インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

中東情勢緊迫化による原油高を受け、アジアではどういう動きが出ているか

~需要抑制、省エネキャンペーン、代替燃料・電化前倒し、脱石油への取り組み加速の動きも~

西濵 徹

要旨
  • イスラエルと米国による対イラン軍事行動を受け、イランはホルムズ海峡を事実上封鎖するなど報復措置を強化している。その後は原油価格が上昇して世界的なインフレ懸念が高まっている。4月11~12日にイスラマバードで米国とイランの直接交渉が行われたが、ホルムズ海峡問題と核開発問題で折り合えず合意に至らず、情勢の先行きは不透明なままである。
  • 中東産エネルギーに依存するアジア新興国においては、原油高によるインフレや貿易収支悪化など経済のファンダメンタルズの脆弱化が懸念される。さらに、多くの国で戦略備蓄が1〜2ヶ月程度にとどまるため、供給制約の長期化は深刻なリスクとなっている。
  • アジア各国は需要抑制策を相次いで導入している。補助金削減・価格引き上げによる需要抑制(バングラデシュ、スリランカ、パキスタン等)、燃料の配給制や購入制限(スリランカ、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、フィリピン等)、省エネキャンペーンや在宅勤務推進(韓国、タイ等)など、国ごとに異なるアプローチがとられている。
  • さらに、中東情勢の緊迫化を受けた原油高をきっかけに、EVや電動バイクへの移行加速、再生可能エネルギーの拡大、バイオ燃料の活用、原油調達先の多様化(ロシア、米国等)など、今回の危機を契機に「脱石油」に向けた長期戦略を前倒しする動きも広がっている。
  • 日本は現時点で備蓄や調達多様化に支えられ行動変容には至っていないが、アジアで起きている変化は他人事ではない。中東依存リスクや域内需給の変化を踏まえ、事態の長期化に備えた対策を時間的余裕があるうちに検討することが急務になっていると考えられる。

イスラエルと米国によるイランへの軍事行動をきっかけに、中東情勢は緊迫する展開が続いている。イスラエルと米国の最初の攻撃では、イランの最高指導者であったハメネイ師をはじめとする政府要人を殺害するなど、一定の成果を収めた。一方、イラン革命防衛隊はイスラエルのほか、中東の米軍基地や関連施設、米国と関係の深い国々への報復攻撃を活発化した。さらに、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ海上輸送の要衝であり、ペルシャ湾岸産油国の輸出の大部分、世界の原油消費量の2割が通過するホルムズ海峡を事実上封鎖し、同海峡を通過する船舶から通行料を徴収する方針を明らかにした。結果として、中東産原油の供給懸念を理由に原油価格は上昇し、全世界的にエネルギー価格の上昇によるインフレ懸念が高まっている。トランプ米大統領は当初、攻撃期間は1~2週間、長くても3~4週間にとどまるとの見方を示したものの、1ヶ月を経過しても当初の目的(核開発施設の破壊、核燃料の奪取、テロ支援能力の排除)の達成にほど遠い状況が続いた。また、米国とイランの双方と関係が深いパキスタン、トルコ、エジプトなどが仲介役となり、水面下で協議を行ってきたが、双方の間で認識の隔たりの大きさが意識されるなど、事態が長期化していく可能性が懸念された。

こうしたなか、4月7日(米国時間)に米国とイランが2週間の停戦で合意するとともに、最長15日間の停戦交渉に臨むことを明らかにした。4月11~12日にかけてパキスタンの首都イスラマバードで両国による直接交渉が行われた。直接交渉には、米国からバンス副大統領、ウィットコフ中東担当特使のほか、トランプ大統領の娘婿であるクシュナー氏が参加する一方、イランからガリバフ国会議長とアラグチ外相が出席した。交渉は21時間と長時間に及んだものの、合意に至らず終了した。イラン側の報道によれば、一部の問題では合意があったものの、ホルムズ海峡を巡る問題と核開発に関する問題が主な相違点になった模様である。交渉に当たったバンス氏は交渉を継続することを明らかにするとともに、トランプ氏も同様の見方を示しており、決裂したわけではないと捉えられる。ただし、トランプ氏は米軍がイランの港湾を海上封鎖し、イランに通行料を支払うすべての船舶を追跡、制止するよう指示する一方、イランが敷設した機雷除去活動を開始することを明らかにした。よって、中東情勢は見通しが立ちにくくなっている。

