内外経済ウォッチ『アジア・新興国~マレーシアの政治情勢の混沌が招くもの~』(2021年8月号)

西濵 徹

世界経済を巡っては、欧米や中国など主要国で新型コロナウイルスの感染一服やワクチン接種を追い風に経済活動の正常化が進む一方、新興国や一部の先進国では感染力の強い変異株により感染が再拡大して行動制限が再強化されるなど、好悪双方の材料が混在する。アジア新興国ではワクチン接種の遅れも影響してASEANが感染再拡大の中心地となっている。こうしたなか、マレーシアはASEAN内でGDPに対する財輸出の比率が高い上、サービス輸出の比率も相対的に高く、好悪双方の材料が混在する。同国では今年1月に全土を対象とする非常事態宣言が発令され、活動制限令により幅広い経済活動の抑制を図ったが、長期化による『規制疲れ』や、断食月明けの大祭の時期に人の移動が活発化した結果、4月を底に新規感染者数は拡大傾向を強めた。

他のASEAN諸国に比べて人口対比の新規感染者数は突出したほか、医療現場のひっ迫感が高まったため、政府は6月に全土を対象に都市封鎖に動いたが、改善の見通しが立たないなかで数度に亘る延長を迫られた。他方、政府はワクチン接種の加速化を目指して調達を活発化させているが、接種率は依然として世界平均を大きく下回る推移が続いている。米国や日本によるワクチンの寄付など状況が好転する材料はあるが、周辺国でも感染再拡大の動きが続いていることを勘案すれば、事態収束は一朝一夕には進みにくいと判断出来る。

図表
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なお、政府は6月初めからの全土を対象とする都市封鎖の実施を前に、総額400億リンギ(GDP比2.8%)規模の追加景気対策を発表し、公的医療の拡充、低所得者層への補助金給付やローンの返済猶予、企業を対象とする賃金補助などの所得支援、企業への家賃補助や税の減免、補助金給付や低利融資といった策が実施された。しかし、都市封鎖の延長に追い込まれたため、政府は6月末に総額1,500億リンギ(GDP10.6%)規模の追加景気対策の実施を発表しており、財政状況の急速な悪化は必至である。さらに、具体策については過去の『焼き増し』に過ぎないなど『手詰まり』感も強まっている。

非常事態宣言の発令を巡っては、次期総選挙による『政治の季節』が近づくなかでムヒディン首相が『時間稼ぎ』を狙ったとの見方が根強くある。しかし、事態収束が進まないなかで元々発令に消極的であったアブドラ国王との間の『すきま風』が強まっている。こうしたなかで国王は早期の国会再開を命じるなど『政治の季節』が大きく近づく動きもみられ、議会で与野党の勢力が伯仲するなかで議会対策が困難になる可能性も高まっている。国際金融市場では『カネ余り』の手仕舞いも近づくなか、同国の外貨準備高はIMFが想定する国際金融市場の動揺に対する耐性の『適正水準』を下回るなど影響を受けやすく、政治情勢の混沌化はその影響を一段と増幅させる懸念がある。

図表
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西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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