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欧州政局、次の焦点はフランス大統領選挙へ

~ルペン候補に代わる極右のダークホース出現~

田中 理

要旨
  • 来年4月のフランス大統領選挙は、2017年と同様にマクロン大統領と極右のルペン候補の一騎打ちとみられてきた。だが、ここにきて新たな極右候補のゼムール氏が大きく支持を伸ばしている。ゼムール候補は政策を穏健化させたルペン候補の支持層だけでなく、伝統的な右派政党・共和党の支持層の一部も取り込むことが可能な人物。今後も支持を伸ばし、マクロン大統領とともに決選投票に進出する場合、ルペン候補以上に手強い相手となる可能性を秘めている。

ポスト・メルケルを占うドイツ連邦議会選挙が終わり、第一党となった中道左派の社会民主党(SPD)と、第二党に転落した中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)とその姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)の統一会派が何れも政権発足に意欲をみせている。両党ともに単独過半数には遠く及ばず、得票率の差も1.6%ポイントに過ぎない。だが、CDU・CSUの得票率は結党以来の最低水準に沈み、首相候補のラシェット党首の辞任を求める声も聞かれ始めている。国民から幅広い支持を得ていないラシェット氏が連立政権を率いれば、連立協議で大幅な譲歩を余儀なくされる可能性があるほか、次の選挙で更なる党勢衰退に見舞われる恐れがある。CDU・CSU陣営内には、下野して次の選挙での政権復帰を模索する動きが出てきている。そのため、近い将来に始まる連立協議はSPDが主導し、そこに環境政党・緑の党とリベラル政党(FDP)が加わる「信号連立」を軸に進むことが予想される。緑の党とFDPは気候変動対策や財政運営を巡って政策相違が大きいが、両党は独自に予備的な連立協議を開始するなど、政権入りに意欲的だ。連立協議の難航や長期化を予想する見方も多いが、筆者は年内にはSPDのショルツ氏を首相とし、緑の党とFDPが加わる連立政権が発足すると考える。

27ヶ国の寄り合い所帯である欧州連合(EU)をこれまで束ねてきたのは、ドイツとフランスの二大国によるリーダシップだ。ドイツの次期首相の最有力候補であるショルツ氏は、現政権の財務相兼副首相として、高い実務能力や堅実な政策手腕に定評がある。だが、大局的な国家観やEUの未来図を描ける人物ではないともされる。ショルツ氏が国内外でメルケル首相に匹敵する指導力を発揮するにはしばらく時間が掛かりそうだ。その間、ドイツとフランスの力関係はややフランス優位に傾く可能性がある。フランスは来年1~6月にEUの輪番制の議長国となるが、4月には4年に1度の大統領選挙が迫る。コロナ禍克服の実績、強いフランスの国家像をアピール、EU内でメルケル首相に代わるリーダシップを発揮し、大統領選挙に臨むのがマクロン大統領が描く再選シナリオだろう。来年の早い段階でEU改革での実績作りが欲しいマクロン大統領としては、年内にドイツで次期政権が発足するとともに、ドイツの次期首相がメルケル首相ほどの外交手腕を発揮しないことが望ましい。

フランス国内では大統領選挙に向けて新たな動きが出てきている。2017年同様にマクロン大統領と極右のルペン候補の一騎打ちとみられていたが、ここにきて新たな極右候補のゼムール氏が急速に支持を伸ばしている(図表1)。ゼムール氏は代表的な右派系新聞フィガロ紙の政治記者などを経て、作家やテレビのコメンテーターとして長年活躍する人物だ。その主張は、反移民、反イスラム、反リベラル、治安強化など。前回大統領選挙の雪辱を目指すルペン候補が、より幅広い支持層獲得を目指し、政策を穏健化する中で、ルペン候補の支持層の一部がゼムール氏支持に流れている。過激な主張と抜群の知名度だけでなく、保守の論客や文化人としても認められているゼムール氏は、伝統的な右派政党・共和党支持層の一部も取り込んでいる。前回2017年の大統領選挙で共和党のフィヨン候補に投票した有権者の25%が今回の大統領選挙でゼムール氏に投票すると回答している(図表2)。

(図表1)フランス大統領選・初回投票の世論調査
(図表1)フランス大統領選・初回投票の世論調査

(図表2)フランス大統領選・初回投票:前回の投票者と今回の支持者
(図表2)フランス大統領選・初回投票:前回の投票者と今回の支持者

この間、マクロン大統領の支持は20%台前半で他の候補をリードしており、ゼムール候補に支持を奪われた形のルペン候補との差が開いている。また、共和党の有力候補であるベルトラン氏も支持が伸び悩んでいる。右派票や極右票の分裂を招くゼムール氏の台頭は一見するとマクロン大統領に有利にみえる。今のところゼムール氏はダークホース的存在に過ぎないが、このままの勢いで支持を伸ばし、ルペン候補に代わるマクロン大統領の対抗馬となれば、ルペン氏以上に手強い相手となる可能性を秘めている。フランス大統領選挙は二回投票制で行われ、初回投票で過半数を獲得した候補がいない場合、初回投票の上位2名が進出する決選投票で勝敗を争う。前回の大統領選挙の初回投票で共和党のフィヨン候補を支持した有権者は、決選投票でルペン候補支持に回ることが少なかった。だが、今回は初回投票でルペン候補に投票した有権者の多くと共和党の候補(12月4日の予備投票で候補を一本化する)を支持した層の一部が決選投票でゼムール氏支持に回る可能性がある。マクロン大統領が再選を目指す大統領選挙まであと7ヶ月余り。ドイツの連邦議会選挙では、選挙期間中に各党の支持が目まぐるしく変動した。来年4月のフランス大統領選挙までにどのようなドラマが待ち構えているのか、その戦いは始まったばかりだ。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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