インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシアで反政府デモ激化、民主化の行方に不透明感も

~背景に議員の厚遇問題と労働者を取り巻く環境悪化、民主化に不透明感が高まる動きも遠因か~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは昨年の大統領選を経てプラボウォ政権が発足した。政権は「ジョコ路線継承」とバラ撒き政策を掲げたほか、歳出拡大と論功人事による「肥満内閣」の批判を受け、発足直後には財政規律の緩みを警戒して金融市場では「インドネシア売り」とも呼べる動きがみられた。その後、政権は歳出削減を打ち出すも、公共投資を削る一方でバラマキ政策は温存されるなど、対応のちぐはぐさが目立つ動きをみせた。
  • 一方、足元の経済はインフレ沈静化を背景に内需主導による成長が続いており、ルピアも持ち直しの動きをみせるなかで中銀も利下げに動くなど、堅調さが期待される。また、EUとのCEPA締結に向けた動きのほか、米国との関税引き下げ合意も進むなど、外需を取り巻く環境も最悪期を過ぎつつあると捉えられる。
  • しかし、国内では高額な議員手当や歳出削減のしわ寄せを背景に反政府デモが拡大しており、当局の強硬対応も相俟って不満が高まっている。また、中国製品の流入による競争激化で製造業や雇用も悪化しており、反政府デモの追い風となっている。政府は来年度予算でバラ撒き政策を拡充する一方、重点分野を絞った投資拡充を図る考えをみせるが、雇用創出に繋がらなければ財政や国民生活が悪化する懸念は残る。
  • さらに、反政府デモでは「ONE PIECE」の海賊旗が権威主義への抵抗の象徴として使われており、ここ数年進む民主化後退への懸念も追い風になっている可能性がある。インドネシアはASEAN最大の人口を抱える成長期待国である一方、政治的混乱と社会不満が今後の不安要因となる可能性に要注意である。

インドネシアでは、昨年実施された大統領選を経てプラボウォ政権が発足した。プラボウォ氏は、事前の世論調査で終始トップを走ってきた。さらに、国民からの人気が高いジョコ前大統領の長男(ギブラン氏)を副大統領候補に据え、ジョコ路線の継承を訴える『抱き着き作戦』も奏功して勝利を収めた。一方、プラボウォ政権はジョコ路線の継続を謳うとともに、大連立による政権基盤の安定化を目指した結果、論功行賞人事を理由に閣僚数が大幅に増員され、国内外で『肥満内閣』と揶揄されている。また、ジョコ前政権と現政権が共同で策定した2025年度予算では、歳出規模を大幅に拡大させるとともに、プラボウォ氏が選挙公約に掲げた低所得者層を強く意識した様々なバラ撒き政策が盛り込まれた。ただし、その後の金融市場では、プラボウォ政権の元で財政規律が緩むとの見方が広がるとともに、通貨ルピアや主要株式指数、国債などに売り圧力が強まるなど『インドネシア売り』とも呼べる動きが広がった。こうした事態を受け、プラボウォ政権は年明け直後に歳出の約1割を削減する方針を示した。しかし、選挙公約に掲げたバラ撒き政策が重点化される一方、インフラ整備をはじめとする公共投資などが削減対象となる『ちぐはぐ』な対応をみせている。

このように、インドネシアの政治には不透明さが残るものの、経済については引き続き堅調に推移している(注1)。これは、近年のインドネシアが個人消費をはじめとする内需をけん引役に経済成長を実現するなか、商品高の一巡なども追い風にインフレが落ち着いた動きをみせているほか、こうした動きを追い風に中銀も利下げに舵を切っていることがある。さらに、上述したように昨年末にかけての金融市場では『インドネシア売り』とも呼べる動きがみられたものの、年明け以降はトランプ米政権の政策運営の不透明感が米ドル安を招くなか、ルピア相場は底打ちに転じている。こうした事情が中銀の利下げを後押ししており、今月20日の定例会合でも追加利下げを決定している(注2)。よって、先行きの景気の追い風となることが期待される。また、トランプ米政権による関税政策をきっかけに、同国政府はEU(欧州連合)との間で包括的経済連携協定(CEPA)の締結に向けた交渉を加速させた結果、7月に政治合意に至ったことが明らかになった。そして、米国との間でも、通商協議を経て、当初は32%とアジア新興国のなかで高水準とされた相互関税を19%に引き下げることで合意している(注3)。相互関税による外需への悪影響は残るものの、最悪の事態は回避されるとともに、内需をけん引役にした景気拡大が期待される状況が見込まれる。

