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- 時評『パワハラと戦争、そして民主主義』
組織に身を置いていれば、パワー・ハラスメント(以下、パワハラ)について少なからず見聞きすることがあるだろう。加害者が自覚していないことも多く、それが解決を難しくしている。マキャベリズム、サイコパシー、ナルシシズムのダーク・トライアドといわれる性格特性とパワハラ行為との間には正の相関があるとされる。マキャベリストは「目的のために手段を選ばず恐れられる存在」であろうとし、サイコパスは「人の痛みを感じず共感力が欠如」しており、ナルシストは「自分が特別に優秀である」と認識している。
この説明からは、企業でのパワハラ加害者と一部の独裁者との間には驚くほどの共通点が存在するように思える。権力を乱用し、個々人の痛みを顧みずに支配し、横暴な態度を取る。ダーク・トライアドの特性を持つ人を国や組織のトップに立てることは避けたほうがよいだろう。しかし、そのような人が権力を志向する傾向にあり、一見魅力的に映ることもある。そのため、人々が権力を与えてしまいがちなことに留意する必要がある。つまり、世の中には尊敬に値する権力者も数多く存在する一方で、危険な人物を完全に排除することは難しい。そこで、セーフティーネットとしての「権力の監視」が重要となる。
横暴な権力者はその横暴さをエスカレートさせる傾向があり、早期に是正することが大事である。パワハラにおいては、最初は軽微な行為から始まっても、次第に深刻な精神的・身体的被害をもたらす行為へとエスカレートすることがある。これは国家間の関係においても同様で、歴史を紐解けば侵略行為が見過ごされると、さらなるエスカレーションに繋がる危険性があることは明らかだ。古くは第二次世界大戦前の軍国主義的な拡張政策、最近では2014年のロシアによるクリミア侵略がその後の惨劇に繋がったことは記憶に新しい。民主主義国家には自由で公正な選挙があるが、民主主義が機能していない国であれば国際社会の外圧が「権力の監視」の役割を果たさねばならない。
パワハラと戦争を比べると、被害の及ぶ範囲や客観的な烈度は異なるかもしれないが、犠牲者個々人の視点に立てばどちらもそれぞれの人生に極めて深刻な影響を及ぼす。国家元首であれ、企業のリーダー・管理職であれ、他者の尊厳を踏みにじる行為は決して許されるべきではない。ジャーナリスト、市民、あるいは社員一人ひとりが権力を監視し続ける責任を負っている。選挙には必ず行き、身の回りで不正があれば声を上げるべきである。そして権力者は、自らの権力を乱用せず、公正なリーダーシップを発揮することで、信頼と尊敬を集めていかねばならない。
ここでこのコラムを綺麗に締めくくられればよいが、憂慮すべきは昨今の民主主義国家の混迷ぶりである。先ほど「民主主義国家には選挙がある」と述べたが、果たして選挙が「権力の監視」として機能しているのだろうか。SNSにおける極論や偽情報が民主主義を揺さぶり、先に述べたような危険な人物に権力を与えてはいないか。極論や偽情報と、中道で正確と思われる情報との間に均衡点や妥協点を見出す世界、つまり極論や偽情報寄りの世界に突き進んではいないか。政治家に限らず権力者が時には偽情報とともに敵対者を強烈に批判する、あるいは大国のリーダーが領土的な要求と受けとれる言葉を公の場で発するなどということは、大戦後の西側世界では考えられなかったはずだ。先に述べた、信頼と尊敬を集める公正なリーダーシップとは対極にある世界だ。そして、これほどまでに情報リテラシーが求められる時代もこれまでになかっただろう。
いまこそ民主主義のレジリエンスが試されている。他の民主主義国家のレジリエンスも信じたいが、まず日本が踏ん張らなければならない。少数与党の下で熟議の民主主義を示し、SNS全盛のなかでも健全な言論空間を維持し、国家・コミュニティ・企業等あらゆるレイヤーで健全な社会を維持すること。これは並大抵のことではなく、権力者と構成する個々人それぞれの絶え間ない努力が求められている。
石附 賢実
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

