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世界自由度ランキングが語る民主主義の凋落と権威主義の台頭

~データで見る国際秩序(3)~

石附 賢実

要旨

最新の状況をアップデートしたレポート、世界自由度ランキングが語る民主主義の凋落と 権威主義の台頭(2022年版update)~ウクライナ情勢で国際秩序が揺らぐ今こそ普遍的価値観が求められる~もあわせてご覧下さい。


  • 米中対立は、二国間の貿易戦争という通商政策上の対立から、自由・民主主義・法に基づく支配といった普遍的な価値観を巡る対立へと激化している。バイデン政権は、G7諸国をはじめとした価値観を共有する先進国とともに、中国包囲網を築くべく外交を展開している。

  • 米Freedom Houseは1972年から毎年、各国の自由度を3つの区分(①Free(自由)、②Partly Free(一部自由)、③Not Free(自由ではない))に分類・評価している。1991年のソビエト連邦崩壊以降、国の数自体が増加し、Freeの国の数も増加傾向にあったが、2005年の89か国を頂点に2020年は82か国まで減少している。逆にNot Freeは同期間に45か国から54か国に増加している。

  • Freedom Houseの自由度3区分にGDPを掛け合わせると、その結果はより示唆に富むものとなる。1990年にはNot Freeは調査対象164か国中50か国も存在していたものの、GDPで見れば世界の僅か6.2%とその影響力を無視できるレベルであった。Not Free国は2020年時点では54か国と国の数としてはさほど増えていないものの、世界のGDPに占める割合は25.6%とその影響力は無視し得ない規模にまで拡大している。

  • 2020年においてFree国の世界GDPに占める割合は63.7%となっており、民主主義国家の勢力は経済力で見れば当面、世界の主流派であり続けるであろう。今後も、OECD(経済協力開発機構)やG7など自由・民主主義・法に基づく支配といった価値観を共有する有志国での連携は、民主主義勢力の維持に向けて有用であると思われる。日本は米欧とともにこうしたマルチ(多国間)の枠組みにおけるルール作りに積極的に関与しつつ、アジアに位置するという地理的特性を活かしてASEANや中国との橋渡しの役割を果たすことで、国際政治の舞台で存在感を発揮していくべきであろう。
目次

1. 民主主義陣営vs権威主義陣営?

トランプ政権時代に端を発した米中貿易戦争は、報復関税の応酬に続き、米中双方の輸出管理規制に発展するなど先鋭化した。バイデン政権誕生後、米国は中国を「唯一の競争相手」と定義し、ウイグルの人権問題や香港・台湾を巡る情勢への懸念表明、力による現状変更の試みへの断固とした反対など、単なる通商政策上の対立から、自由・民主主義・法に基づく支配など「普遍的な価値観を巡る対立」へと激化している。

2021年6月に開催されたG7首脳会合では、米国主導の下、台湾海峡の平和と安定、自由・平等・人権保護などの重要性が強調された。米国は、直近では7月にオースティン国防長官がシンガポール・ベトナム・フィリピンを訪問したほか、8月4日にはブリンケン国務長官がASEAN閣僚会合にオンライン参加しASEANのインド太平洋構想(AOIP)支持を表明、また8月後半にハリス副大統領がシンガポールとベトナムを訪問することが発表されるなど、中国を取り巻くASEAN重視の姿勢も鮮明にしている。バイデン政権は、G7諸国をはじめとした価値観を共有する先進国とともに、中国包囲網を築くべく外交を展開していると言えよう。

民主主義vs権威主義などと煽るのは簡単であるが、実際には民主主義陣営と権威主義陣営を綺麗に分けるのは難しい。そもそも権威主義(authoritarianism)、専制主義(absolutism)、国家資本主義(state capitalism)など民主主義の対抗軸とされる言葉はいくつも存在する。本稿ではこうした個別の言葉の定義には立ち入らず、米国のFreedom Houseの長年に亘る各国の「自由度」の調査報告をもとに、民主主義国家と権威主義国家の趨勢を見ていくこととする。

2. Freedom Houseの”Freedom in the World”調査

Freedom Houseは、1941年に米国で設立された無党派・独立組織で、政府が国民に対して説明責任を果たしている民主主義国家でこそ自由は繁栄するとの信念の下、民主主義を守るために活動するとしている(同HPより一部抜粋・和訳)。Freedom Houseは1972年から毎年、各国の自由度を3つの区分(①Free(F、自由)、②Partly Free(PF、一部自由)、③Not Free(NF、自由ではない))で評価する“Freedom in the World”(世界における自由)を公表している。メソドロジー(評価の方法論)は初回から修正を重ねているものの、3つの区分自体に変化はなく、自由、あるいは世界における民主主義の趨勢を概観するのに適した調査と言えよう。

直近の2020年調査(2021年版)では、Political Rights score(政治的権利スコア、40点満点)とCivil Liberties score (自由権スコア、60点満点)のマトリクスで3区分を決定している(注1)。資料1はG7、G20、ASEANのスコアと3区分のステータスである。2020年調査のすべての国・地域のスコアは以下のHPを参照されたい(2021年8月11日時点、https://freedomhouse.org/countries/freedom-world/scores)。

