時評『米国の変容と新秩序への対応』

寺本 秀雄

トランプ2.0誕生から半年弱、数々の極端な政策と戦後秩序の破壊が進んでいる。個々の政策は、米国自体の実体経済悪化や金融資本市場の反撃、中間選挙等により、都度修正もあり得ようが、現に関税対応を迫られている企業のダメージに加え、先行きの「予測不可能性」は、企業経営に大きな負の影響を与えており、政府による全力対応が期待される。

一方で、トランプ政権の政策背景には彼の個性とは別に米国の基本戦略の変更があることは見逃せない。第二次世界大戦後、覇権国米国は、対ソ連を目的にした国際秩序の構築と自国市場開放による西側復興支援を展開したが、1990年以降のソ連崩壊後も唯一の覇権国として秩序維持コストを負担しながらグローバル自由貿易戦略を続けた。しかし、これは、米国製造業の弱体化(金融とデジタルへシフト)と著しい格差の拡大、そして中国の経済大国化と覇権挑戦という結果をもたらした。急迫する中国を抑え込むことを至上命題とした場合、相手に有利な完全自由貿易の推進や世界規模の軍事力展開は合理的ではなく、戦略物資の貿易管理や軍事力の選択的展開、相手の友好・支援国の分断等の新たな秩序構築が優先課題に変化している。

米国には、2つの大洋で他の大陸から孤立し軍事的脅威に晒されにくい地理的要件や、貿易依存度の世界有数の低さ、近年のエネルギ-自給化等もあり、孤立主義や関税活用などの伝統的政策に回帰しやすい環境がある。トランプ2.0は有期だが、今後誰が大統領でも米国の戦略が戦後80年間のものから一変することは避けられまい。

但し、こうした戦略転換は、世界の経済活動低下や国際競争を通じた米国産業の新陳代謝を阻害するとともに、ソフトパワー低下(ハーバード大攻撃等)により対抗国への加勢ともなり、米国にとり長期的にマイナスの可能性を秘める。一方で、今後も強力なイノベーションが連続し技術的優位性が確保され、諸政策の効果や敵失で対中競争を振り切れる場合には、米国の覇権維持も可能となる。相対低下したとは言え、現時点で、米国は依然圧倒的な経済・軍事力を有し、基軸通貨ドルを代替する流動性供給手段も不在である。仮に米国の新戦略が奏功しない場合も、米国に替わる世界秩序の確立には、相当長い時間が必要だ。基軸通貨の座が英ポンドから米ドルに移行するには、凋落の起点にもよるが、2つの大戦を経て30年強を要したとの分析が多い(しかも当時の米国は既に英国を各面で凌駕する力を備えていた)。

いずれにせよ米国の戦略変更は戻ることはなく、新たなルールや環境を前提とした国策や経済活動を展開するしかない。安定した新秩序が固まるまでは、米国は自在に政策変更を行おう。対応にはコストはかかるがヘッジも必要である。中・ロ等とのサプライチェーン修正に加え、米国自身との一定のデリスキング、米国以外との自由貿易圏の再構築等に加え、米国の軍事力をカバーする最新鋭の抑止力(旧来型重兵器よりAI等新技術活用)の装備も避けられまい。日本には、従来の軽武装・自由貿易の効率性と比べ、はるかにコストはかさむが、自国の戦略的立ち位置も存分に活用した複線的で柔軟な戦略が要求される。

日本経済は、長く続いたデフレ状況を脱し、金利と賃金の市場メカニズムがプラスに働く局面に入りつつある。米国の戦略転換がもたらす短期的混乱を軽減し、新たな秩序に一早く適応して有利なポジションを獲得したいものだ。前提変更の覚悟、安定した政権、新たな付加価値創造に挑戦する企業スピリットが何よりも望まれる。

寺本 秀雄


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。