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Well-being『職域での従業員に対する金融経済教育の課題』

村井 幸博

目次

「雇用者に対する資産形成の強化」

2022年11月に公表された政府の「資産所得倍増プラン」の第四の柱に「雇用者に対する資産形成の強化」が掲げられ、金融審議会の顧客本位タスクフォースの中間報告(2022年12月)にも「金融経済教育の機会提供に当たっては、企業等における職域での取組みが鍵となる。・・・積極的な活動に官民一体となって取り組むべきである。」とされている。

金融経済教育の中心的な役割を担うのは金融経済教育推進機構(2024年4月設立予定、同年8月本格稼働予定)であるが、事業概要が明らかになり、今後その実際の取組みが注目される。

筆者は、長年機関投資家として投資業務に従事し、その経験を踏まえて職域での従業員向けの金融経済教育を実際に行ってきた。そこで感じた課題をまとめたい。

従業員に対する金融経済教育の課題

第1は、従業員の金融経済教育に対して、会社がどの程度真剣に取り組むかである。金融経済教育の効果として、雇用者の満足度・定着率の向上、人的資本戦略上の重要性などがあげられている。しかし、会社が行うべき従業員に対する教育には、キャリア、コンプライアンス、IT、リスキリングなど多数ある。その中で、会社業績に直結しにくい金融経済教育の優先順位は高くはない。従業員の金融リテラシー向上は有意義だと考えるが、会社および従業員がどこまで優先順位を高めるかが疑問である。2018年に法律上努力義務化した企業型確定拠出年金(DC)の継続的な投資教育であってもその実施・取り組み状況が十分であるとは思えない。

第2は、金融経済教育のパーソナライゼーションの問題である。実際に企業で金融教育を行うと従業員の知識、関心分野、個別事情など大きな差があり、画一的な研修だとどこまで実効性があるか疑問が残る。金融リテラシーの向上は簡単なことではなく、相当の経営資源(従業員の時間とお金)が必要となる。理想はパーソナライゼーションであるが、従業員にとってメリットを実感でき、公平かつ安価な仕組みを作るには工夫と努力が必要だと考える。

第3は、金融経済教育の担い手の問題である。お金についての教育、相談の受付、行動変容につなげるには、相当の知識と経験、コミュニケーション能力が必要となる。特に投資の場合、損失の可能性があるので、教育や相談の難しさを感じる。投資は、投資理論に加えて、各個人の性格や心理、個別の事情、そして相手に信頼される人格と経験が必要となる。担い手として金融経済推進機構が認定する中立的なアドバイザーに期待がかかるが、報酬の水準やアドバイザーの質の確保など想定される課題も多い。

試行錯誤しながら継続することが重要

しかし、日本の長期的な人口減少を考えた場合、日本および日本企業の成長と個人の豊かさ実現のためには、資産運用・投資立国として、投資が社会実装化されることが必要である。ただ、それには相当な時間と官民一体となった仕組み作り、そして試行錯誤が必要だと考える。マーケットは現在のような上昇局面ばかりではない。大きな下落局面も必ずあると考える。この下落局面で投資に対する考え方が大きく変わってしまったのが過去の歴史からの教訓である。「長期・積立・分散」投資と同様、多少失敗することがあっても、覚悟して長期的にコツコツ継続できるかが鍵となる。

村井 幸博


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。