国連社会開発世界サミットでBeyond GDPの議論が進展

~ハイレベル専門家グループが中間報告を公表~

村上 隆晃

要旨
  • 2024年9月に開催された国連未来サミットでは「未来のための協定」が採択され、その中でBeyond GDP指標の策定がコミットされた。この指標はSDGsの目標達成を促進し、従来のGDPを補完する、人々のウェルビーイングや地球環境の持続可能性などを考慮した包括的な指標である。
  • このBeyond GDP指標を策定するハイレベル専門家グループ(HLEG)が2025年5月に設置され、同11月に開催された国連社会開発世界サミットで中間報告が公表された。さらに2026年1月に国連統計委員会で開催された公開対話では、さらに進展した検討内容が明かされた。今回のレポートでは、中間報告、公開対話の内容から、現時点のBeyond GDP指標に関する検討状況について報告する。
  • Beyond GDP指標については、包括的で公平、持続可能な7分野最大20項目で構成されるダッシュボード指標と、GDPのようにメディアや一般市民に広く浸透する強力なメッセージを持つヘッドライン指標の2つの指標が必要と提案されている。これは各国がBeyond GDP指標を政策立案等に活用してもらうため、それぞれの優先課題に合わせて指標を調整できる必要がある一方、各国間で比較可能な共通指標も必要であるためとされる。
  • 今後についていうと、2026年3月の「公式統計に関するハイレベル・フォーラム」において、Beyond GDP指標の実装や国家統計局の役割についての議論がなされ、同9月には最終提言が公表される予定である。その後は、国連においてBeyond GDP指標に関する政府間交渉と各国での実装が開始される見込みである。
  • ポストSDGsの具体像はいまだ定かではないが、Beyond GDP指標はその方向性に対して少なからず影響するものと考えられる。ウェルビーイングを包摂するBeyond GDP指標の枠組みは、持続可能な未来社会を構想するための重要な羅針盤となるものである。日本としても、この潮流を的確に捉え、国民一人ひとりが経済的・社会的な豊かさを実感できる社会の実現に向けて、ウェルビーイングの向上と地球環境の保全を両立させる政策を、より一層積極的に推進していくことが求められている。
目次

1. 国連の社会開発世界サミットでBeyond GDP指標の中間報告を公表

2024年9月に開催された国連未来サミット[村上1.1]では「未来のための協定」という合意文書が採択され、その中で「Beyond GDP」指標の策定がコミットされた。この指標はSDGsの目標達成を促進し、従来のGDPを補完する、人々のウェルビーイングや地球環境の持続可能性などを考慮した包括的な指標である。「未来のための協定」では、Beyond GDP指標を策定するハイレベル専門家グループ(HLEG)を設置し、国連で報告することも決議されていた。

今回のレポートでは、2025年11月に公表されたHLEGの中間報告と1月に実施された公開対話の内容に焦点を当てながら、Beyond GDP指標策定の現状を報告する。

「未来のための協定」の決議事項に従い、HLEGは2025年5月に設置された。共同議長2人はアメリカの大学教授であるが、ヨーロッパやアジア、アフリカのメンバーも加わっており、多様性の確保が図られている。専門家のうち、最も有名な研究者としては、2001年にノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授が挙げられる。

その後、11月4日から6日にかけてカタールのドーハで開催された、第2回社会開発世界サミット(Second World Summit for Social Development、以下「サミット」(注1))において、HLEGの中間報告が公表された。国連事務次長や政府高官からは、これまで「進歩」を図る代表的な指標として、「GDPの成長」を位置付けてきたことの見直しの必要性が強調され、多次元的指標が福祉、公平性、持続可能性における進歩達成にどのように寄与し得るかが説明された。

HLEGの共同議長であるノラ・ラスティグ教授とカウシク・バス教授は、グループの中間報告を提出し、目標はGDPを置き換えることではなく、進歩をより包括的に捉える公認かつ信頼された指標で補完することであると強調した。

