時評『生成AIとの共創によるイノベーションの進化』

藤井 邦幸

イノベーションは、様々な制約からの解放によって生まれると言われている。島田啓一郎氏によれば、これらの制約は「経済的」「内容的」「精神的」「社会的」「物理的」の5分野に整理することができるとしている。

1980年代に一世を風靡した携帯型カセットプレイヤーは、利用場所や携帯性といった「物理的制約」から人々を解放し、いつでもどこでも音楽を楽しめる環境をもたらした。その後2000年代になると、デジタルオーディオプレイヤーと音楽配信サービスにより、膨大な楽曲からその日の気分に合わせて音楽を選んで聴けるようになった。これはコンテンツの種類といった「内容的制約」や、レンタル店に足を運んだり、ダビングしたりといった面倒、つまり「精神的制約」から解放したイノベーションの一例である。さらに、コロナ禍により、空間や場所に関する「物理的制約」が強まった結果、映画館に行かなくても楽しめる定額制動画配信サービスや、別の場所にいてもコミュニケーションを取ることが出来るオンライン会議やリモートワークの普及が一気に加速した。これらも「物理的制約」を解放した事例と言えるだろう。

2022年11月にChatGPTが発表されて以来、誰もが気軽に様々な生成AIに触れることが出来るようになった。それから1年も経たないうちに、急速に普及し、いまなお進化を見せている。ビジネスの世界において、生成AIは先ほどの5つの制約すべてを解放する可能性を秘めていると筆者は考える。

まず、生成AIが企業の生産性向上に大きく寄与することはいまやもう議論の余地はなく、「経済的制約」を打破することは間違いない。さらに、生成AIの高度なデータ処理と分析能力は、企業が持つ大量の情報を瞬時に処理し、未解決の問題や新しいビジネスチャンスを明らかにすることができることから「内容的制約」を解放するポテンシャルを持っている。また、面倒なルーチンタスクを自動化することができることから、従業員を「精神的制約」から解放し、創造的な業務へリソースを振り向けることができるようになる。生成AIに対しては無茶ぶりも可能であり、人間関係を気にする必要がないという点においても「精神的制約」から解放されると言える。さらに、生成AIが持つ言語翻訳能力やクロスカルチャー間のコミュニケーション能力により、海外の壁である「社会的制約」を取り払うことができると考えられる。最後に、生成AIは24時間365日、どこからでも利用できることから、時間や空間といった「物理的制約」からも解放されるであろう。

企業レベルでは大いに役立つことは分かったが、個人レベルではどのように向き合ったら良いだろうか。ビジネスの世界では、企画・調査能力、調整能力、語学力、資料作成能力、プレゼン能力、ITスキルなど多岐にわたる能力が求められているが、これらを全て兼ね備える人材は極めて稀である。生成AIは、これらの能力のうち自分自身が不得手な能力を補完する存在となりうると考えられる。

テニスを例に取ると、一流のプレイヤーと1対1で勝つのは難しいかもしれませんが、2対1、つまりこちらがダブルスで戦えば勝機は十分に生まれる。生成AIをパートナーとして迎えることで、自分の足りない能力を補うことができる。もちろん、生成AIはまだハルシネーションの問題(事実と異なる回答を生成する問題)や、倫理的な課題を抱えており、完璧とは言えないが、これらの問題を理解し、適切にパートナーとして利用することで、個人の能力は飛躍的に向上するだろう。

生成AIとの共創は、これからのビジネスの世界において避けて通れないものとなるだろう。しかし、その技術を最大限に引き出すためには、個々の知見と適切な判断が必要となる。私たちは、この新しいパートナーとどのように向き合い、どのように新しい価値を創造していくのか、絶えず模索し続けなければならない。

藤井 邦幸


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