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内外経済ウォッチ『欧州~メルケル後のドイツを展望する~』(2021年10月号)

田中 理

目次

危機の宰相メルケル

欧州の盟主・ドイツを長年率いてきたメルケル首相は、9月26日の連邦議会選挙後に連邦首相並びに政界を引退する。2005年の首相就任以来、16年に及んだ在任期間は、東西ドイツ統一を成し遂げたコール首相と並び歴代最長となる。リーマンショック後の世界的な金融危機、欧州債務危機、ウクライナ危機、難民危機、欧州各地で相次いだテロ事件、ポピュリストの台頭、英国の欧州連合(EU)からの離脱、新型コロナウイルスの感染拡大など、国内外で噴出する難局に対処し、抜群の安定感と卓越した危機管理能力を発揮してきた。

今でこそ欧州経済を牽引するドイツだが、メルケル氏が初めて首相に就任した頃は、東西ドイツ統一後の後遺症に苦しみ、「欧州の病人」と呼ばれていた。競争力を失った旧東ドイツ地域では生産や輸出が激減し、大量の失業者が生まれた。シュレーダー前政権時代に取り組んだ労働市場改革の成果もあり、メルケル氏の首相就任後、ドイツ経済は奇跡の復活を遂げる。首相就任時に10%を超えていた失業率は、コロナ危機で上昇した今も歴史的な低水準にある。高齢化に備えて厳しい財政再建に取り組み、2014年には財政収支の黒字化に成功した。東西統一後に赤字に転落した経常収支は黒字に転換し、2020年に中国に抜かれるまでは世界最大の経常黒字国の座を維持した。

三者三様の後継首相候補

ポスト・メルケルを占う選挙戦の行方は混沌としている。メルケル氏の所属政党である保守系与党のキリスト教民主同盟(CDU)、連立入り後の党勢低迷からの巻き返しを図る中道左派の社会民主党(SPD)の二大政党が大接戦を繰り広げ、気候変動への関心の高まりを追い風に、二大政党の受け皿を目指す環境政党・緑の党が追っている。後継首相の座を射止めるのは、調整型リーダーでメルケル路線を踏襲するCDUのラシェット党首か、堅実な政策手腕に定評があるSPDのショルツ財務相か、新時代の到来を告げる緑の党の若き女性党首のベアボック氏か、読者がこの原稿を目にする頃にはその答えが出ているだろう。

議会の過半数を確保するには、上記3党のうち2党に別の小政党を加えた3党による連立が必要となりそうだ。連立協議の難航は避けられない。各党の支持が拮抗し、政策軸が異なる政党の寄り合い所帯となりそうな次期政権の舵取りは難しさを増す。コロナ危機の克服、野心的な気候変動目標の達成、企業競争力の維持、デジタル化対応の遅れ、EU改革や欧州統合の未来、盗聴問題や前大統領との間で悪化した米国との関係修復、人権軽視とビジネス重視の狭間で揺れ動く対中国関係、対ロシア外交とエネルギー安全保障などの課題は、次期首相の手に委ねられる。

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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