を出すにはそれなりの準備がいる。

まずノーコード/ローコード開発の導入には企業の組織体制が重要になる。誰でもアプリケーションを開発できるようになるとはいえ、初めのうちはツールにも慣れておらず、社内にノウハウも蓄積されていない。そのため社内にノウハウが蓄積されるまでの間は、IT部門のエンジニアとシチズンデベロッパーが並走して開発する体制を整えることを推奨する。シチズンデベロッパーは初めのうちは小規模なアプリケーションに表示されている文言の変更やレイアウトの修正といった見た目だけで開発できる簡単な開発に留め、慣れてきたら条件分岐や繰り返し処理のようなプログラミング的思考が求められる入力チェック処理、外部システムとの連携といった複雑な仕様の理解が求められる業務ロジック開発、データの構造や特性を把握して開発する必要があるデータベース開発というように、難易度の高い開発に段階を踏んで挑戦するとよいだろう。開発を繰り返すことで社内にノウハウが蓄積されると同時にシチズンデベロッパーのITリテラシーが高まり、将来的にはIT部門のエンジニアのサポートがなくとも自立して活用できる状況になるであろう。

資料 3 シチズンデベロッパーによる開発難易度
資料 3 シチズンデベロッパーによる開発難易度

その一方で、シチズンデベロッパーが自由にアプリケーションを開発できるようになってしまう分、企業内の部門各々が開発したアプリケーションが社内に乱立してしまう恐れがある。こうしたアプリケーションは仕様書や設計書などの文書が残されておらず、開発者以外がメンテナンスできなかったり、収集したデータを企業内で戦略的に活用できなかったり、最悪の場合は情報漏洩に繋がる危険をはらむ。このような社内で統制が取れていない野良システムのことをシャドーITと呼ぶが、そういったシステムを排除するためにも企業内にガバナンスを効かせる仕組みを設ける必要がある。具体的にはシステムの管理・運用に長けたIT部門に参画してもらい、開発者の登録・研修や、アプリケーションを一元管理する仕組み、社内共通の開発基準・品質管理基準を設けるなどといったガバナンスが欠かせないだろう。

7.終わりに

ノーコード/ローコード開発は魔法の杖ではない。ノーコードツールを使用すれば魔法のように全ての要求を満たすアプリケーションが開発できるわけではないし、複雑なアプリケーションはノーコード/ローコードツールを使っていてもそれを開発できる人とできない人が出てくる。しかしながら、ノーコード/ローコードツールを上手く活用すれば、企業のDX推進のみならず、IT人材不足の解消や、個人のITリテラシー向上など様々な恩恵を受けることができる。

今後、ノーコード/ローコード開発はアプリケーション開発手法の主流の一つとなるだろう。最新のツールでは話し言葉からプログラミング言語に変換する機能を持ったものや、ノーコードでDeepLearning(注6)を実現するといったものも登場し始めている。将来的にはシチズンデベロッパーがノーコードでブロックチェーンや量子コンピューターといったより高度な先端技術を活用できる時代がくるかもしれない。ノーコード/ローコード開発の今後の動向が注目される。

以 上

【注釈】
1)Hyper Text Markup Languageの略。HTMLはWebページを作成するためのマークアップ言語(文章を構造化するための言語)。見出し、テキスト、表といったWebページの構造を記述するために使用される。
2)Cascading Style Sheetsの略。CSSは、色、レイアウト、フォントなど、Webページの表示を記述するための言語。
3)Graphical User Interfaceの略。GUIはユーザーがアイコン、メニューなどを使用して、コンピューターやスマートフォンなどのデバイスを操作するためのインターフェイスを指す。
4)従来と全く異なる視点や技術の組み合わせによって、従来の市場の状況を一変させる価値や可能性をもつ企業や、製品・サービス。
5)システムやソフトウェア開発に用いられる開発手法の一つ。開発プロセスを複数工程に分割し、上流工程から下流工程へと順番に開発を進める。進捗管理が容易であることや、品質を担保しやすいが、システム完成やリリースまでに時間がかかる傾向にある。
6)人間が自然に行うタスクをコンピューターに学習させる機械学習の手法の一つ。コンピューターに大量のデータを与えると、データの背景にあるルールやパターンといった特徴を自ら学習することが特徴。

【参考文献】

  • ITR「ITR Market View:ローコード/ノーコード開発市場2022」:市場規模実績(2019~2020年度)および予測(2021~2025年度)
    https://www.itr.co.jp/report/marketview/M22000400.html
  • 経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」(2018)
    https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_03.pdf
  • 経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」(2020)
    https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-2.pdf
  • 情報処理推進機構「DX白書2021」(2021)
    https://www.ipa.go.jp/files/000093706.pdf
  • 安藤 昭太、宮崎 翼、NoCode Ninja「ノーコードシフト プログラミングを使わない開発へ」(2021)

客員研究員 平川善教


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。