図表
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色分けを見ると、G7は自由・民主主義といった価値観を共有する有志国連合、G7を含むG20はまだら模様、ASEANは総じて自由度は低い状況にあると言える。特にロシアやASEANの多くの国は、自由度の尺度で見た場合にはG7よりも中国との距離感が圧倒的に近いことが分かる。米国のスコアは83とG7の中で最も低く、2010年の94から大きく下落しているのも興味深い。移民や亡命の取り扱いの後退・政府の透明性の欠如などが主要因として挙げられている。

次に自由度3区分の国数の推移を見る。“Freedom in the World”は1972年から公表されているが、ここではソビエト連邦(ソ連)崩壊(1991年)前の1990年から5年毎の推移を概観する。

図表
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1991年のソ連崩壊以降、多くの国が独立したことなどから全体の国の数が増加し、Freeの国の数も増加傾向にあった。例えばソ連は晩年、ゴルバチョフ書記長による改革(ペレストロイカ)が進みNot FreeからPartly Freeとなったが、崩壊後は独立したバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)などはFreeとしてカウントされるようになった。その後Freeは2005年の89か国を頂点に、2020年は82か国まで減少している。逆にNot Freeは同期間に45か国から54か国に増加している。主要国で近年Not Freeに変更となったのはエルドアン大統領が強権を強めているとされるトルコ(2017年にPFからNFに変更)、クーデターのあったタイ(2006年にFからPFに、2015年にPFからNFに変更)などである。3区分の国数で見れば、2005年から2020年にかけて自由や民主主義が後退している局面にあると言えるであろう。

3. “Freedom in the World”にGDPを掛け合わせると

“Freedom in the World”における3区分の国数の推移に、各国のGDPを掛け合わせることで、経済力で測った推移を見てみると、その結果はより示唆に富むものとなる。

図表
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国数で見ると1990年のNot Free国は164か国中50か国と実に30.4%を占めていたものの、GDPで見れば世界の僅か6.2%とその経済的な影響力は無視できるレベルであった。将来の民主化への期待も後押しし、当時はまだ経済力で警戒されることもなかった中国のWTO加盟が2001年に認められたが、中国はWTO体制の恩恵を受けつつもその後民主化することなく、むしろ権威主義的な体制を強めながら世界第2位の経済大国まで上り詰めたのは衆知の通りである。その結果、Not Free国は2020年時点で54か国と国の数としてはさほど増えていないものの、世界のGDPに占める割合は25.6%と無視し得ない規模にまで拡大している。中国がもし民主化していれば全く違う見え方になっていたことは言うまでもない。この拡大傾向は中国の成長とともに当面続くものと思われ、2020年時点の3区分に2025年のGDP予測を掛け合わせると、Not Free国はGDP構成比27.4%となり、国数構成比27.7%(54/195か国)にほぼ追いつく。つまり、Not Free勢力は、国の数相応の経済的な影響力を持つまでになると言える。

4. 経済力で見れば民主主義国家は引き続き主流派

これまで見てきた通り、国の数、それ以上に経済規模で見れば権威主義国家の台頭は明らかである。自由という尺度で見た場合に中国との距離感が近い国も多いなかで、いかにして自由・民主主義といった普遍的な価値観への共感を広げていくか、あるいはFreedom House調査の区分で言えばPartly Free国がNot Free国に転ずることを防ぐ、あるいはFree国に転じさせる上で、重要な局面にあると言えよう。

一方で、2020年においてFree国の世界GDPに占める割合は63.7%となっており、民主主義国家の勢力は経済力で見れば当面、世界の主流派であり続けるであろう。今後も、OECD(経済協力開発機構)やG7など自由・民主主義・法に基づく支配といった価値観を共有する有志国での連携は、民主主義勢力の維持に向けて有用であると思われる。日本は米欧とともにこうしたマルチ(多国間)の枠組みにおけるルール作りに積極的に関与しつつ、アジアに位置するという地理的特性を活かしてASEANや中国との橋渡しの役割を果たすことで、国際政治の舞台で存在感を発揮していくべきであろう。

以 上

【注釈】
1) "Freedom in the World 2021"(調査対象:2020年)補足


  • マトリクス

図表
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  • 計算方法
    125名以上のアナリストと40名近いアドバイザー等によりPolitical Rights scoreについては10指標、Civil Liberties scoreについては15指標、それぞれ4点満点で評価。

  • 日本のスコア(96点)
    Political Rights score(政治的権利)は10指標すべて満点の40点、Civil Liberties score(自由権)も15指標60点満点中56点と高得点。政治的権利の設問は「政府のトップは自由で公正な選挙で選ばれているか」「国会議員は自由で公正な選挙で選ばれているか」「選挙に関する法律は公正に施行されているか」「政党組成の自由」「野党が選挙を通じて権力を獲得することが可能か」「国民は政党を自由に選択できるか」「宗教やジェンダー等にかかわらず政治権・選挙の機会が担保されているか」など。自由権の設問で満点を逃したのは「自由で独立したメディア」「法・政策や慣習は様々なセグメントの国民の平等を保障しているか」「社会的自由、例えば結婚の自由、ドメスティック・バイオレンスからの保護等」「経済的搾取からの自由」(いずれも4点満点中3点)の4問。

(出所)Freedom House(2021) “Freedom in the World 2021”より第一生命経済研究所作成


【参考文献】

  • Freedom House(2021) “Freedom in the World 2021”
  • IMF(2021) “World Economic Outlook”
  • 北岡伸一・細谷雄一編(2020)「新しい地政学」

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。