Well-being LDの視点『求められる「食」のダイバーシティ対応』

水野 映子

目次

「食」の多様性への対応という視点

「衣食住」という言葉の通り、「食」はいうまでもなく人間が生きる上で不可欠な要素の一つだ。また、単に健康を維持して生き長らえるためだけでなく、食事を楽しむことや食事を共にする人とつながることなどを通じて「幸せ」「well-being」を感じるためにも「食」は重要である。

高齢の人や障害・病気をもつ人、外国人などの多様な人々への対応、すなわちダイバーシティやユニバーサルデザインという視点で「食」を考える際には、「食」のための場や道具-たとえば、飲食店の物理的なアクセスや接客サービスの良さ、食品容器の開けやすさや表示のわかりやすさ、調理器具や食器の使いやすさなど-が焦点になることが多い。だがそれとともに、「食」そのものに関しても、多様な人々に対応する必要がある。本稿では、それを考えるうえで、どのような視点が求められるかについて述べる。

アレルギー等の疾患・機能低下への対応

まずは、食物アレルギーなどの疾患への対応について考える。食物アレルギーとは、「食物を摂取した際、身体が食物に含まれるたんぱく質等(アレルゲン)を異物として認識し、自分の体を過剰に防御することで不利益な症状を起こすこと」(注1)である。

食物アレルギー患者の健康危害の発生を防止するため、容器包装された加工食品について、アレルゲンを表示する制度がある。現在、表示が義務付けられている品目と推奨されている品目は、資料1の通りである。

図表1
図表1

アレルギー以外の疾患では、生活習慣病などにより食事制限が必要な人もいる。高血圧の人の塩分制限、糖尿病の人の糖質制限がその例である。

飲食店においては、前述の加工食品の食物アレルギー表示制度のように、メニューにアレルゲンを表示する義務はない。だが、メニューにアレルゲンの有無や塩分・糖質・脂質などの量を表示したり、それらの入っていない食事を提供したりする動きも出てきている。

一方、加齢や病気により飲み込む機能や噛む機能(嚥下機能・咀嚼機能)が低下した人においては、食品の形状や柔らかさへの配慮のニーズもある。一部の飲食店や宿泊施設では、要望に応じて柔らかい食事やゼリー状・ペースト状の食事、食べやすい大きさにした食事を提供するなどのサービスもおこなわれている。また、コーヒーやお茶などのカップ飲料にとろみを付けられる自動販売機を設置している商業施設もある。

宗教等を理由とする食事制限への対応も

以上は、疾患のある人や身体機能が低下した人の食への対応という視点だが、宗教などの信条によって食に制限がある人への対応という視点もある。特に、新型コロナウイルス感染症拡大前は、インバウンド需要の増大を背景に、日本を訪れる外国人の食の多様性への対応が注目されていた。

たとえば観光庁は、「多様な食文化・食習慣を有する外国人客への対応マニュアル」を2008年に発行するなど、以前からこの点に取り組んでいた。特に近年は、マレーシア・インドネシアをはじめとするムスリム(イスラム教を信仰する人々)が多い地域からの旅行者の増加を受け、豚肉やアルコールなどの摂取が禁じられているムスリムの食への対応に焦点を当てている。コロナ禍前の2018年に同庁が策定した「訪日ムスリム旅行者対応のためのアクション・プラン」では、ムスリム旅行者の食事環境の整備の促進も、主要施策の一つとしてあげられている。

また、ベジタリアンやヴィーガン(以下、ベジタリアン等)への対応も課題となっている。ベジタリアン等がもつ背景・目的は、宗教の信条のほか、動物愛護、環境保護、健康維持・増進など多様である。制限の範囲も、資料2に示すように、肉・魚介類の一部だけの場合もあれば、ヴィーガンのように蜂蜜・ゼラチンなど動物由来成分の食品や毛皮などの衣料まで含む場合もある。

観光庁は、2018年の時点で、日本を訪れる外国人の約4.6~6.1%がベジタリアン等であると推計している。また、同庁がベジタリアン等に対して実施したアンケート調査では、半数近い45%の人が、海外旅行で飲食店等を選ぶ際に、ベジタリアン等に対応した店でなければ入店しないと答えた(注2)。ベジタリアン等に対応したメニューがある飲食店を望む人々が少なからずいることがわかる。

図表2
図表2

「食」のwell-being向上のために

訪日外客数(日本を訪れる外国人の数)は、昨年からの入国制限の緩和などに伴って急増し、2023年に入ってからはピーク時の半数程度にまで回復した(資料3)。また、2022年の在留外国人数(日本に住む外国人数)は感染拡大前の水準を上回り、過去最高を記録した。訪日・在留外国人がさらに増えれば、ムスリムやベジタリアン等をはじめ、多様な「食」へのニーズはより高まるはずだ。また、高齢化の進行により、日本人の中でも、健康上の理由などから食事制限の必要な人が、今以上に増えると予想される。それらの人々に対応した食事を提供したり、食品・メニューの原材料や成分を表示したりすることは、今後より重要になるだろう。

日本人か外国人か、住民か旅行者か、食事制限があるかどうかなどにかかわらず、誰もが安心して「食」を楽しめる環境をつくっていくことが、well-being向上のためにも求められる。

図表3
図表3

【注釈】

  1. 出所は資料1と同じ

  2. 観光庁の推計・アンケート調査結果のいずれも、出所は資料2と同じ

水野 映子


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