災害時に高齢者を助けるのは誰?

~東日本大震災から12年にあたって~

水野 映子

目次

1.高齢者等の避難支援の仕組み

東日本大震災が発生した2011年3月11日から、まもなく12年になる。また今年は、関東大震災が発生した1923年9月1日からちょうど100年を迎えるにあたり、震災をはじめとする自然災害への関心も今後さらに高まると思われる。くしくも今月(2023年2月)にはトルコ・シリアで大地震が発生し、その被災状況が日本でも連日報じられている。

過去に発生した自然災害では、高齢者も多くの人が犠牲になった。たとえば、東日本大震災においては、死亡者の約3分の2にあたる66.1%が60歳以上(47.0%が70歳以上)であったと報告されている(注1)。

その教訓をふまえ、2013年の災害対策基本法の改正においては、災害時に自ら避難することが困難な高齢者・障害者等(避難行動要支援者)をあらかじめ登録した名簿(避難行動要支援者名簿)の作成が、市町村に義務付けられた(注2)。また、2021年の同法の改正では、避難場所や支援する人などについて避難行動要支援者ごとに記載した計画(個別避難計画)を作成することが、市町村の努力義務となった。

避難行動要支援者名簿には、掲載者の氏名・生年月日・性別・住所・連絡先・避難支援を必要とする理由などが記載され、本人からの同意を得た場合は、民生委員や消防機関などの関係者に平常時から情報が提供される。また災害時には、本人からの同意がない場合でも関係者に名簿の情報が提供され、安否確認や避難支援がおこなわれる。内閣府・消防庁の調査(注3)によると、2022年4月時点で全市町村(1,740団体)が避難行動要支援者名簿の作成を完了している。

平常時からの名簿情報の提供先は、民生委員が93.8%で最も多く、次に消防本部・消防署等が80.3%、自主防災組織、都道府県警察、社会福祉協議会がそれぞれ75%前後となっている(図表1①)。名簿掲載者の範囲は市町村によって異なるが、9割以上の市町村では要介護認定を受けている者、および身体・知的・精神障害者が掲載範囲とされている(図表1②)。

この調査時点(2022年1月)での名簿掲載者数は、約777万人にのぼっている。ただし、本来は名簿に掲載すべき人が掲載されていない可能性もあることが指摘されており、それを防ぐことが課題となっている(注4)。

図表1
図表1

2.高齢者は「公助」より「自助」「共助」を重視

では、「避難行動要支援者」になる可能性が高い高齢者を含む一般の生活者は、災害への備えや災害時の支援について、どのような意識を持っているのだろうか。

自然災害の被害を少なくするためには、自分で自分の身を守るという「自助」、地域や身近な人が共に助け合うという「共助」、国や地方公共団体が救助・援助・支援するという「公助」の3つの考え方がある。前述の避難行動要支援者名簿に登録された高齢者等に対する支援は「公助」「共助」にあたる。

これらに対する意識を尋ねた内閣府の調査の結果をみると、回答者全体では自助・共助・公助のバランスを取るべきという回答が41.0%で最も多い(図表2)。次に、自助/共助/公助に重点をおくべきという回答が、それぞれ28.5%/19.7%/9.3%となっている。

高齢者(70歳以上)に注目すると、他の年代に比べて自助や共助に重点をおくべきと答えた割合が高く、公助に重点をおくべき、バランスを取るべきと答えた割合は低い。高齢者は、公助にはあまり頼らず、自助・共助によって身を守るべきという意識が強いことがうかがえる。

図表2
図表2

次に、大地震に備えてどのような対策をとっているか、という自助のための備えの状況を年代別にみる(図表3)。70歳以上では「特に対策は取っていない」と答えた割合が全年代で最も低く、「停電時に作動する足元灯や懐中電灯などを準備している」「近くの学校や公民館などの避難場所・避難経路を決めている」「家具・家電などを固定し、転倒・落下・移動を防止している」と答えた割合が比較的高い。地震発生時に自ら身を守るために備えている高齢者は多いといえる。

図表3
図表3

3.災害に対してやや楽観的な高齢者も

このように、高齢者は災害時の自助のための備えを一定以上おこなっているように見えるが、自助・共助の担い手となる周囲の人との話し合いは必ずしもできていない。前述の調査で「ここ1~2年ぐらいの間に、一度でもご家族や身近な人と、自然災害が起きた時に、どのように対処するかなどについて話し合ったこと」が「ない」と答えた割合は、70歳以上では36.5%であり、全体平均の36.9%とほとんど差がなかった(図表省略)。

また、話し合ったことがない理由をみると、70歳以上では他の年代に比べて「話し合うきっかけ/時間がなかったから」と答えた割合が低い代わりに、自分や家族、身近な人の身の回りで「自然災害が起きたとしても、家族や身近な人とすぐに連絡が取れると思うから/安全だから」「自然災害が起きないと思うから」と答えた割合は高い(図表4)。自然災害が起きても何とかなる、あるいは自然災害がそもそも起きないと思っている高齢者が少なからずいることがわかる。前出の図表3で、「食料・飲料水、日用品、医薬品などを準備している」と答えた高齢者が比較的少なかった理由も、地震発生時に身を守ることさえできれば、その後はすぐに身近な人と連絡が取れ、物資も手に入ると思っている高齢者がいるからではないかとも考えられる。

図表4
図表4

以上の結果を見る限り、高齢者は下の年代の人々に比べて公助より自助・共助を重視する傾向にあり、実際、自助のための備えもしている。一方で、災害発生後の周囲の人との連絡や物資の確保に関しては、やや楽観的な面も垣間見える。

大地震などの自然災害が発生した際に、家族や身近な人がすぐに高齢者と連絡を取り合ったり、高齢者を助けに行ったりできるとは限らない。高齢者やその周囲の人は、その可能性を十分考慮し、自助のための備えのあり方を再検討することや、避難行動要支援者名簿への登録申請が可能ならば申請するなど、心身の状況によっては公助・共助を求めることも必要なのではないか。

【注釈】

  1. 被害が大きかった岩手県、宮城県、福島県の3県で収容され、2021年2月28日までに検視等を終えて年齢が判明している全死者数15,775人に占める割合を算出。
    内閣府「令和3年版 高齢社会白書」
    https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2021/html/zenbun/s1_2_4.html
  2. 災害対策基本法における各用語の定義は以下の通り。
  • 要配慮者:高齢者、障害者、乳幼児その他の特に配慮を要する者
  • 避難行動要支援者:要配慮者のうち、災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合に自ら避難することが困難な者であって、その円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要するもの
  • 避難行動要支援者名簿:避難行動要支援者について避難の支援、安否の確認その他の避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために必要な措置を実施するための基礎とする名簿
  1. 総務省「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」(2022年6月)
    https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01shoubo01_02000582.html
  2. 内閣府「令和元年台風第19号等を踏まえた高齢者等の避難のあり方について(最終とりまとめ)」2020年12月
    https://www.bousai.go.jp/fusuigai/koreisubtyphoonworking/pdf/dai19gou/hinan_honbun.pdf

水野 映子


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