全国を対象とした観光需要喚起策、GoToトラベルとの違いは?

~内容的にはほぼGoToトラベル、期待される県外宿泊者の回復~

小池 理人

要旨
  • これまでは感染状況の悪化等を背景に観光支援策は県民割の実施に止まっていたが、感染状況の改善を受けて、7月前半から全国を対象とした観光需要喚起策が実施されることになった。
  • 交通付き旅行商品の割引上限額を増額し、平日でのクーポン付与額を増額するなど、基本的な制度設計はGoToトラベルキャンペーンとほぼ同じものである。
  • 新たな観光需要喚起策は、GoToトラベルキャンペーンと比較して割引率が40%と高く、割引上限額が低く設計されているため、低価格帯の旅行商品にも恩恵が及ぶことが期待される。
  • コロナ以降、宿泊業を中心とした観光産業は大きなダメージを受けている。外国人旅行者の受け入れ再開も追い風になり得るが、現段階では入国制限が1日当たり2万人となるなど、本格的な回復には距離がある。
  • 2019年から2021年までで、宿泊業の金融機関借入額は1兆865億円増加しており、コロナ前の経常利益の約4.6年分に相当する。全国を対象とした観光需要喚起策が宿泊業をはじめとした観光産業の支えとなることが期待される。

全国を対象とした観光需要喚起策とGoToトラベルキャンペーンの違い

新たな観光需要喚起策が、7月前半から8月末まで実施される(最繁忙期除く)。これまでは感染状況の悪化等を背景に、GoToトラベルキャンペーン(以下、GoToトラベル)の再開は見送られ、県内ないしは地域ブロック内での旅行を支援対象とした県民割が実施されていたが、感染状況の改善を受けて、全国を対象とした観光需要喚起策が実施されることになった。全国を対象とした観光需要喚起策とGoToトラベルにはどのような違いがあるのだろうか。

結論から言うと、全国を対象とした観光需要喚起策とGoToトラベルの内容はほとんど同じである。なお、GoToトラベルは2020年7月22日から12月28日(チェックアウト)まで実施されていたものと、2021日に11月19日に観光庁から発表された新しいGoToトラベル(実施されなかったもの)で内容が異なるが、本稿でのGo Toトラベルは断りの無い場合、新しいGoToトラベルを指している。全国を対象とした観光需要喚起策もGoToトラベルと同様に、平日での利用か否か、交通付き旅行商品か否かなどの条件によって割引率やクーポンの付与額に差をつけるなど、同じような制度設計となっている。新たな観光需要喚起策とGoToトラベルとの相違点としては、支援額注1の違いが挙げられる。GoToトラベルでは、割引率が最大30%、支援額が最大1万3千円と設計されていたが、全国を対象とした観光需要喚起策では割引率が40%、支援額が最大1万1千円となるように設計されている。2020年に実施されたGoToトラベルでは、割引率と支援額の高さから、高価格帯の宿泊施設に需要が集中し、低価格帯の宿泊施設には恩恵が生じにくいという批判がなされたが、全国を対象とした観光需要喚起策では低価格帯の宿泊施設にも恩恵が及ぶことが見込まれる。

旅行需要喚起策の変遷
旅行需要喚起策の変遷

平日でのクーポン付与金額に差をつける理由としては、旅行需要平準化の促進が挙げられる。全国を対象とした観光需要喚起策では、クーポン付与金額を平日3,000円、休日1,000円と差をつけることで、平日での旅行需要を喚起することが目指されている。かねてから旅行需要は連休に偏っており、旅行需要の平準化が課題となっていた。古いデータにはなるが、観光庁「GWにおける観光旅行調査」における2009年のデータによると、年間旅行量の多くが年末年始やゴールデンウィーク、土日に集中しており、平日での旅行量はわずか16.5%に止まっている注2。平日に旅行をしにくい現役世代と時間に余裕のある多い高齢者との間に生じる公平感については議論の余地があるものの、これまで高齢者の宿泊需要は他の年代と比較しても大きく減退しており、この部分を押し上げる可能性があるという点においても平日と休日のクーポン付与金額に差をつけることは意味があるものと考えられる。

暦の日数と旅行量(2009年)
暦の日数と旅行量(2009年)

