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2024.10.23
アジア経済
インドネシア経済
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インドネシア・プラボウォ政権発足、「継続」と「膨張」の行方は?
~政権運営の安定を重視するも、内政面ではバランス重視が膨張を招き、民主化の行方にも不透明さ~
西濵 徹
- 要旨
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- インドネシアでは20日に大統領就任式が行われ、プラボウォ政権が正式に発足した。プラボウォ氏はジョコ前政権の路線を踏襲する一方、様々なバラ撒き公約や任期中の成長率の大幅押し上げを掲げており、財政運営の行方が注目された。新政権ではスリ=ムルヤニ財務相のほか、重要閣僚を中心に前政権から留任・再任させた。他方、大連立の論功行賞として閣僚ポストは大幅に拡大するなど公的部門の膨張が明らかになるほか、重要閣僚を側近で固める動きをみせている。新政権は前政権からの継続により政権運営の安定を重視する姿勢をみせる一方、内政面ではバランスを重視する観点から膨張を余儀なくされている。
- ジョコ前大統領は当初こそ庶民派を謳ったものの、大統領就任後は近親者の政界進出が進んだ。さらに、汚職対策の形骸化や民主化に逆行する動きが進んだほか、今回の大統領選の前には法治国家の在り様にも影響を与える動きがみられた。そして、足下では放送法、国家警察法、国軍法の改正案が議会で審議されており、この行方は民主化の動向に一段と悪影響を与える懸念がある。経済面でみたインドネシアは極めて魅力が高い一方、政治・内政面では様々な危険を孕んだ動きがみられることに注意する必要がある。
インドネシアにおいては20日に大統領就任式が行われ、今年2月に実施された大統領選で勝利したプラボウォ氏が就任するとともに、政権が正式に発足した。プラボウォ氏は大統領選に際して、ジョコ前大統領の長男(ギブラン氏)を副大統領候補とする形でタッグを組むとともに、ジョコ前政権の路線を踏襲する方針を打ち出し、国民人気が高いジョコ氏に抱き付くことで『3度目の正直』となる勝利を手にした。一方、大統領を退任するジョコ氏についても、長男が副大統領に就任して将来的な大統領を見据えた政治の階段を着実に上るなか、現政権下においても『副大統領の父』として政治的影響力を残すこととなる。なお、来月に実施予定の統一地方選では、ジョコ氏の次男(カエサン氏)も政界進出を目指したものの、現行選挙法における年齢規定を理由に憲法裁は不可能とする判断を下した。直後にはジョコ氏の意向を汲んだ議会下院(国民議会)が無理筋の法改正による『ゴリ押し』を目指す動きをみせたものの、首都ジャカルタのみならず多くの都市で反対デモの動きが広がり、結果的に取り下げを余儀なくされた。一連の動きを巡っては、大統領退任直前に行われた世論調査においてジョコ氏の支持率が依然高水準ながら大きく頭打ちする動きが確認されており、云わば『晩節を汚す』ことに繋がったことは間違いない。しかし、上述したようにプラボウォ政権はジョコ前政権の路線を継承する方針をみせており、ジョコ氏肝煎りの新首都(ヌサンタラ)移転事業のほか、学校給食の無償化、公務員給与の引き上げ、低所得者向けの現金給付や住宅建設といった財政拡張策を公約に掲げている。就任演説において、プラボウォ氏は汚職根絶と食料・エネルギーの自給体制の強化を図るほか、経済成長の実現を通じた貧困や飢餓の撲滅に取り組む考えをみせている。また、任期中に経済成長率の水準を平均で8%程度と、ジョコ政権下の平均成長率(4%)から大幅に引き上げるとともに、建国100周年を迎える2045年を目途に先進国入りを果たすべく経済開発を重視する考えをみせている。こうした経済運営を志向するなか、金融市場では新政権の財政運営が如何なる方向に舵を切るかに注目が集まってきたが、国旗に準えて『赤白内閣』と称した新政権では、財務相にジョコ前政権からスリ=ムルヤニ氏を留任させるなど市場の警戒に配慮したものと捉えられる。また、スリ=ムルヤニ氏以外にも閣僚のうち重要閣僚を中心とする約3分の1をジョコ前政権から留任、ないし再任するなど大幅に顔ぶれを変えておらず、政権運営の継承を重視するとともに、安定を図りたいとの思惑も透けてみえる。他方、新政権では大臣ポストが48、副大臣ポストが55、閣僚級ポストが19という大所帯となっており、その数は1960年代のスカルノ元政権下の以来の水準となるなど政府部門の膨張が明らかになっている。この背景には、大統領選と同時に実施された国民議会総選挙でプラボウォ氏が率いるグリンドラ党は第3党に留まる一方、その後に政党間で行われた合従連衡の動きを受けて、最終的にはすべての政党がプラボウォ政権の下で与党連立入り、ないし閣外協力を行う『大連立』が成立し、結果として論功行賞のためのポストが必要になったことが影響している。