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AIがもたらす労働市場の変容と政策課題

~AI活用の差に起因する不平等への対処の必要性~

柏村 祐

目次

1.AIは仕事を奪うだけではない

AIによって仕事が奪われるという議論が続いている。

国際通貨基金(IMF)の最新のレポートでは、世界の雇用の約40%がAIの影響を受ける可能性があると指摘されている(注1)。しかし、それは労働者が職を失うことだけを意味するものではなく、AIによって仕事の内容が変化したり、新たな職業が生まれる可能性も含んでいる。したがって、AIによって皆が仕事を奪われるといった単純な議論ではなく、新たな技術の進歩が社会や経済にどのような影響を及ぼすかを考えることが重要である。

そこで本稿では、IMFレポートが提案する新たな評価基準について詳しく解説し、AIが労働に及ぼす影響と政策対応について考察する。

2.AIによる影響を測る「露出度」と「補完性」

IMFのレポートは、特定の職種がAIに置き換わるだけでなく、AIが人間の仕事を補完することにより生産性を向上させる可能性についても言及している。これによると、各職種のタスクの「露出度」と「補完性」が、労働市場におけるAIの影響を理解するための重要な概念となっている。露出度(exposure)とは、タスクがAIに対して明確になっている程度を意味し、特定の職種がAIによって置き換えられる可能性の高さを表す。ある研究では、会計士・税理士、金融クオンツアナリスト、調査研究者などの職種で露出度が高いとされている(注2)。一方、補完性(Complementarity)とは、AIが人間の労働をどのように補完し、生産性を向上させるかを表す。これは、AIが人間の仕事をサポートする可能性を示している。

同レポートでは、AIの露出度と補完性に関するマトリックスが示されている(図表1)。AIの露出度と補完性が共に高い場合、AIは生産性を向上させ、新しい職種・タスクを創出することが期待される。一方、AIの露出度が高いが補完性が低い場合、職種・タスクがAIに置き換えられ、人間の役割が減少し、その職種への需要が低下するおそれがある。AIの露出度が低く補完性が高い場合は、AIの直接的な影響は少ないが、間接的な影響により新しい職種・タスクが生まれる可能性がある。最後に、AIの露出度と補完性が共に低い場合、AIの影響が最小限に留まり、既存の職種やタスクが維持される可能性が高い。

図表1  AIの露出度と補完性マトリックス
図表1  AIの露出度と補完性マトリックス

3.露出度と補完性に基づく職種の分析

このレポートでは、露出度と補完性を用いて様々な職種が分析されている。

露出度と補完性が共に高い職種では、AI技術との相互作用が活発となり、AIは作業プロセスの大部分を自動化したり、効率化したりすることが可能である。たとえば、弁護士や裁判官がこのグループに該当し(図表2赤枠)、AIが大量の文書分析や証拠の整理などのタスクを効率化し生産性を高めているとのことだ。

一方、露出度が高く、補完性が低い職種は、AI技術に置き換えられる可能性が高いタスクを含んでおり、これらの職種ではAIが人間の仕事を自動化し、人間の介入を必要としない。テレマーケターのような職種がこの例であり(図表2黄枠)、製品の詳細を説明したり、顧客データを取得するようなタスクが容易にAIに置き換えられる。

露出度が低く、補完性が高い職種は、AIとの直接的な関わりは少ないものの、タスクの効率化や品質向上にAIが貢献しており、医師やパイロットなどがこのグループに属している(図表2青枠)。これらの職種ではAIの使用は限定的であるが、活用される場合には効率性や精度の向上に大きく貢献している。

最後に、AIの露出度・補完性が共に低い職種では、AIとの直接的な相互作用が少なく、AIによる業務の効率化や自動化の可能性も低い。これらの職業は人間特有のスキルや判断が重要で、AIの役割が限定的である。ダンサーや皿洗いのような創造性や手仕事を要する職業が該当する(図表2緑枠)。

なお、AI技術の進展が特に高学歴の労働者や若年層に影響を与え、彼らがAIの露出度・補完性共に高い職業に適応する可能性が高いとも指摘されている。一方で、高齢者や低学歴の労働者は新しい技術への適応が難しく、職業の変化に対応するのが困難であることも強調されている。このように、AIの進化は労働市場に一定の変化をもたらし、経済全体に対しても影響を及ぼすと予想される。

図表2  AIの露出度と補完性マトリックスに分類された実際の職業
図表2  AIの露出度と補完性マトリックスに分類された実際の職業

4.AI活用の差に起因する不平等への対処の必要性

以上の分析を踏まえると、AIが労働市場にもたらす影響は複雑であることがわかる。AIの進歩が労働市場に及ぼす影響を理解するには、単に仕事の自動化や失業のリスクだけでなく、新しい職種・タスクの創出や既存の職種の生産性向上といったポジティブな側面も考慮する必要がある。今回みた露出度と補完性の概念は、AIの労働市場への影響を分析するための重要なフレームワークといえる。このフレームワークによれば、露出度が高く、かつ補完性も高い職種では、AIが人間の労働を効率化し、生産性を高めることが期待される。一方で、露出度が高く補完性が低い職種では、自動化によるAIへの代替が懸念される。

さらにこのレポートは、AIが労働市場にどのような影響を与えるか、そして人間とどのように協力していけるかを示唆している。AIを活用できる労働者とできない労働者の間で生じる不平等は大きな社会課題であり、これに対処するための政策が求められている。AIが生産性と賃金の向上をもたらす一方で、AIを活用できない労働者は淘汰されるリスクがある。このような状況に対応するには、適切な訓練プログラムと継続的な教育が重要である。特に、若い労働者と高齢者の間で進む二極化を防ぐためには、すべての労働者がAI技術を学び、活用する機会を設ける必要がある。

特に、低スキル労働者やAI技術の恩恵を受けにくい人々に対して、新しい技術を学ぶための支援が求められる。また、AI技術によって生じた経済的利益を再分配するメカニズムの構築も重要である。これには、税制の見直しや社会保障制度の強化など、国家レベルでの政策が必要となる。さらに、国際的な協力も不可欠であり、AI技術の発展に伴う不平等問題に対処するためには、国境を越えた取り組みが求められる。

このように、AIには労働そのものを大きく変革する可能性があるものの、それに伴う不平等問題に対処する政策が不可欠である。社会全体がAI技術の恩恵を享受するには、継続的な教育、スキルの再構築、経済的再分配、国際的な協力が重要な鍵となるだろう。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: テクノロジー、DX、イノベーション

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