自由討論では、若者の参画、選定指標のトレードオフと複雑性、人権の役割、技術進歩とデジタル化、そして現在および将来のウェルビーイング概念の変化に沿った新たな領域の探求の必要性が議論された。

サミットの総会では、ドーハ政治宣言が採択され、貧困撲滅・雇用とディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)・社会的包摂を柱に、人権尊重と多国間協調の下でSDGs達成を加速し、格差是正や包摂的社会の実現に向けた包括的行動を各国に再コミットさせることが確認された。

ドーハ政治宣言では、Beyond GDP指標の策定についてあらためてコミットするとともに、ハイレベル専門家グループの最終的な報告が完了した後、国連主導の政府間プロセスが開始されることを再確認している。

2. ハイレベル専門家グループ中間報告と公開対話に見るBeyond GDP指標

サミットで公開されたHLEGの中間報告は、「私たちの任務」「新たな羅針盤の緊急性」など7つの章から成り立っている(資料1)。さらに2026年1月には国連統計委員会において、HLEGのラスティグ共同議長を始めとしたメンバーが中間報告以降のBeyond GDP指標の検討状況について公開対話を実施している。本章では、中間報告および公開対話時の資料からポイントになる部分をみていく。

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(1)HLEGの目標

HLEGの目標は、GDPへの過度の依存の是正とGDPの限界に対処することであり、それが国連における世界各国のコンセンサスとされる。任務の遂行に当たっては、SDGs指標や各国のウェルビーイング・フレームワークなど過去の取組みに学び、発展させていく方向である。ただ、今回の取組みは、特定の国や地域に限定されず、GDPを補完する方法における世界的な規範を確立することを目指すという点で、重大な変化とされている。HLEGのアプローチは、より良いウェルビーイングとその推進要因(健康や社会資本、環境の質など)が、国民的な幸福の向上に資するだけではなく、包括的な方法で経済的繁栄にも結び付く点を強調している。結果として人々に共有された経済的繁栄は、社会的な結束と一人一人のウェルビーイング向上に寄与するとされる。

(2)Beyond GDP指標の必要性

中間報告は、GDP統計の父とされるサイモン・クズネッツが「国民の幸福は、国民所得の測定値から推し量ることはほとんどできない」としていたことを挙げており、GDPはそもそもの始まりから、ウェルビーイングの指標として限界があったと指摘する。

同報告では、過去20年間でGDPをウェルビーイングの指標として用いることの限界に対処する必要性が高まってきたと指摘されている。世界はGDPでは捉えきれない相互に関連する危機に直面しているとされ、それには度重なる金融危機やCOVID-19パンデミック、気候変動・生物多様性の喪失・汚染という三重の地球規模の危機、深刻な不平等、さらには短期的にも長期的にも労働市場を揺り動かす急速な技術変化などが含まれると報告されている(資料2)。

先進国を含む各国で国民の不安が高まっているとみられ、その結果、社会運動や若者の抗議活動の活発化、ポピュリズムの台頭、政府や公共機関への信頼低下につながっているとの指摘がある。GDPのような統計を通じて政府が把握する現状と、国民の生活実感との間にギャップが拡大しているとされ、効果的な政策立案が一層困難になっていると論じられている。また、軍事的な衝突の増加や民主主義の後退などの地政学的変化も、不確実感を増幅させていると見られている。

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(3)Beyond GDP指標枠組みの革新性

中間報告で提示されているBeyond GDP指標の枠組みは、社会の進歩をより包括的に捉えるため、GDPに代表される経済中心の視点から脱却し、人間と地球のウェルビーイングを中核に据えた枠組みが構想されている(資料3)。この枠組みは、既存の多くの取り組みを土台としながらも、以下に挙げるようないくつかの点で従来の考え方から大きく進化している。

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こうした概念的枠組みは、相互関連性と持続可能性の重視という特徴のため、複雑な測定アプローチを必要とする。次節からは、この枠組みを政策担当者のための実用的なデータに変換するにはどうすればよいかという視点から、検討されている具体的な指標の内容について説明していく。

