時評『年金法改正2025を機に制度不安を払拭する』

小川 伊知郎

公的年金制度の5年に一度のチェックである財政検証結果が、前回より早い7月3日に公表された。これを受けて社会保障審議会年金部会、企業年金・個人年金部会で年末までに議論が取りまとめられ、来年2025年の国会での審議を経て法律改正に繋げられる。2004年に新しいフレームワークに移行してから5回目の財政検証となるが、前回までと比べるとネガティブな反応が少ない。これは(1)高齢者と女性の就労の進展や積立金の好調な運用実績によって、前回に比べて結果が改善した、(2)今回初めて「分布推計」即ち、現在年齢別の将来65歳時点での年金額とその分布が公表され、男性は現状維持、女性は大幅に増加することが明らかになった、(3)異例ではあったが、最も紛糾しそうだった国民年金の拠出期間の40年から45年への延長を今回は取り下げると公表時に当局の責任者が表明した、ことが要因である。一方、相変わらず不安を煽るような批判も少なくないが、これらは認識不充分による誤解である。

まずは「受給者が増加する一方、保険料を負担する現役世代が減少するため破綻する」という誤解である。現役世代が高齢者を支える姿が胴上げ型→騎馬戦型→肩車型と変化していくのを見せられると確かに不安になるが、これは単に65歳を境に担ぐか担がれるかを上下に分けただけであり、65歳以上でも就労者が増加しているので不正確である。また当たり前だがそもそも財政検証ではこの変化を織り込んだ上で計算しているので、この理由で破綻はしない。

次は「世代間の仕送りである現行の『賦課方式』より、自ら準備する『積立方式』の方が優れている」である。公的年金は給付額を先に決めている制度のため、いずれの方式でも必要な金額は同じであり優劣はない。また主たる財源は保険料、税金、積立金の運用益であり、現行の方式では保険料を固定した上で、積立金を概ね100年後に1年間の給付分が残るように減らしていくのに対して、積立方式では当然積立金はそこまで減少しない。このため積立方式の方が運用実績の悪化が保険料の引上げに繋がり易くなり、安定した制度運営はむしろ難しくなる。同様に「保険料よりも税の方が安定した運営が可能である」との見方もあるが、必要な金額が同じである以上、徴収方法が異なるのみでこれも誤解である。なお、1階部分の国民年金(基礎年金)は既にその半分が税金で賄われている。

3つ目は「過去の予測が当たっていない」である。財政検証は「現行制度に基づく『財政の現況及び見通し』の作成」であり、将来の状況を正確に見通す予測(=forecast)というよりも、現時点で得られるデータの一定のシナリオに基づく将来の年金財政への投影(=projection)という性質のものである。天気予報のように、ほぼ決まっているごく近い未来の事象を当てようとしているのではなく、将来どのような姿を現すかを見える化するのが目的である。

最後は「所得代替率50%ありきで計算の前提を定めている」である。要請されているのは次回財政検証までに50%を下回らないことであって、長期的な水準は参考までに示されているに過ぎないため、勿論そのようなことは無い。

ここまで誤解が解かれてきても、なお残る不安感を払拭するためには別途の解決策が必要である。まず内容が難解なため、当事者の分かりやすい説明と広報の更なる充実が望まれる。自身も専門職能団体(https://general.jscpa.or.jp/about/index.html)のメンバーで、説明・広報は間接的に団体の目的に沿っていることもあり、引き続き積極的に協力したい。次に政治的な側面では、諸外国では社会保障関連事項は政争の具にしないのが通例だが、わが国では部分的に切り取られた批判的な発言があとを絶たず、チェックをすり抜けてそのまま国民に伝えられることが少なくない現状を改善すべきである。

今後理解が進んで不安感が拭えたとしても、なお「安心」までには至らない。制度見直しの安定装置を自ら備えてはいるものの、マクロ経済スライドで当面は年金額が一定程度低減していくことは確実なので、国民一人ひとりが「分布推計」などで可視化された将来の姿を見据えて、自助努力も継続していくことが肝要である。

小川 伊知郎


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