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2026.05.12
アジア経済
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インド・モディ首相、在宅勤務など燃料需要抑制策を呼び掛け
~州議会選での与党勝利を受けて外貨準備防衛に舵、インド市場には「我慢の時期」となるか~
西濵 徹
- 要旨
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中東情勢の緊迫化によるエネルギー価格の高騰は、中東からの輸入に依存するアジア新興国に打撃を与えている。インドでは、国民生活への悪影響を抑える対応が取られた。背景には、4月に5州・連邦直轄地で予定されていた議会選が影響したと考えられる。結果は与党BJPにとっておおむね良好な内容となり、全体として「金星」ともいえる結果となった。
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選挙結果が明らかになった5月10日、モディ首相は在宅勤務や公共交通機関の活用による燃料需要の抑制、海外渡航、金購入の自粛、化学肥料の使用削減を国民に要請した。インドは原油需要の約9割を輸入に依存する世界第3位の原油輸入国であり、化学肥料も輸入依存度が高い。エネルギーと肥料の輸入コスト増大により対外収支の急速な悪化が懸念される。
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ルピー相場は最安値を更新し続けており、中銀は4月にNDF規制強化で対応したが、効果は限定的である。ルピー安によるインフレ加速懸念から中銀の金融緩和観測も後退し、株価(ムンバイSENSEX)も上値が重い。中東湾岸の移民労働者からの送金減少も内需を下押しするリスクとなっており、インド市場は当面「我慢の時期」が続く可能性に要注意だ。
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- 目次
【燃料供給優先姿勢も追い風に、モディ政権を支える与党BJPは議会選挙で善戦を果たす】
中東情勢の緊迫化による原油供給懸念やエネルギー資源価格の上昇は、中東からの輸入に依存するアジア新興国に悪影響が色濃く現れている。なかでも原油備蓄が少ない国では、燃料需要の抑制に向けて配給制や購入制限などの対応が広がりをみせている。こうしたなか、インドでは国民に対してパニック買いを控えて節約を呼び掛ける一方、国営石油公社が損失を吸収して供給を継続した。そのうえで、軽油やジェット燃料に対する輸出税を引き上げて国内向け供給を重視したほか、LPG(液化石油ガス)を家庭向けに優先的に供給してきた。また、ガソリンや軽油の価格引き上げを回避するなど、国民生活への悪影響を抑える対応をみせてきた。
背景には、4月に5つの州・直轄地(アッサム州、ケララ州、プドゥチェリー連邦直轄地、タミルナドゥ州、西ベンガル州)で議会選挙が予定されていたことがある。仮に選挙前に燃料の需要抑制策によって実体経済に悪影響が生じれば、モディ政権を支える最大与党BJP(インド人民党)にとって逆風となることが懸念された。改選前の段階でBJPは全31州・連邦直轄地のうち21州・連邦直轄地で与党を形成しており、BJPは2026年を「全国制覇」に向けた重要な年と位置付けてきた。こうしたなか、今回改選対象となるタミルナドゥ州と西ベンガル州は、BJPが強みとする宗教(ヒンドゥー教)以上に、言語や民族としてのアイデンティティが強く、過去の選挙で苦戦してきた経緯がある。したがって、BJPはこれらの州での与党奪取を目指す姿勢を鮮明にしてきた。
こうしたなか、改選前にBJPが与党、ないし与党連立の一角を形成したアッサム州とプドゥチェリー連邦直轄地では順当に勝利を収めた。なかでも、アッサム州ではBJPを中心とする与党連立が議席を大きく増やし、BJPが単独で過半数の議席を獲得するなど政権基盤を一段と安定化させた。前述したように、西ベンガル州は独自の言語と文化を有するベンガル人としての民族意識が強く、地域政党のTMC(全インド草の根会議派)が長年にわたって与党の座を守ってきたが、今回の選挙ではBJPが大幅に議席を増やして単独で半数を上回る議席を獲得し、同州で初めて政権を獲得することに成功した。
その一方、タミルナドゥ州では人気映画俳優のジョセフ・ビジャイ氏が結成した新党TVK(タミラカム勝利党)が大躍進を果たし、1967年以降に同州で与党を担った2大地域政党(DMK(ドラヴィダ進歩党)、AIADMK(全インドアンナ・ドラヴィダ進歩党))以外の政党が与党となるなど、政局に地殻変動が起こった。ケララ州においても、改選前に与党であった左派のLDF(左翼民主戦線)が惨敗し、中央政界で最大野党・国民会議派を中心とするUDF(統一民主戦線)が政権を奪還した。全体としてみれば、今回の選挙はBJPにとって「金星」ともいえる結果となったと捉えられる。
【モディ政権、外貨準備防衛へ燃料・肥料需要の抑制を要請】
州議会選でBJPは善戦を果たすなど、モディ政権が主導した国民生活への悪影響を抑える戦略は奏功したと捉えられる。こうしたなか、モディ首相は5月10日に南部ハイデラバードで演説を行った。そのなかで、中東情勢の緊迫化を受けた原油をはじめとするエネルギー価格の高騰に対応するため、国民に対して在宅勤務の導入、公共交通機関の利用やEV(電気自動車の利用)による燃料需要の抑制を呼び掛けた。さらに、外貨準備高の維持を目的に、最低1年は不要不急の海外渡航や海外での挙式、金の購入など外貨流出につながる行動を控えることを求めた。農家に対しては、化学肥料の消費を半分に抑えて自然農法に移行すれば、外貨や農業、地球を守ることができると述べるなど、化学肥料の使用抑制を呼びかける動きをみせた。
インドは、国内の原油需要の約9割を輸入に依存する世界第3位の原油輸入国である。ウクライナ戦争を受けて、欧米などはロシアへの経済制裁を強化したものの、インドは割安なロシア産原油の輸入を拡大させた。その結果、ウクライナ戦争前は原油輸入の7割以上を中東産が占めたものの、2025年には4割をロシア産が占めるなど状況は大きく変化していた。しかし、トランプ米政権がインドに対する「ペナルティー」として高関税を課したため、その後の協議を経て、2月にインドはロシア産原油の輸入を停止し、米国産やベネズエラ産原油に切り替えることで合意した。その直後に中東情勢が緊迫化したことを受けて、米国は時限措置としてインドにロシア産原油の輸入を認めている。なお、インドは一次エネルギーに占める石炭比率が46.4%とアジア新興国のなかで比較的高く、原油や天然ガスの価格上昇の影響を比較的受けにくいとされるものの、中東情勢のひっ迫化以降は各国で石炭などの代替需要が拡大しており、石炭価格も高止まりするなどエネルギー価格の上昇を招いている。
さらに、窒素系肥料の原料である尿素の世界輸出量の3分の1を湾岸産油国が占めており、中東情勢の緊迫化による供給懸念の高まりを反映して国際価格は大幅に上昇している。同国は世界第2位の化学肥料消費国であり、国内需要の大部分を輸入に依存している。原油や天然ガスに加え、肥料価格の上昇も重なる形で対外収支は急速に悪化する懸念が高まっている。インドの原油や石油製品、天然ガスなどの収支(輸出入の差し引き)はGDP比▲3.2%の赤字と試算されるため、原油価格の上昇はマクロ経済の下押し要因となる。そのうえ、公式統計では国家備蓄と民間企業の在庫を合わせて74日分の備蓄があるとしているものの、事態が長期化するなかで厳しさが増している。
【金融市場を巡る状況がモディ首相を後押しするも、先行きも「我慢の時期」が続くか】
モディ首相がこうした姿勢に舵を切った背景には、インドがかつて、湾岸戦争をきっかけとする原油高騰を受けて、対外収支が悪化して外貨準備の枯渇が警戒され、債務危機に陥ったことが影響している。足元のインドの外貨準備高は、IMF(国際通貨基金)が金融市場の動揺への耐性を示すARA(適正水準評価)に照らして、「適正水準(100~150%)」の水準にあると試算されるなど、危機的状況にはほど遠い(図1)。しかし、前述のように中東情勢の緊迫化を受けた原油、天然ガス、化学肥料の価格上昇により輸入額が押し上げられており、対外収支は急速に悪化している。足元では事態打開の見通しが立たず、需要抑制に動かなければ対外収支のさらなる悪化を招くことが懸念された。