(4)Beyond GDP指標の概要

HLEGがBeyond GDP指標で目指すのは、GDPを置き換えることではなく、GDPを補完し、それを超える新たな進歩の尺度(Beyond GDP指標)を策定することとされる。その際、Beyond GDP指標の概念は、以下の5つの原則を含むと指摘する。

 ① 現在の物質的(経済的)なウェルビーイングをより正確に測定すること
 ② 所得だけではなく、多面的なウェルビーイングのあらゆる側面を捉えること
 ③ 不平等や格差に対処するため平均値の把握だけにとどまらないこと
 ④ 将来世代のため経済的・環境的・社会的・制度的な持続可能性の視点を持つこと
 ⑤ 一国の範囲を超えて国家間のウェルビーイングの相互関連性を考慮すること

HLEGがBeyond GDP指標の改善を行う方向性は二つある(資料4)。一つは、GDPが最適ではない分野における過度な依存への対応(新しい羅針盤)、もう一つはGDP自体が有する限界への対応(古い羅針盤の再調整)である。

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前者がHLEGの主たる取組みであり、Beyond GDP指標枠組みの具体化を通じて、GDPと同等の重要性を持つべき包括的で公平かつ持続可能な指標で構成されたダッシュボードを提案する。後者については、不平等や持続可能性などを考慮したGDPの調整に関する提案(ウェルビーイング調整GDP、「WAG」)を行う、とのことである。ダッシュボードは詳細な診断ツールとして機能することが期待される一方、WAGはGDPのようにメディアや一般市民に広く浸透する強力なメッセージを持つ単一の「ヘッドライン指標」の機能を持つことが期待されている。

Beyond GDP指標の枠組みについて、HLEGではウェルビーイング、公平性と包摂性、持続可能性の3本柱を提案している(資料5)。この3本柱は国連の基本理念である人権理念に基づいているとされる。具体的には、人々が生きる上で基本的なニーズの充足は、暴力的な紛争の下ではなく平和に生きる権利と同様、ウェルビーイングの根底にある。人々が所属するコミュニティにおいて平等に尊重され、参加する権利は公平性と包摂性にとって重要な要素である。あらゆる側面における持続可能性は将来世代の権利の尊重につながっている。

中間報告において、ウェルビーイングは包括的な概念とされ、物質的な豊かさを含むが、個人が健康的な環境での生活、権利の行使、自由の享受、人生に目的や希望、主体性を持てる状態といった幅広い領域をカバーするものとされる。この概念を測定するには、客観的な指標とともに主観的な指標も必要とされている。これは人々の行動の結果として表れる客観的な指標に対して、生活に対する志向や感情、心理的な評価といった主観的指標が大きな影響を持つことがエビデンスとして蓄積されているからである。

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公平性と包摂性については、所得や富、健康、教育、環境の質、政治力といったウェルビーイングの様々な側面における格差への対応を指すとされる。これには性別や民族・人種に関する国家内あるいは国家間の不平等が含まれる。ライフサイクルの視点から、子ども、労働年齢人口、高齢者のニーズの充足度も対象となる。

持続可能性については、長期的にみて個人や社会が将来どれほどウェルビーイングや公平性、包摂性を享受できるかを指すとされる。これには広義の持続可能性として、経済資本、人的資本、社会関係資本、自然資本といったストックの持続可能性が含まれる。国際協力や地球規模の公共財についても考慮の対象となる。

現在、3つの柱をBeyond GDP指標枠組みに統合する作業が続いており、3本柱の相互連関性や個人・社会・国家・地球とどのように繋がっているかが検討されている。

(5)ダッシュボード指標の内容

Beyond GDP指標の統合的・普遍的枠組みの中核領域として、ノーベル賞受賞者であるアマルティア・センのケイパビリティ・アプローチ(注2)に基づいて、ウェルビーイングに関する分野をどう設定するかについて合意形成が進められている(資料6)。現状提案されているのは、物質的ウェルビーイング、健康、教育、環境の質、主観的ウェルビーイング、社会関係資本、ガバナンスの7分野で構成されるダッシュボード形式の枠組みである。

