時評『2021年を「Well-being変革元年」に!』

丹下 博史

幸福や健康などを意味する「Well-being」という概念に対する注目が、個人や企業、政治、社会など様々な段階で急速に高まっている。

今年9月には日本経済新聞社の主催で「日経Well-beingシンポジウム」が開催され、第一生命グループも含め、多くの企業や政府・自治体関係者、NPO、有識者等が参加し、人々・従業員の幸福度の向上やWell-being実現に向けた課題や取組みについて、真剣な議論が行われた。

筆者はQOL(Quality of Life、生活の質)という観点から、職場におけるエンゲージメントやWell-beingに興味を持つようになり、現在は当研究所におけるQOLや幸福に関する研究の推進や研究所の従業員のエンゲージメント向上にも取り組んでいる。その立場から、この10年余りの幸福学研究の急速な進展について見聞きしているが、曖昧で人によって様々な形がある「幸せ」について、これほど多様な関係者が集まるシンポジウムが開催されることは、数年前には想像できなかった。

また、時は遡るが2021年6月に公表された「経済財政運営と改革の基本方針2021(骨太の方針)」では、政府の各種の基本計画等に、Well-beingに関するKPIを定めることが示された。これはEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)の取組みの一環として位置づけられ、政策評価においては、経済効果だけではなく、国民の幸福度に与える影響を考慮し、政策立案・推進していくとの考えが示されたものである。

Well-beingを政策推進に取り入れる動きは、70年代のブータンにおけるGNH(Gross National Happiness)に始まり、最近ではニュージーランドの「幸福予算」や英国における国民の幸福度測定の取組み等、各国で徐々に広まりつつある。WHOによる国際比較で幸福度が低いとされる日本だが、先進国の中でも早い段階でWell-beingに着目し、政策への取り入れが始まったと言えるだろう。

今月号の経済研レポート「ライフデザインの視点」で宮木主席研究員が指摘するように、このような産官学の具体的な動きが加速している背景には、幸福学の進展により、「幸せ」を感じるとヒトの生産性や創造性に大きなプラスの効果があることが様々な研究で立証されてきた事実がある。ここで大事なことは、基本的な豊かさは大事だが、「金銭的・物質的な豊かさだけが幸福をもたらす」わけではないということである。

豊かさはあくまで結果であり、国民や従業員を心身ともに良い状態=幸福な状態にすることが、チャレンジや創造力につながり、ひいては持続的な国の豊かさや企業価値を高めることにつながるのである。今、Well-beingに熱い注目が集まり、様々な取組みが始まっているのは、そのことに気づいた国や企業が、いち早く動き出しているからだと言える。

かく言う第一生命経済研究所でも2年前より、従業員の創造性や挑戦を促進するという観点から、株式会社ハピネスプラネットが開発したHRテックアプリを使って、従業員の心理的資本や関係性改善などに取組んできた。最近ではコロナ禍における在宅勤務の中で、孤立しがちな従業員のコミュニケーション活性化を図るため、ピアボーナス制度を導入し、感謝を送りあうことで芽生える共同体意識や自己効力感の醸成に努めてきた。

こうした幸せ、Well-beingに関する研究結果やエンゲージメント向上の取組みについて、当研究所では様々な媒体を通じて発信を続けている。今回11冊目の出版となる当研究所のライフデザイン白書『「幸せ」視点のライフデザイン』においても、全国2万人の生活者アンケートデータなどをもとにWell-beingの重要性を考察している。

冒頭に述べたシンポジウムは、Well-beingを社会が目指すべきゴールにするための国際的な取組みとして実施された。「Well-beingが始まったのは2021年からだったよね」。後で振り返ると、そんな風に言えるよう、Well-beingを社会の目的とすべく当研究所としてもその変革に尽力したい。

丹下 博史


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