金融市場においては、通貨ルピー相場は最安値を更新する展開をみせてきた。こうした事態を受けて、RBI(インド準備銀行)は4月、投機的取引への取り締まりを強化するとともに、銀行の国内ポジション規制を厳格化する方針を明らかにした。具体的には、認可ディーラーに対してルピーに関連するNDF(ノン・デリバラブル・フォワード)をインド国内の居住者、または非居住者に提供することを禁じるとした。この決定を受けて、その後のルピー相場は一時的に持ち直したものの、中東情勢の道筋がみえないなかで再び調整に転じるとともに最安値を更新している(図2)。慢性的な経常赤字を抱えるインドにとってルピー安は輸入物価の上昇を通じたインフレの加速を招くことが懸念される。

中東情勢の緊迫化以降は主要株価指数(ムンバイSENSEX)も上値の重い展開が続いている(図3)。原油高によるエネルギーインフレへの懸念に加え、ルピー安による輸入インフレがさらなる物価高を招く懸念も重なり、RBIによる金融緩和観測が急速に後退していることが影響している。世界的にはAI(人工知能)関連需要への期待が株価を押し上げる動きがみられるものの、インド株についてはIT産業の割合が高いにもかかわらず、その多くがAIと競合するSaaS関連であるなどその恩恵を受けにくいとの見方が相場の重しとなっている可能性がある。さらに、インド経済の成長の原動力となってきた個人消費をはじめとする内需も、900万人を上回る中東湾岸諸国への移民労働者の送金額はGDP比3%弱に達するため、その減少が足を引っ張ることが懸念される。今後はモディ首相が燃料需要の抑制に舵を切ったことで、幅広い経済活動に悪影響が出ることが予想され、結果的に株価のさらなる重しとなることも考えられる。インド市場にとっては「我慢の時期」が続く可能性に注意が必要であろう。

西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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