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また、各分野で成果指標として検討されている項目の例を資料7で示している(最大で20項目までと提案されている)。

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これらの指標の設計に当たっては、以下のような5つの原則に基づいているとされる(資料8)。

 ① 各指標は進歩やウェルビーイングが何を意味するか明確で一貫した概念的基盤に根差し、強固な分析的枠組みの上に構築する。各国の状況や文化的価値観、優先事項を反映するため、文脈への配慮と普遍性のバランスを図る。
 ② 指標への信頼性を確保するため、科学的に堅牢で統計的に妥当であり、信頼できるデータと透明性のある方法論に基づく。
 ③ 比較可能性や国際的な議論との関連性を確保するため、SDGsなどの国際的な枠組みとの一貫性を保つ。
 ④ 指標は政策との関連性や意思決定に役立つものであり、ウェルビーイングや公平性・包括性、持続可能性の向上に向けた政策決定を導くものとして設計される。
 ⑤ また、目標の進捗を公的に理解可能な形で監視し、社会的な議論に役立つよう簡潔であることも求められる。

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その他、例えば医療費のGDP比のような「インプット」ではなく、平均寿命のような「アウトプット」に焦点を当てることや、横断的な不平等を考慮するために性別などの次元で細分化すること、貧困に関する社会調査を活用した「剥奪」(注3)指標の採用を検討することが含まれる。

(6)ヘッドライン指標としてのウェルビーイング調整GDP

中間報告では、GDPへの過度の依存に対応するためのダッシュボード作成に加え、GDP自体についても社会におけるウェルビーイングの重要な側面をより適切に捉えるため、調整GDPの策定が提案されている。これは現行のGDPが有する主な限界に対処することが目的とされており、各国が政策決定に際して、こうした調整GDPを策定・活用するよう促すことを意図したものだと説明されている。

これらの指標は、GDPを修正し、①価値ある製品・サービス、②不平等、③持続可能性を捉えることを軸に構成されているという(資料9)。

第一に、「価値あるGDP(v-GDP)」の概念を取り入れることである。これは、例えば錠前や有刺鉄線、武器といった、それ自体に内在的な価値を持たないが、犯罪率や不平等が高い状況下では、人々が真に価値を置く物品を消費することを可能にするとされている。第二の「平等なGDP(e-GDP)」は、平均GDPを不平等の度合いに応じて下方修正する指標であり、同じ平均GDPであっても、その分配状況によって異なる福祉水準がもたらされ得ることを反映したものとされている。第三に、国内の現在および将来の世代に負または正の外部性を及ぼす財・サービスについて、持続可能性にとって中立となる財・サービスの標準市場価格(例えば、持続可能性にとって悪影響がある(負の外部性がある)場合は価格を下方修正する)を用いて価格を設定し、「持続可能なGDP(s-GDP)」を算出する仕組みが示されている。

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公開対話では、議論をさらに進め、GDPを強力に補完する単一のメッセージを持つ指標として、WAG(Well-being adjusted GDP:ウェルビーイング調整GDP)の構想が浮上している。この指標は、従来の一人当たりGDPに、これまで見過ごされてきた「不平等」や「所得以外の幸福の側面」を体系的に組み込むことで、社会の進歩をより現実に即した形で評価しようとする試みである。

ラスティグ共同議長が提示したアイデアに基づくと、WAGの基本的な計算方法は、以下のステップで構成される。

 ① 出発点: 一人当たりGDPを計算の出発点とする。ただし、より生活実感に近い「等価可処分所得」(注4)に変換する。
 ② 不平等による調整: 所得格差の大きさを反映させるため、ジニ係数などの不平等指標を用いて数値を下方修正する。
 ③ 非所得領域による調整: 健康(平均余命など)や教育といった、所得以外の領域における「不足分」を考慮して、さらに数値を調整する。