事実、役所の解体や新たな役所の新設などに伴い大臣ポストはジョコ前政権下の34から48に大幅増員されるとともに、省庁間の調整役を担う調整相も4人から7人に増員されており、省庁間の調整も一筋縄にはいかないものとなる可能性が考えられる。なお、重要閣僚の外相にはグリンドラ党の副党首であるスギオノ氏、国防相にもプラボウォ氏の右腕とされるシャリフ氏が就任するなど側近で脇を固める。また、調整相のうち筆頭格の政治・治安担当相には国家情報庁のグナワン前長官を据えており、グナワン氏が国民議会第1党の闘争民主党のメガワティ党首(元大統領)に近いとされるなかで一定の配慮を示したとみられる。そして、調整相のうちプラボウォ氏が重視するインフラ・地域開発担当相には元軍人でユドヨノ元大統領の長男であるアグス氏を抜擢する一方、8月に第2党のゴルカル党党首を辞任するなどその処遇が注目されたハルタルト経済担当相は留任させるなど政党間のバランスに配慮する動きをみせている。よって、プラボウォ新政権は継続による安定を重視しつつ、内政面ではバランスを重視することで膨張を余儀なくされたと捉えることができる。

他方、ジョコ前大統領を巡っては、大統領就任までは『庶民派』を売りに政治の階段を駆け上る動きをみせてきたものの、大統領就任後は一転して近親者が政治家に相次いで転出するとともに、政府高官となるなど政治的影響力を高める動きをみせてきた。そうした流れは上述のように長男(ギブラン氏)が副大統領に就任したことで大きな成果を挙げたものの、次男(カエサン氏)は年齢を理由に政界進出のタイミングを逸する事態に直面している。その一方、ジョコ政権下では2期入りするのを前に、『最強の捜査機関』として現職閣僚や国会議員、裁判官、高級官僚などの不正を暴いてきた汚職没滅委員会(KPK)に関する法改正を行い、KPKに付与された捜査権、逮捕権、公訴権がはく奪されており、事実上の弱体化が進められるなど、汚職対策の強化を公約に掲げた流れは逆行してきた。その後も、コロナ禍に際して移動制限措置が採られたことに伴いデモ活動などが起こりにくくなっていることも追い風に、正・副大統領や政府機関への侮辱行為に対する罰則強化のほか、イスラム色の極めて強い内容、企業犯罪への罰則強化など議論がし尽されていない内容が盛り込まれた改正刑法を可決させるなど、民主化に逆行する動きもみられた。そして、今回の大統領選の前には、ジョコ氏の義弟(アンワル氏:妹の夫)が憲法裁所長であった際に、選挙法で規定されている副大統領選への出馬要件を巡って除外規定を認める判断を下してギブラン氏出馬への道筋が拓かれる一方、直後に倫理違反を理由にアンワル氏に辞任命令が下されるなど、法治国家としての基盤が揺らぎかねない動きもみられた。そして、足下では放送法と国家警察法、国軍法の改正案が国会において審議されており、これらの行方に注目が集まっている。改正放送法では調査報道に対する事実上の規制が盛り込まれるなど報道の自由を脅かす内容となっており、ジョコ前政権の下で国会において審議が開始されたものの、報道機関のほか、人権団体などからの反対を受けて審議が中断を余儀なくされるも、プラボウォ新政権の下であらためて審議される見通しとなっている。さらに、改正国家警察法においては警察によるサイバー空間での監視やアクセス遮断が許可される内容が盛り込まれるなど『監視国家』に向けた動きが広がるとともに、言論の自由が脅かされる可能性があるほか、改正国軍法案では各省庁に将兵を出向させることが可能となるなど、シビリアンコントロール(文民統制)の形骸化に繋がる可能性も考えられる。これらの法律はいずれもスハルト独裁政権が崩壊して民主化が進められたタイミングで制定され、なかでも国軍法については将兵が政治やビジネスに関与することを禁じる内容としたことで民主化を後押ししたとされるものの、改正案はこうした流れに逆行する内容となっている。プラボウォ大統領を巡っては、元々スハルト独裁政権下に国軍において秘密工作や謀略などを担当する陸軍戦略予備軍司令官を務めた経験がある上、その際に民主化活動家の誘拐事件に関わったとして人権侵害の疑惑が取り沙汰されており、民主化の行方に不透明感が高まるとの見方がくすぶってきた。そうしたなかでの一連の動きは、インドネシアが経済面でASEAN(東南アジア諸国連合)のなかでも存在感が高く、成長性の観点でも魅力が高い一方、政治面では様々な危うさを孕んでいることを意味する。国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)の利下げ実施を受けた米ドル安を反映してルピア相場は底入れしたものの、足下では米ドル高の動きが再燃するなかでルピア相場は調整に転じており、先行きについては外部環境に加え、内政の行方にも注意を払う必要があると捉えられる。

西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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