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時評『約束を守るという「力」』

石附 賢実

ロシアによるウクライナ侵略が始まってから3年余りが経過した。国際社会はこの「力による現状変更の試み」を止められていない。中国は9月に抗日戦争勝利80周年の軍事パレードを実施し、露朝の元首を連ねてその力を誇示した。そして、米国の大統領も中露の元首と接近する姿勢を見せ、国内では治安維持名目で州兵の派遣を命じるなど内外で「力の支配」に傾倒しつつあるようにみえる。日本は、この新しい国際秩序の潮流を受け止め、抑止力強化の歩みを止めてはならない。

その上で、筆者は敢えて「法の支配」を追求する尊さを強調したい。これまで国と国を結びつけてきたのは、経済力や軍事力だけではない。その背後には積み重ねられた無数の約束と、それを守るという信義、そして相互の信頼が存在した。国際社会、あるいは二国間関係は、条約や協定といった公式な取り決めはもちろん、長年の慣行によって築かれた信頼の上に成り立ってきた。「約束を守る」、少なくとも「守ろうという姿勢を見せる」という一見当たり前の行動こそが、見えざる世界秩序の礎だった。


そして、「法の支配」の一端を支えていたのは、逆説的ではあるが米国の他を圧倒する軍事力、「力」である。米国が世界の警察官ともいわれた所以である。その役割は放棄したと公言して久しいなかで、最近では「法の支配」の根源である、約束を守るという原則すら放棄したかのような行動を繰り返している。ルールに基づく自由貿易体制の否定。様々な国際的枠組みの軽視。同盟国に対する通商協定や防衛費に関する要求水準の変更。「約束は破っても構わない」――しかも悪びれることもなく、堂々と。こうした風潮が、「法の支配」を尊重してきた先進国の中枢から広がりつつある現状は極めて危険である。そして、この風潮には「強い者は」という枕詞が潜んでいる。こうした「力の支配」に基づく行動は、防衛から経済活動に至るまで深刻な不確実性をもたらしている。結果として、権威主義的な勢力が影響力を拡大する土壌を作ることとなる。

国家間の約束は、一見すると私たち個々人の生活から遠い世界の話に聞こえるかもしれない。しかし、家庭や職場での小さな約束を守ることが信頼を生み、破れば関係がこじれるのと同じで、国家間でも信頼は積み上げられもするが、失われもする。約束を守ることは、子供とも共有する普遍的な価値観だ。もしリーダーが約束を軽んじれば、その姿勢は相手に伝わり不信は連鎖していく。信頼の土台を失った国際秩序は外圧や衝突に弱く、些細なきっかけで崩壊してしまうかもしれない。


折しも日本では新政権の船出となる。内外の転換点に立つ今こそ、日本の進むべき針路について問い直したい。「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」の下、先に述べた通り、抑止力強化といった「力の支配」への対処は継続しなければならない。これは、外部環境への適応であり、約束やルールを守るという「法の支配」重視の姿勢を発信していくことと相反するものではない。むしろ両者を同時に追求する「両利き」の姿勢こそが、日本が激動の国際環境を乗り切るための現実的かつ戦略的な選択肢となる。

第二次世界大戦後の日本は、「法の支配」を尊重する姿勢を一貫して示し続けてきた。国際社会で積み上げたその実績は東南アジア諸国をはじめ多くの国々から信頼を得て、日本外交の貴重な資産となっている。信頼は一朝一夕には築けず、壊れると回復は難しい。この資産を手放せば、長期的な国益は確実に損なわれるだろう。

私たち一人ひとりが日常で約束を守ることは、家庭、職場、社会や国のあり方を支える基本姿勢であり、その姿勢を政治や外交にも求めていくことが不可欠である。「力の支配」の価値観が広がりをみせ、国際秩序が揺らぐ時代だからこそ、「約束を守り続ける強さ」が真価を発揮する。日常で実践し、それを政治に求め、外交で発信していく。あらゆるレイヤーで、その一貫した姿勢を世界に示すことこそ、剥き出しの「力」の誇示とは一線を画す、日本が国際社会で輝く「力」となる。

石附 賢実


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