この調整プロセスにより、単なる経済規模ではなく、その質、すなわち公平性と多面的な豊かさを反映した指標が生まれるということである。

②のステップについて、最もシンプルかつ強力な調整の方法は、一人当たりGDPをジニ係数(注5)などの不平等指標で割り引くことである。これにより、ジニ係数が中央値の国のスコアは元の水準に保たれる一方、不平等が小さい国はスコアが上昇し、大きい国は下降するという、結果が得られる。

この調整は、政策決定に大きな影響を与える可能性を秘めている。例えば、一人当たりGDPではA国がB国を上回っていても、所得格差の大きいA国は調整によって評価が下がり、格差の小さいB国がA国を上回るという逆転現象が起こり得る。このようなランキングの変化は、国家の進歩の定義そのものを再構築し、各国政府に対し、経済成長だけでなく不平等是正にも取り組む強力なインセンティブを生み出すことが期待される。

③のステップについては、健康、教育、環境の質、安全といった「非所得領域における不足」や、貧困を多面的に捉える「剥奪」指標を組み込むことで、より包括的な指標を目指すものである。これにより、経済的に豊かでも平均余命が短い国や教育水準が低い国は、そのウェルビーイングの評価が下方修正されることになる。これは、経済成長が必ずしも人々の生活の質の向上に直結しないという現実を、指標を通じて明確に示すものである。

(7) Beyond GDP指標の実装に向けたアプローチ

GDPの限界が広く認識されているにもかかわらず、Beyond GDP指標は単一指標としての分かりやすさや行政制度への組み込み、政治的インセンティブなどが不足しており、主流政策への定着に苦戦してきたとされる。

中間報告では、その克服にあたって、分析の精緻さと伝達の簡潔さを両立させ、ウェルビーイングへの転換の必要性を説得力あるストーリーとして示すことが重要であると指摘されている。各国の先行事例は、ウェルビーイング指標を予算編成や立法などに制度化することで持続的進展が生まれることを示している。

具体的には、以下のような取組みが必要とされる(資料10)。

第一に、指標を行動に変換するための実用的なツールが不可欠であると指摘されている。英国財務省の「評価と査定に関するグリーンブック」、スコットランドの「国家パフォーマンス枠組み」、カナダの「生活の質フレームワーク」、スウェーデンの「環境品質目標」、エクアドルの「国家開発計画」からは、省庁横断的な調整、モニタリング、ならびに明確な説明責任の重要性が示唆されているとされる。

第二にGDPが成功を収めた背景には、数十年にわたり、各種改訂を含む統計能力の開発に対して一貫した投資と技術協力が行われてきたことがあるとされている。同様の投資が、統計の優先順位を新たなBeyond GDP指標へと転換し、革新的な手法、AI、非伝統的データ源といった新たなツールを提供するために必要であると考えられている。

第三に、Beyond GDP指標の推進派と懐疑派双方の対話も不可欠であるとされている。GDPの簡便性、即時性、制度的権威を理由に、これまでGDPを優先してきた主要な支持層が存在するが、彼らこそがGDPを超えた新たな羅針盤を採用する上で根本的な役割を担うと考えられている。また、ウェルビーイングに関するフレームワークや指標(SDGsを含む)の開発に既に多くの労力を投入してきた研究者、国際機関、各国統計局からは、新たな取り組みの付加価値が認められず、反発が生じる可能性があるとも指摘されている。こうしたインセンティブ構造を認識することが、説得力のある対抗論を構築し、単なる代替ではなく整合性と補完性を示すための第一歩になると考えられている。

第四に、各国間で比較可能性を確保し、既存の枠組みと比較した付加価値を示すために共通の指標が必要である一方で、各国がそれぞれの優先課題に合わせて指標を調整できる必要もあると考えられている。この観点から、現在、世界的に適用可能な共通基準を一方に設けつつ、他方で各国が特定の国内事情に応じた補完的測定指標を柔軟に設定できる二重アプローチが検討されているという。

