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2025.10.22
アジア経済
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インドネシア・プラボウォ政権発足1年、課題山積で逆風吹き止まず
~中銀は事前予想に反して金利据え置きも、景気下支え姿勢を維持、ファンダメンタルズには要注意~
西濵 徹
- 要旨
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インドネシアでは20日にプラボウォ政権が発足1年を迎えた。大連立により安定した政権基盤を築いたが、閣僚の大幅増員により国内外で「肥満内閣」と批判された。ただし、政権発足当初は公約実現に向けた動きを活発化させて高い支持率をみせたが、議員優遇や所得格差、安価な中国製品の流入による雇用悪化などを受けてZ世代や労働者の不満が高まり、8月末以降に全国的な反政府デモが発生した。さらに、デモ鎮圧に際して死傷者が出た上、政府による情報統制やその後の歳出削減などの動きは反発を一層強めた。
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プラボウォ大統領は、デモ収束のためにスリ=ムルヤニ前財務相の解任などに動いたが、金融市場からの信任が厚い同氏の更迭は財政運営に対する責任転嫁との見方は根強い。さらに、政府と中銀が締結した新たな協定では中銀の独立性に対する懸念を招いており、その後のルピア相場は上値が抑えられる展開が続く。今年前半の景気は輸出の駆け込みや利下げの効果も重なり堅調さを維持したが、足元の景況感は悪化しており、政府は食糧支援や現金給付などの景気対策を小出しに行うなど対応を迫られている。
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中銀は昨年以降、景気下支えのために断続的な利下げを実施してきたが、22日の定例会合では事前の利下げ予想に反して政策金利を据え置いた。中銀は物価や為替の安定を強調しつつ、景気下支えに向けた姿勢を維持する考えをみせたが、このところのルピア安や為替介入に伴う外貨準備の減少に配慮した可能性がある。政権は事態収拾のため景気浮揚を優先した政策運営を強化すると見込まれるが、財政や外貨準備など経済のファンダメンタルズの脆弱さが増す可能性もあり、その動向に注意を払う必要がある。
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インドネシアでは今月20日、プラボウォ政権が発足して丸1年が経過した。同政権を巡っては、すべての政党が連立入り、ないし閣外協力する大連立により強固な政権基盤を構築する一方、論功行賞のために大臣ポストが大幅に増員されるなど膨張せざるを得なかった。その結果、国内外で『肥満内閣』と揶揄された。その一方、ジョコ前政権の肝煎り政策である新首都(ヌサンタラ)移転事業のほか、学校給食の無償化、公務員給与の引き上げ、低所得者向け現金給付と住宅建設、無償での健康診断の実施や病院増設、学校改築など、多岐にわたる公約実現に向けて、海外からの支援受け入れを積極化させる動きをみせた。こうしたこともあり、発足から100日のいわゆる『ハネムーン期間』における政権支持率は高水準になるとともに、ジョコ前政権よりも高いなど、上々の滑り出しをみせた(注1)。
しかし、国会議員への高額な住宅手当など厚遇ぶりが明らかになったことをきっかけに、学生などいわゆる「Z世代」を中心に政府に対する反発が強まっている。さらに、労働者を中心に最低賃金引き上げや派遣労働の廃止、解雇規制の強化、税の軽減を求める声も高まった。その背景に、米中摩擦が激化するなかで中国は米国以外への輸出を活発化させ、安価な中国製品の流入が企業業績や雇用の悪化を招いていることがある。8月末から9月にかけて全国規模で反政府デモが激化したが、当局は鎮圧に動くも多数の死傷者が発生したことを受けて、当局が情報統制に動いたことでさらなる反発を招いた(注2)。また、政府はバラ撒き政策を重視する一方、金融市場で財政運営に対する懸念が高まったことを受けて歳出削減に動いたものの、その対象が教育関連や福祉関連、公共事業関連であったため、幅広い経済活動に悪影響が出たことで国民の不満が高まった。
プラボウォ大統領は事態収拾を目的に、反政府デモの標的とされたスリ=ムルヤニ前財務相の解任を決定したが、これは財政運営を巡ってプラボウォ氏と過去に何度も対立した同氏をスケープゴート(生け贄)にしたと考えられる(注3)。事実、その直前に政府と中銀が共同で公表した新たな協定では、政権公約に掲げる事業進捗を後押しすべく、政府の中銀預金に対する金利引き上げという内容が盛り込まれるなど、財政運営に対する不透明感や中銀の独立性が懸念されている。その結果、このところの金融市場においてはトランプ米政権の政権運営の不確実性に加え、FRB(米連邦準備制度理事会)による利下げ実施も重なり米ドル安が意識されやすい状況にもかかわらず、通貨ルピアの対ドル相場の上値が抑えられる展開が続いており、財政運営や中銀の独立性への懸念が影響しているとみられる。また、政府はデモの収拾に向け労働組合の幹部や活動家などと会談し、改革に関する要望(17+8の要求リスト)が提示された模様だが、その大半が未着手である上、その後に議会の休会中に議員に支給される手当が倍増されたことが新たに判明し、反発が一層強まっている。さらに、プラボウォ氏の肝煎りとして実施された学校給食無償化では、数千人の生徒が食中毒に見舞われており、この件でも反政府デモが繰り広げられる展開が続く。