図表
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こうしたなか、足元では政権を取り巻く状況を巡って喧しさが増している。インドネシアではデモが頻繁に起こるが、今月25日と28日にはプラボウォ政権下で初めて全国規模の反政府デモが発生した。さらに、当局は沈静化を目的に過剰な対応をみせて死者が出た上、事態を巡って情報統制を行うなど不穏な動きがみられる。学生や市民団体を中心に給与や手当など国会議員の厚遇に対する抗議が強まっているほか、労働者を中心に最低賃金の引き上げや派遣労働の廃止、解雇規制の強化、そして、税の軽減などを要求する動きがみられる。前者については、政府が昨年10月、議員宿舎が老朽化して居住不可能となったことを理由に、議員に月5,000万ルピアの住宅手当を支給する方針に変更したものの、これは首都ジャカルタ特別州の最低賃金(月540万ルピア)の10倍近くに当たり、厚遇ぶりが問題視された。首都ジャカルタは人口過密を理由とする慢性的な渋滞に見舞われるなど、マクロ的に巨額の機会損失を招いており、ジョコ前政権による新首都(ヌサンタラ)計画はそうした事情を勘案したものと捉えられる。ヌサンタラは昨年8月の独立記念式典に合わせて首都に移行する予定であったものの、現実には首都移転は行われておらず、予算削減も影響して計画も遅延する状況が続いている。さらに、その後も議員1人当たりの諸手当と給与の総額が月1~2億ルピアに上るとの現地報道が出たほか、政府の予算削減が教育関連や福祉関連、公共事業関連を対象としていたことも重なり、国民の不満が高まった。その結果、政府は住宅手当を今年10月で取り止める事態に追い込まれている。

また、このところの米中摩擦が激化する背後で、中国は米国以外向けの輸出を活発化させており、インドネシアにおいても大量の安価な中国製品の流入が急拡大している。安価な中国製品の大幅な流入は、足元の物価安定に寄与する一方、価格競争が激化するなかで製造業を中心とする地元企業の業績は急速に悪化しており、雇用環境の悪化を招いている。さらに、先行きは相互関税の影響で対米輸出に『足かせ』が嵌められる状況が続くなど外需を取り巻く環境も厳しさを増すことが予想されるなか、今後も雇用のさらなる悪化が懸念される。こうしたなか、政府が今月公表した2026年度予算案では、バラ撒き政策を一段と拡充させる一方、金融市場の懸念に対応して予算の『節約』を継続する方針を明示している。政府は食料安全保障、エネルギー安全保障、学校給食無償化、教育、保健、町村協同組合、防衛、投資・貿易の8項目を重点項目に据える方針をみせる。さらに、プラボウォ政権は今年2月に政府系ファンド(ダナンタラ)を設立しており、政府による直接的な支出を補完する形でインフラ建設などを支援する考えをみせる(注4)。しかし、一連の投資拡充の動きが雇用創出に繋がらなければ、財政状況は一段と悪化するとともに、国民生活を取り巻く環境も厳しさを増すことも考えられる。

図表
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なお、一連の反政府デモでは、日本の人気アニメ「ONE PIECE(ワンピース)」に登場する海賊旗が政権批判の象徴として掲げられている。インドネシアでは海賊旗が「権威主義的な体制に抗う象徴」とみなされており、政治を巡る不平等や腐敗と戦うシンボルとして抗議集会などで使用される場面が増えている。インドネシアの政界では、長年にわたって腐敗が問題視されてきたものの、ここ数年は『最強の捜査機関』と称されてきた汚職撲滅委員会(KPK)の事実上の弱体化(注5)、民主化に逆行する法改正が行われるなど(注6)、言論の自由が狭まる動きも顕在化している。プラボウォ政権が発足した際には、国内外からインドネシアの民主化の行方を懸念する向きがみられたものの(注7)、足元の状況はそうした懸念が少なからず当たっている可能性を示唆している。インドネシアはASEAN(東南アジア諸国連合)内で最も大きな人口を擁するとともに、中長期的にも人口増加が期待されるなど経済成長への期待は高い。しかし、その期待の背後では、国内の政治的混乱や不満の高まりが続いており、今後の行方を注視する必要がある。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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