仮に事態収束に向けた動きが前進したとしても、ホルムズ海峡を巡る状況が直ちに改善する訳ではないことに注意が必要である。前述したイラン革命防衛隊による報復攻撃では、湾岸産油国のインフラが打撃を受けており、正常化に時間を要することは避けられない。したがって、供給制約が長期化する可能性は依然として高い。こうしたなか、エネルギー面で中東産の原油や天然ガスなどに依存するアジア新興国は、中東情勢の緊迫化を受けた原油高がインフレを招くとともに、貿易収支の悪化を招くなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を脆弱にすることが懸念される。さらに、多くのアジア新興国では、原油の戦略備蓄が1~2ヶ月程度にとどまることから、ホルムズ海峡を巡る供給制約の長期化が国内における原油供給の枯渇に直結することも意識されている。なお、アジア新興国のなかには一次エネルギーに占める原油や天然ガス比率が相対的に低い国もあり、そうした国は原油高による直接的な影響を比較的受けにくいと見込まれる。しかし、中東情勢の緊迫化後は代替需要の拡大を反映して石炭価格も上昇しており、エネルギー価格の上昇は避けられない(注1)。また、中東情勢の緊迫化による湾岸産油国の経済活動の停滞は、これらの国々への輸出依存度が高い国のほか、移民送金に依存するアジア新興国景気の足を引っ張る懸念もある(注2)。

こうしたなか、アジア新興国では原油需要の抑制に向けた取り組みを強化する動きが広がっている。フィリピンでは、原油備蓄が減少したことを理由に、エネルギーの「非常事態宣言」を発動している(注3)。原油高を受けて、燃料に対する補助金の縮小や制度見直しを通じた価格上昇による需要抑制に動く国が出ている。外貨不足に加え、財政面での制約が厳しいバングラデシュ、スリランカ、パキスタンなどでは燃料に対する補助の縮小による価格引き上げに動いている。一方、政府が燃料への補助を実施しているマレーシアやインドネシア、タイ、フィリピンでは激変緩和措置として補助や基金を用いて価格上昇の一部を政府が吸収したものの、事態が長期化するなかで対象を低所得者層や公共交通機関に限定するなど、対応が強化されている。また、インドもガソリンや軽油に対する税や補助を微調整して実質的な価格引き上げに動いたほか、韓国も補助金の設計見直しによる価格の段階的な引き上げを実施している。一方、価格統制がとられている中国では当局が価格統制を強化する動きをみせつつ、段階的に値上げが実施されるなど需要抑制に向けた取り組みが強化されている。