交通付きか否かで支援額に差をつける理由としては、地方への観光への配慮が挙げられる。全国を対象とした観光需要喚起策では、交通費を含む旅行商品について、上限額が引き上げられている。コロナ禍では県を跨いだ移動が手控えられ、旅行の目的地が遠くから近くに移っている傾向がある。この点については、内閣官房・経済産業省が公表するV-RESASでも確認できる。都道府県内での旅行が2019年比で伸びる一方で、都道府県外での旅行は2020年のGoToトラベルキャンペーン実施時期には盛り上がりを見せる場面もあるものの、全体としてはかなり低迷していることが示されている。また、目的地が近くになったことに伴い、新幹線や飛行機の利用機会が大きく減少している。観光庁が公表する旅行・観光消費動向調査を見ると、コロナ以降、新幹線や航空といった長距離移動に関する支出単価が低下し、一方でガソリンの消費単価が上昇している。コロナ禍で旅行の目的地が近くなったことに加え、不特定多数と同乗する交通機関よりも、家族や友人と車で移動することが選好されたものと見られる。感染状況の改善に伴い、新幹線や航空への支出はやや回復しているものの、依然として弱い状況が続いている。交通付き商品の割引額を増額することで、交通機関の利用を促進するとともに、地方が他県から観光客を誘致することを後押しすることも可能になり、再び遠方への旅行需要が喚起されることが期待される。

交通費関連の旅行単価(宿泊旅行)
交通費関連の旅行単価(宿泊旅行)

交通費関連の旅行単価(宿泊旅行)
交通費関連の旅行単価(宿泊旅行)

宿泊者数の推移(2019年同月比)
宿泊者数の推移(2019年同月比)

コロナ以降、宿泊者数は大きく減少した。特に、居住する都道府県外での宿泊者数は2020年10月・11月を除く全ての時期で、コロナ前の2019年同月比でマイナスに沈んでいる。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令時において、県を跨いだ移動の自粛要請がなされたことなどから、緊急事態宣言等が発令されていない時期についても、県を跨いだ利用を控える動きが継続したものとみられる。感染状況が落ち着いていた2021年12月においても、都道府県外での宿泊者数は2019年同月比でマイナスとなっており、人々が県外での移動を敬遠している様子が示されている。一方で、2020年10月・11月については、当時としては感染者数が多かった時期にもかかわらず、都道府県外での宿泊者数が2019年同月比を上回っている。これは、GoToトラベルという需要喚起策が実施されたことによって、十分な感染対策を行っていれば都道府県外での旅行を行って良いという一種のアナウンスメント効果が生じた可能性がある。この点、全国を対象とした観光需要喚起策についても、同様のアナウンスメント効果が期待され、足もとでの感染状況が改善していることも相俟って、都道府県外の宿泊者数も含め、旅行者が大きく増加することが期待される。

宿泊者数の推移(2019年同月比)
宿泊者数の推移(2019年同月比)

全国を対象とした観光需要喚起策が実施されることにより、宿泊業を中心に観光産業は回復軌道に乗ることが見込まれる。コロナ以降、宿泊業(全規模)は感染状況が改善していた2021年10-12月期を除き、経常利益の赤字が続いており、銀行借入等によって事業を継続してきた。法人企業統計によると、2019年末から2021年末までで、宿泊業(全規模)の金融機関借入額は1兆865億円増加しており、これはコロナ前(2019年)の経常利益の約4.6年分に相当する。6月10日から外国人観光客の受け入れが再開されたが、一日当たりの入国者数の上限は2万人に止まっており、コロナ前に1日当たり平均8.7万人が入国していたことと比較すると、インバウンドの回復は道半ばあり、観光産業回復の起爆剤としては心許ない。全国を対象とした観光需要喚起策が、宿泊業を中心とした観光産業の支えとなることが期待される。

宿泊業(全規模)の経常利益の推移
宿泊業(全規模)の経常利益の推移

宿泊業(全規模)の経常利益の推移
宿泊業(全規模)の経常利益の推移

宿泊業(全規模)の経常利益と金融機関借入金(暦年)
宿泊業(全規模)の経常利益と金融機関借入金(暦年)


注1 割引額とクーポン付与額の合計を支援額とする。
注2 暦の日数と旅行量のデータは2009年以降更新されていない。その後、2019年4月からの有給休暇の取得義務化によって連休や土日祝日での旅行需要の集中は幾分緩和された可能性はあるが、依然として平日での旅行需要は小さいと考えられる。

小池 理人


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