インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシアが通商協議を加速、EUや米国と合意に至った模様

~輸出先の多様化が急務の一方、米国との合意はベトナム同様に不平等なものとなった可能性~

西濵 徹

要旨
  • トランプ米政権の関税政策を受けて、インドネシアは通商協議を活発化させている。近年は中国経済への依存度を強めていたが、中国の景気減速や米中摩擦、米国の関税政策により輸出先の多様化が急務になっている。こうしたなか、EUとの包括的経済連携協定(CEPA)が政治合意に至り、9月の最終合意へ詰めの協議を行うことが明らかにされた。さらに、トランプ米大統領は通商協議の合意を明らかにし、当初32%とされた相互関税が19%に引き下げられる一方、ベトナムとの合意同様に不平等な条件で合意した模様である。同国の輸出構造は一次産品比率が高く、外部環境の影響を受けやすい。輸出先の分散が急務となるなか、協議を加速化させたとみられる。他方、米国の協議を巡っては極めて不透明な状況が続いており、今後もトランプ氏の一挙一動に翻弄される展開が続く可能性は極めて高いと捉えられる。

トランプ米政権による関税政策をきっかけに、インドネシアが通商協議を活発化させている。ここ数年の同国経済を巡っては、米中摩擦の激化を受けた中国による重要資源の『囲い込み』などを追い風に中国向け輸出を大幅に拡大させるなど、中国経済への依存度が急速に高まってきた。しかし、このところは中国景気の鈍化を受けて中国向け輸出の勢いに陰りが出る一方、世界的なサプライチェーン見直しの動きも追い風に米国向け輸出は比較的堅調な動きをみせてきた。こうしたなか、トランプ米政権が今年4月に公表した相互関税では、同国に対する上乗せ分を合わせた税率を32%とASEAN(東南アジア諸国連合)域内でも相対的に高水準とした。もっとも、同国の対米輸出額は名目GDP比で2%弱に留まるため、相互関税賦課に伴う直接的なマクロ面での影響は限定的と捉えられる。その一方、今月初めにはベトナムが米国との通商協議で合意に至るとともに、当初46%とされた相互関税が20%と同国より低い水準に引き下げられることが明らかにされた(注1)。よって、ASEAN諸国と米国との通商協議を巡っては、ベトナムと米国による合意内容が『ベンチマーク』となる可能性が高まっていた。

図表1
図表1

上述したように足下の中国景気に陰りが出るとともに、米中摩擦の激化を受けて一段と下振れする懸念が高まるなか、同国政府はこれら以外の国や地域への輸出拡大を模索する動きを強めてきた。同国は2016年にEU(欧州連合)との間で包括的経済連携協定(CEPA)の締結に向けた交渉を開始したものの、現地調達義務に関する規制のほか、森林破壊との関連性が疑われる製品に対する環境規制などを巡って双方の認識の隔たりがあり、長らく交渉は停滞してきた。しかし、米国の関税政策が協議加速化の必要性に対する双方の認識を高めたこともあり、13日に政治合意に至ったことを明らかにされた。双方は今年9月の最終合意を予定するなど、米国の関税政策が協議を大きく後押ししたことは間違いないと捉えられる。なお、同国にとってEUは国・地域別の輸出先として中国、米国、日本、インドに次ぐ5番目に位置しており、中国と米国という上位2ヶ国向け輸出の先行きに不透明感が強まるなか、その代替先として注目されたとみられる。インドネシア政府に拠れば、協定発効後1~2年以内に同国からEU向け輸出の8割に対する関税が撤廃される見通しであり、主力の輸出財であるパーム油や銅鉱石、ゴム製品のほか、衣料品や水産物などの輸出拡大が期待される。同国の経済構造は、ASEAN内では外需依存度が相対的に低いものの、輸出財に占める鉱物資源をはじめとする一次産品の割合が高く、世界経済や金融市場の動向に左右されやすい特徴を有する。輸出先の多様化による供給安定が景気下支えの観点から急務であり、EUとの思惑の一致が合意を大きく後押ししたと捉えられる。

図表2
図表2

さらに、トランプ米大統領は15日に自身のSNSにおいて、同国との関税交渉で合意したことを発表した。米国は4月に相互関税を一旦発動させるも、直後に上乗せ分を90日間停止した上で、個別の国・地域と協議を進めてきた。5月に英国が個別国として初めて通商合意に至り、ベトナムがそれに続いた。一方、今月初めに90日間の停止期限に至り、米国は期限を8月1日に事実上延期した上で各国・地域に新たに税率を通知した。同国に新たに通知された税率は4月の当初段階と同じ32%とされたが、トランプ氏の発表に拠れば、米国は同国からのすべての輸入品に19%の関税を課すとしており、当初設定税率からは大幅に引き下げられ、ベトナムをもわずかに下回る水準となる。一方、第三国から同国を経由した輸入品にはより高い関税を課す(税率は未公表)など、ベトナムとの合意に含まれた中国からの迂回輸出を念頭にした策も盛り込まれた。さらに、トランプ氏は「米国は何も支払わない」としており、同国は米国からのすべての輸入品に対する関税をゼロとするベトナムと同条件とするなど、極めて不平等な内容となっている。また、トランプ氏は協定の一環として同国が航空機のほか、エネルギー、農産物の輸入を確約したとしており、近年の堅調な経済成長を背景に拡大が期待される同国市場の取り込みを目指している様子がうかがえる。しかし、同国は今年1月にBRICSへの正式加盟を果たしている(注2)。その一方、トランプ氏はBRICSによる『反米政策』に同調した国に10%の追加関税を課す方針を示したが、今回の合意との整合性は明らかになっていない。その意味では、わが国を含めた他の国や地域との間で継続中の米国との協議の行方は、極めて不透明な状況にあるとともに、トランプ氏の一挙一動に翻弄される展開が続くであろう。

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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