需要抑制に向けては、燃料の優先配分や購入制限の実施に動く国も出ている。スリランカでは、全国規模の配給制が実施されるとともに、給油に際してナンバープレートを用いた制限も行われている。また、水曜日を全国的な休日とする週1日の強制休業日を設定したうえで、週4日体制に加え、在宅勤務を要請することで移動そのものを抑制するとともに、公共交通機関の運航縮小や不要不急の移動の自粛要請、燃料配分を農業や漁業などに優先する配分の順位付けも行われている。パキスタンも同様に、週4日勤務と在宅勤務を推奨して燃料消費を直接削減するほか、政府が主導して燃料使用を制限すべく、公用車の6割を運航停止としたほか、出張制限、学校を2週間閉鎖して授業のオンライン化を進めるとともに、営業時間の短縮といった節約策がとられている。バングラデシュでも、バイクや乗用車、トラックなど車両ごとの給油制限のほか、ディーゼルの販売制限やガソリンスタンドの営業時間の短縮といった動きが出ている。さらに、オフィスや商業施設での営業時間の短縮のほか、学校のオンライン化、公共交通や自動車利用の抑制といった対応もとられている。インドネシアにおいても、自家用車や公共交通、大型車に対する給油量の上限が設定されるとともに、補助燃料に対象を制限したうえで、公務員を対象に週1日の在宅勤務を導入し、出張を削減するなどの取り組みも強化されている。非常事態宣言を発動したフィリピンでは、公的部門での燃料使用の1割削減を義務化したほか、週4日勤務と在宅勤務を導入し、学校のオンライン化や交通や商業活動を抑制するなど、社会全体としての需要抑制を強化している。韓国では、ナンバープレート制限により実質的な自動車利用の抑制を図るとともに、在宅勤務の拡大による移動削減、シャワー時間の短縮や電力使用時間帯の調整、公的部門における徹底した節電呼びかけなど、全土での省エネキャンペーンが実施されている。タイでは、在宅勤務や相乗りの実施、公共交通機関の利用を呼び掛けるとともに、生活レベルでの節約指導の強化を通じてライフスタイルの転換を求めつつ、公務員の出張停止や公的部門が積極的な節電、節油の実施に取り組むなどのキャンペーンを実施している。一方、マレーシアでは、補助対象となる月間の給油量を削減するとともに、補助の対象を限定しつつ、漁業や物流、公共交通に優先して低価格ディーゼルの供給を図っており、価格ではなく配分を通じて需要を管理する方策がとられている。また、インドでは、国民に対してパニック買いを控えて節約を呼び掛ける一方、国営石油公社が損失を吸収して供給を継続するとともに、ディーゼル油や航空燃料への輸出税を引き上げて国内供給を優先し、LPG(液化石油ガス)を家庭向けに優先的に供給するなどの対応を取っている。中国も原油備蓄の拡充を図る一方、国有石油企業は増産による供給確保を図りつつ、石油製品の輸出契約の停止や見直しにより国内供給を優先させるなど、インドと同様に自国優先姿勢を強める動きをみせている。このように、国によっても需要抑制に向けた取り組みの在り方は大きく異なっている様子がうかがえる。

一方、中長期的な取り組みとして代替燃料や電化の前倒し実施のほか、エネルギー安全保障の強化を図る動きもみられる。パキスタンやバングラデシュ、韓国、中国、インドネシアなどではここ数年、内燃機関からEV(電気自動車)や電動バイクへのシフトが進んできたものの、原油高を受けてこうした流れが加速している。韓国では、発電構成の調整によるLNG使用の最小化のほか、原発や石炭の活用、再生可能エネルギーの拡大を図る方針が示されている。また、インドではバイオ燃料の導入に向けてエタノール混合ガソリンを義務化する動きもみられる。中国では一次エネルギーのうち6割を占める石炭をベースとしつつ、太陽光や風力、水力といった再生可能エネルギーの拡大、原子力の強化により原油依存を相対的に低下させる方針をみせるなど、中東情勢の緊迫化を機に「脱石油」に向けた長期戦略を前倒しする動きもみられる。他方、インドネシアやマレーシアでは自国でとれるパーム油を、タイでもパーム油やエタノールを代替燃料とする取り組みを強化するとともに、再生可能エネルギーの拡充により中長期的な脱石油を進める姿勢をみせる。インドやインドネシアでは原油輸入の中東依存リスクを低減させるべく、ロシアや米国などからの調達を拡大させる動きもみられる。

日本においては、原油備蓄が充分であることに加え、中東に代わる原油調達先の多様化などにより、現時点において行動変容を伴う形での需要抑制に動く兆しはみられない。しかし、アジアで広がりをみせている行動変容を伴う需要抑制の動きは、これらの国々と同様に中東からの原油などへの依存が高い日本にとって他人事ではない。また、アジアでの経済活動の変容とそれに伴う原油などの需給の変化は、石油製品などを通じてアジア新興国との取引が多い日本にとっても無視できない。各国の動向を注視しつつ、時間的な余裕があるうちに中東情勢が長期化した際に日本としてとり得る策を検討することの必要性はこれまで以上に高まっている。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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