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3. 今後の展望

ここまで見てきたように2025年5月のHLEG発足から約半年の作業を経て、同11月に今回紹介した中間報告が発表された(資料11)。

今後についていうと、2026年3月の「公式統計に関するハイレベル・フォーラム」において、Beyond GDP指標の実装や国家統計局の役割についての議論がなされる予定である。

そして「未来のための協定」で全ての国連加盟国が合意した通り、2026年9月に最終提言が公表されるスケジュールとなっている。その後は、国連においてBeyond GDP指標に関する政府間交渉と各国での実装が開始される見込みである。

持続可能な開発目標(SDGs)に続く次なる国際目標、いわゆるポストSDGsの具体像は、現時点ではなお定かではない。しかしながら、GDPを超える新たな価値尺度を提示するBeyond GDP指標は、その方向性に対して少なからぬ影響を及ぼすものと考えられる。

ポストSDGsのアジェンダ形成に向け、日本が国際社会に向けて発信していくにあたっては、2027年(「未来のための協定」でポストSDGsの議論を始めることが決議されている)を一つの目安として継続的かつ重層的な議論を積み重ねていくことが不可欠である。2030年にはSDGsの最終年を迎え、同時にポストSDGsに関する国際的な決議がなされることが見込まれる。加えて、日本においてG7が開催される予定であることを踏まえれば、ポストSDGsの策定に向けて日本がいかなる貢献を果たし得るのか、その姿勢と構想が国際的に問われる局面に立っているといえよう。

ウェルビーイングを包摂するBeyond GDP指標の枠組みは、単なる経済指標の補完にとどまらず、持続可能な未来社会を構想するための重要な羅針盤となるものである。日本としても、この潮流を的確に捉え、国民一人ひとりが経済的・社会的な豊かさを実感できる社会の実現に向けて、ウェルビーイングの向上と地球環境の保全を両立させる政策を、より一層積極的に推進していくことが求められている。

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以 上

【注釈】

  1. 今回のサミットに先立つ第1回の社会開発世界サミットは、1995年にコペンハーゲンで開催され、貧困撲滅、雇用促進、社会統合を主眼に、人間中心の開発を目指す「コペンハーゲン宣言」を採択するなど世界の社会政策における重要な節目となった。一方、今回のサミットは、パンデミックの影響や格差の拡大など過去数十年に直面した課題を踏まえ、社会開発への取り組みを再確認する重要な機会と位置付けられていた。こうした流れを受け、サミットの開催目的は、主として以下の3点とされた。
 ・グローバルな社会開発の再評価:近年深刻化している不平等、貧困、社会的排除の課題への対処
 ・持続可能な開発目標(SDGs)への再コミットメント: SDGsに焦点を当て、社会的進歩の追求において誰も取り残されないことを確保
 ・協力関係の促進:様々なステークホルダー間の対話の場を創出し、世界的な社会政策と実践の向上を促進
  1. ケイパビリティ・アプローチとは、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センが提唱した概念である。人が良い人生を生きるために人間の持つ能力や可能性に着目し、経済面だけではなく、社会的や文化的な側面も含めて、人々のウェルビーイングの度合いを評価する方法を指す。

  2. 「剥奪」指標とは、客観的な所得指標に対して、個人や世帯単位の社会調査をもとに人々の生活水準を測る指標を指す。アンケートで生活に必要な商品やサービスに関する欠如を調査し、それを基に貧困の度合いを推計することで、より実態に近い測定ができると考えられている。

  3. 等価可処分所得とは、家庭の人数や構成を考慮して調整した可処分所得を指す。

  4. ジニ係数とは、データの分布の不均等さを表す統計量の一つであるが、社会における所得の不平等さを測る指標として使われることが多い。0から1で表され、国民の所得が均一で格差が全くない状態を0、1人が全ての所得を独占している状態を1とする。一般には0.4が警戒ラインとされ、これを超えると社会騒乱が発生する可能性が高まるとされる。

【参考文献】

村上 隆晃


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

村上 隆晃

むらかみ たかあき

政策調査部 フェロー
専⾨分野: well-being、生命保険マーケティング

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