時評『「77」――ひとつの「黙示録」』

佐藤 慎一

「77」―― この数字を見て、何を連想しますか。

これは、いわゆる「エンジェルナンバー」で、幸運が訪れるという天使からのメッセージが込められているそうです。

ところで、唐突ですが、この数字を歴史の文脈に置いてみましょう。手始めに、以下の数列をご覧下さい。

2022 1945 1868

判じ物めいて恐縮ですが、何か気づきますか。そうです、この数列は各数字の「差」が「77」なのです(2022-1945=77。1945-1868=77)。それだけのことですが、この数列、どこかで見たような。「西暦」と気づけば、日本史オタクならずとも合点がいくでしょう。

「1868」は明治維新の年、「1945」は太平洋戦争に敗北し「戦後」が始まった年、そして、「2022」はまさに今年。その間隔が「77年」。もちろん、これは単なる偶然ですが、とはいえ、この「77年周期」、何か意味深な感じがするような。

 1868年は、黒船来航を直接的な引き金として江戸幕藩体制が傾き、一気に明治維新へと時が動き、「西欧」をお手本に「新しい国づくり」が始まった年です。1945年は、日中戦争、太平洋戦争へ突き進んだ日本が、結局、無条件降伏という形で敗北を喫し、その後、GHQによる占領統治を経つつ「米国」をお手本に「新しい国づくり」が始まった年です。その意味で、「1868」も「1945」も、日本史上の「エポック」です。日本を取り巻く外部環境の劇的変革が引き金となって、「日本のパラダイム=国のカタチ」つまり、政治・経済・社会の構造や価値観の在り様そのものが根本的に創り変えられ始めた年であり、まさに「パラダイムシフト」を象徴する数字です。

この連想を逞しくすれば、「2022年」が「エポックメイキング」な年となってもおかしくはありません。そう考えてみると、色々と気づくことがあります。一つは、コロナ禍です。コロナ禍に晒されて3年目の現在、国境を物ともしないウイルスに対するグローバリゼーションの脆弱性が明らかになりました。周りを見回すと、リモートワークやオンライン会議がごく普通のものとなり、マスクは常態化し、「家飲み」の機会が増え、郊外に住み替える人々も現れてきました。「DX」のお陰もあって「接触」から「非接触」へ、「過度の集中」から「適度な分散」へと社会が転換する予兆かもしれません。コロナ禍という「外圧」により今まで予想もしなかったことが起こり、社会の価値観や在り様が転換し始めているのかもしれません。

もうひとつは、ロシアによるウクライナ侵攻です。素人感覚ながら、この現代にかくも前時代的な「戦争」が起こっていること自体が信じられませんが、ここで重要なことは今回の「戦争」が内包している意味合いです。「1945年」以降、営々として築かれてきた国際的な政治経済秩序に対して一種の「挑戦状」が突き付けられているのではないか。現在の「世界秩序」は、日米基軸の安全保障環境や自由貿易体制という形で、戦後日本が最も享受し、経済的繁栄の基盤としてきたものです。もしも、この「戦争」が「世界秩序」の「変更」を強いるものなら、「2022年」は、日本にとって「外部環境の大変革」という大津波に襲われた年ということになります。77年間にわたって「当たり前であった心地よいこと」が「当たり前でなくなる」可能性があるのです。エネルギーにせよ、食糧にせよ、半導体、ワクチンなどの基幹物資にせよ、金さえあればいつでも調達できるといった国際環境でなくなるかもしれないのです。

もとより、「77年周期説」は牽強付会の誹りを免れません。ただ、それが単なる「数字合わせ」であったとしても、世界規模での「パラダイムシフト」の予兆を感じる今こそ、これまでとは異なって「お手本」がない中で惰眠から目覚め、「次の77年」に向け、国の総力を挙げて「新しい国づくり」に踏みださなければならない、この数字は、まさにそれを気づかせるための一種の「黙示録」ではないか。

幸い、「77」には、「幸運が訪れる」というメッセージが込められています。「77」――これが我々にとって真のエンジェルナンバーとなることを願うばかりです。

佐藤 慎一

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