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2025.10.01
アジア経済
アジア金融政策
インドネシア経済
為替
ドル安もルピア安収まらず、インドネシアは為替介入を続けられるか
~通貨危機のリスクは低いが、為替介入で耐性は着実に低下、市場に配慮した対応が求められる~
西濵 徹
- 要旨
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トランプ米政権の不透明感やFRBの利下げを背景にドル安基調が続くなか、多くの新興国通貨が上昇している。しかし、インドネシアのルピアは資金流出圧力に晒され下落している。背景には、プラボウォ政権の財政運営への懸念、反政府デモの拡大、中銀の独立性に懸念が高まっていることがある。
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さらに、足元ではプラボウォ政権肝煎りの学校給食無償化事業を巡る混乱に加え、民主化の後退が懸念される動きも表面化している。中銀は積極的な為替介入によりルピア安圧力を抑える動きをみせるが、財政支援に対する関与に加え、先月の利下げ決定も重なり、その独立性に対する疑念が高まっている。
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足元の外貨準備高は当面の危機回避に十分な水準にあると捉えられる。しかし、IMFが示す金融市場の動揺への耐性は不十分と試算される上、為替介入による減少も懸念される。通貨危機に陥るリスクは低いが、金融市場は再燃リスクを意識するなか、政府と中銀には市場を配慮した政策運営が求められる。
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このところの金融市場では、トランプ米政権の政策運営を巡る不透明感に加え、FRB(連邦準備制度理事会)による利下げも追い風に、米ドル安が意識されやすい展開が続いている。こうした状況下で、多くの新興国通貨には上昇圧力が掛かっているものの、インドネシアの通貨ルピア相場はむしろ調整の動きを強めるなど資金流出圧力に晒されている。このきっかけは、国会議員に対する厚遇問題のほか、近年の中国からの輸入拡大を背景に製造業を中心に雇用環境が悪化している上、プラボウォ政権による財政運営を巡る懸念が幅広い経済活動に悪影響を与えるなか、反政府デモが広がったことがある(注1)。さらに、プラボウォ政権は早期の事態収拾を目的に内閣改造を実施したが、そのなかで財政運営を巡って度々プラボウォ氏と対立した前財務相のスリ=ムルヤニ氏を解任し、同氏を『生け贄』とするような対応をみせた(注2)。そして、スリ=ムルヤニ氏の解任により財政運営に対する懸念が高まるなか、政府は中銀と新たな協定を締結して事実上の財政支援が可能となるとともに、中銀は先月の定例会合で追加利下げを決定するなど、中銀の政策判断に対する『圧力』が示唆される動きもみられた(注3)。このように、財政運営に対する懸念に加え、中銀の独立性が脅かされる懸念が高まっていることも、ルピア相場の重石となっている。

中銀は、過去にもルピア相場の安定に向けて3市場(スポット市場、ノンデリバラブル・フォワード市場、流通債券市場)において為替介入を行っており、足元の事態を受けてあらゆる手段を大胆に活用してルピア相場の安定を図る方針を示している。よって、ルピア安が進んだなかで積極的な介入を実施しているとみられ、結果的にルピア安のペースが抑えられてきた。しかし、足元ではプラボウォ政権の肝煎りで今年1月から開始されている学校給食の無償化を巡って、拙速な事業化拡大を背景に集団食中毒が相次いでおり、全土で8,000人を上回る児童が被害を受けている模様である。プラボウォ氏は当該事業を通じて、年末までに8,300万人を対象に無償で給食を提供するとの目標を掲げているほか、当該事業に関連する予算は今年度の171兆ルピア(GDP比0.8%)から来年度には倍増する見通しとなっている。プラボウォ政権は、金融市場の懸念を払しょくするために1月末に歳出削減に動いた。しかし、インフラ整備など公共投資が削減対象となったことで、幅広く経済活動に悪影響を及ぼすとともに、反政府デモの激化を招いた可能性がある。さらに、先月にはプラボウォ氏に学校給食無償化を巡る対応について質問した記者に対して、大統領府が記者証を一時はく奪するなど、ここ数年同国で民主化に逆行する動きが顕在化しており、そうした懸念を一段と印象付ける事案も発生している。こうした出来事も資金流出圧力を強め、ルピア安圧力を招いている。
インドネシアは1990年代末に発生したアジア通貨危機で大きな打撃を受けた国のひとつであり、資金流出が強まる局面では再燃リスクに対する懸念が高まりやすい。8月末時点における外貨準備高の水準をみれば、月平均輸入額の7ヶ月分近くにあると推計されることから、外貨準備高の枯渇が懸念される状況にはほど遠いと捉えられる。その一方、IMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺に対する耐性の有無を示す基準(ARA:適正水準評価)に照らすと、「適正(100~150%)」にわずかに足りないと試算される。さらに、9月以降にルピア安が進行していることに鑑みれば、為替介入を通じて外貨準備高が減少しているとみられ、金融市場の動揺への耐性が一段と低下している可能性がある。外貨準備高の水準だけをみれば、為替介入を続ける余力は充分と捉えられる一方、その背後で金融市場の動揺への耐性は蝕まれるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱性が高まる懸念に配慮せざるを得ない。先行きはドル相場の行方が変化する可能性もくすぶるなか、中銀、政府にはこれまで以上に市場動向に配慮した政策運営が求められることは間違いない。

注1 8月29日付レポート「インドネシアで反政府デモ激化、民主化の行方に不透明感も」
注2 9月9日付レポート「インドネシア財務相解任、デモ収束への「生け贄」か、財政運営に懸念」
注3 9月17日付レポート「インドネシア中銀は追加利下げも、為替介入の背後で新たなリスク」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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