時評『「つながり」が創造する新たなキャリア』

〜社会関係資本を活用した起業・副業への途〜

榎並 重人

過日、知人からSNS経由で起業するとの連絡があった。その後、時を経ず資金調達も完了との第二報が入り、無事に事業がスタートしたようであった。安住の地で長らく働いている筆者は、起業に対して感嘆と憧憬の念を抱き、直接本人から起業に至る経緯を聞くことにした。

彼は40歳代半ば、本業の仕事を抱えながら今春大学院を卒業し、ほぼ同時期に縁あって、愛媛県の宇和島で地元名産の真珠を使用した地域共創ビジネスを副業として起業したとのことであった。そして彼の起業のパートナーは大学院時代の同期生であり、また彼らの友人、知人を中心にクラウドファンディングを通じて資金を調達したとのことである。

「本業を持ちつつ大学院に通い、そこで知り合った同期生が起業のパートナー」、「彼らの友人、知人を中心としたクラウドファンディング」という彼の起業までの経緯を読み解くと、起業という新たなキャリアは、彼らがこれまで蓄積した社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の活用の他ならない。社会関係資本の学術的な定義や解釈はここでは省略するが、簡単に言えば、人とのつながり、人との信頼関係・互酬性、ネットワークである。

書籍『プロティアン』(田中研之輔著 日経BP社)によると、社会や環境の変化に応じて柔軟に働き方やキャリアを変えていくために必要な要素を資本に例えて、①ビジネス資本:スキル・資格・職歴等、②社会関係資本:持続的なネットワーク等、③経済資本:資産・財産等、の3つを挙げており、VUCAの時代を生きる私たちには社会関係資本の蓄積や活用が重要な旨を説いている。

そして目下進行しているのが、社会関係資本の格差の拡大であろう。終身雇用の下、本業の勤務先のみで社会関係資本を蓄積する旧来型と、働き方改革や副業解禁などの流れをいち早く活用する、勤務先以外の第三の場で学びや交流の場に参画することにより社会関係資本を蓄積する最新型に二分するとしよう。当然ながら最新型の社会関係資本の量は旧来型と比べて大きくなり、そしてSNSの活用がその増加に拍車をかけているのである。

また両者間には、量の差以外に質の差も存在する。旧来型はつながり、結束力が強固で同質性の高い集団を礎としているため、予め決められた目標を遂行する力は強い。一方で後者はつながり、結束力が弱く、異質性の高い集団を礎としている。アメリカの社会学者であるマーク・グラノヴェターの「弱いつながりの強さ(Strength of weak ties)理論」にあるように、多くの弱いつながりを通じて、異質な人から新たな既存知を獲得すること、つまり知の探索が起こることによってイノベーションが創出されるというのが最新型の社会関係資本の特質である。

冒頭に登場する知人も、過去のキャリアに真珠は登場しないが、彼のこれまでの既存知と、弱いつながりを通じてつながった異質な起業パートナーから新たに得た既存知が融合したことにより、「真珠を使用した地域共創ビジネス」という彼らのイノベーションが創造されたと推察するのである。

定年退職後に「やることがなくなった」と嘆く方が多いが、本業の勤務先のみで蓄積された社会関係資本は定年と同時にゼロになるということに起因しているのである。VUCA、混沌の中で将来に向けたキャリアの創造が求められる時代において、社会関係資本の量と質が重要な要素であることは間違いない。筆者自身も、自らの社会関係資本の量と質の棚卸に着手し始めたところである。

榎並 重人


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。