今年前半のインドネシア経済を巡っては、トランプ関税の本格発動を前にした輸出駆け込みの動きに加え、インフレ鈍化や中銀による断続的な利下げ実施も追い風に個人消費は下支えされるなど、比較的堅調な動きが確認されている。米国による相互関税は19%と周辺のASEAN(東南アジア諸国連合)主要国と同水準になるとともに、先月末にはEU(欧州連合)との自由貿易協定(FTA)が締結され、直ちに9割以上の製品に対する輸入関税が撤廃されるなど、外需を取り巻く環境改善が期待される動きはみられる(注4)。しかし、足元では企業、家計ともにマインドは悪化しており、景気の先行きに不透明感が山積するなか、プラボウォ政権は9月に食糧支援や緊急雇用措置などをはじめとする総額16.23兆ルピア(GDP比0.07%)の総合経済対策を発表している。具体的には、1,830万世帯を対象とするコメの配布、観光産業従事者に対する所得税免除、インフラ整備に加え、新卒者に対する有給のインターンシップ、運送業従事者に対する公的傷害保険の保険料減免、零細企業に対する売上税の据え置きなどを行うとした。こうした状況ながら、プラボウォ政権は今月17日にも追加経済対策を講じるとした上で、3,500万世帯を対象に総額30兆ルピア(GDP比0.13%)の現金給付のほか、有給のインターンシップ拡充、年末年始を対象に航空運賃に対するVAT(付加価値税)減免を行うとしている。なお、政府が小出しに景気対策を実施する背景には、財政運営に対する金融市場の警戒感が根強いことが影響している可能性がある。

このように政府が景気下支えに注力していることを受けて、中銀は昨年から断続的な利下げを実施するとともに、上述したように政府の中銀預金に対する金利を引き上げるなど、政策の総動員により景気下支えの動きを側面支援している。年明け以降のインフレ率は前年に鈍化した反動で加速しているものの、引き続き中銀目標(2.5±1%)の域内で推移しており、政府の中銀への『圧力』が強まっていることも影響している可能性がある。こうしたなか、中銀は22日に開催した定例の金融政策委員会において4会合ぶりに政策金利(7日物リバースレポ金利)を4.75%に据え置くことを決定した。会合後に公表した声明文では、世界経済について「減速が続いている」とした上で、「米国の関税政策は世界貿易の足かせとなる兆しはあるが、成長率は以前の見通しに比べてわずかに高い」としつつ、「新興国への資金流入の動きは世界的な不確実性を理由に不安定な状況にある」との見方を示している。一方、同国経済について「良好だが、潜在成長率を上回る成長実現には政策支援が必要」とした上で、「年後半は公共投資が景気を下支えし、通年の経済成長率は+4.6~5.4%の中央値をわずかに上回り、来年には改善が見込まれる」との見通しを示している。また、対外収支についても「今年通年の経常赤字は見通しより小幅になり、来年も資金流入に下支えされる」としつつ、ルピア相場については「世界的な不確実性のなかでも管理可能である」との認識を示すとともに「スポット市場、ノンデリバラブル・フォワード市場、流通債券市場での為替介入を続け、先行きは安定が見込まれる」としている。そして、物価動向について「コアインフレ率の低さは景気が潜在成長率を下回ることが影響している」として「今年も来年も目標域内で推移する」との見通しを維持している。事前の市場予想では中銀が追加利下げを迫られるとの見方が強まったものの、今回は金利を据え置く一方、国内金融市場について「中銀の利下げ幅に比べて市中銀行の貸出金利の低下が遅い」と指摘するなど景気下支えに注力する姿勢を強めている様子がうかがえる。なお、今回中銀が利下げを躊躇した背景には、このところのルピア安に対して為替介入を迫られたことで足元の外貨準備高が減少しており、IMF(国際通貨基金)が金融市場の動揺への耐性の有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」を下回る水準となっていることも影響している可能性がある(注5)。プラボウォ政権を取り巻く環境が厳しさを増すなか、事態打開に向けて景気浮揚をこれまで以上に意識した政策運営が志向されると見込まれるものの、その背後で経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱さを増す可能性には注意が必要である。


注1 1月23日付レポート「インドネシア・プラボウォ政権、ハネムーン期間は「上々の船出」の模様」
注2 8月29日付レポート「インドネシアで反政府デモ激化、民主化の行方に不透明感も」
注3 9月9日付レポート「インドネシア財務相解任、デモ収束への「生け贄」か、財政運営に懸念」
注4 7月16日付レポート「インドネシアが通商協議を加速、EUや米国と合意に至った模様」
注5 10月1日付レポート「ドル安もルピア安収まらず、インドネシアは為替介入を続けられるか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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