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2025.09.09
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インドネシア財務相解任、デモ収束への「生け贄」か、財政運営に懸念
~スリ=ムルヤニ氏は「生け贄」にされた可能性も、財政運営や中銀の独立性への懸念も顕在化~
西濵 徹
- 要旨
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- インドネシアでは先月以降、議員への高額手当や歳出削減の影響を背景に反政府デモが全国に拡大し、一部が暴徒化したほか、議員個人への攻撃に繋がる動きもみられる。プラボウォ政権は住宅手当の廃止や内閣改造により事態収束を図る動きをみせる。なかでも内閣改造でスリ=ムルヤニ財務相を解任した。しかし、金融市場からの信任が厚い同氏の解任は、財政運営への大統領の関与拡大を招くなど不透明感を強める可能性がある。さらに、改正中銀法と政府と中銀による新協定により、中銀の独立性の低下や財政ファイナンスの動きが強まることが懸念される。こうしたなか、金融市場ではルピア、株式、国債が同時に売られる「インドネシア売り」が進行している。同国の成長期待にもかかわらず、政権の短期的かつポピュリズム的な財政運営は、財政の持続可能性や市場からの評価を大きく損なう可能性に注意する必要がある。
インドネシアでは先月末以降、国家議員に対する高額手当のほか、財政健全化を目的に実施した歳出削減のしわ寄せが国民生活に幅広く影響を与えたことをきっかけに、反政府デモの動きが広がっている(注1)。さらに、治安当局はデモの鎮静化へ強硬姿勢に動いた。しかし、死者が出たことで政府は情報統制を強化した。こうした対応が反って政府に対する反発を招いた。その結果、反政府デモは全土に広がるとともに、地方議会の建物が放火されるなど暴徒化する事態に発展した。そして、デモの標的が議員個人に向かうなか、財務相として予算管理を巡って政権内外から批判されてきたスリ=ムルヤニ氏の私宅が襲撃された。こうした事態を受けて、プラボウォ政権は反政府デモのきっかけとなった国会議員への住宅手当の廃止を決定するとともに、治安当局への処分を発表するなど、早期の事態収束を目指す動きをみせた。さらに、プラボウォ大統領は8日に内閣改造を実施し、反政府デモの標的とされたスリ=ムルヤニ氏を解任し、後任の財務相にエコノミスト出身で国有証券会社CEO(最高経営責任者)を務め、直前まで預金保険公社会長であったプルバヤ氏を起用した。
スリ=ムルヤニ氏は、ユドヨノ元政権下で国家開発計画庁長官や、財務相と経済調整担当相を務めたほか、世界銀行の専務理事に転じた後、2016年にジョコ前政権で財務相に復帰したほか、昨年のプラボウォ現政権発足後も財務相に留任した経緯がある。同氏は財務相として財政規律を重視した財政運営に携わるとともに、世界金融危機やコロナ禍といった度々の難局を乗り切ったこともあり、国際金融市場からの厚い信任を受けてきた。一方、プラボウォ政権では財務省が経済担当調整省の管轄から大統領直轄に変更されており、財務省の予算管理に対する大統領権限が強化されるなど、財政運営の行方に懸念が高まっていた。事実、プラボウォ政権は金融市場から財政運営に対する懸念が高まったことを受けて、その払拭を目的に大幅な歳出削減に動いたものの、選挙公約に掲げた政策は重点化される一方、教育関連や福祉関連、インフラ整備など公共投資が削減されるなど『ちぐはぐ』な対応をみせた(注2)。こうした予算管理はプラボウォ大統領の意向が強く反映される一方、一連の反政府デモにおいてスリ=ムルヤニ氏が批判の標的となった背景には、SNSなどを通じて『分かりやすい仮想敵』とされた可能性も考えられる。よって、プラボウォ氏が財政運営を巡って度々対立してきたスリ=ムルヤニ氏をこの機に財務相から解任したことは、同氏を事態収束へのスケープゴート(生け贄)にしたと捉えられる。しかし、上述したようにスリ=ムルヤニ氏は国際金融市場からの信任が厚いことに鑑みれば、今回の解任劇は財政運営を巡るプラボウォ氏の関与拡大に繋がるとの疑念を招くなど、不透明要因と見做される可能性がある。
政策運営を巡っては、別の不透明要因も顕在化している。同国では2022年に成立した改正中銀法において、中銀の政策目標に従来からの物価と通貨ルピアの安定に加え、経済成長の支援が追加されており、中銀による金融政策の独立性が棄損されることが懸念された。また、法改正では、大統領が危機的事態を宣言した際に中銀が政府から国債の直接購入を認めるなど、いわゆる『財政ファイナンス』を是認する内容も盛り込まれた。さらに、中銀総裁や理事の候補者選定に当たっても、指名時点で行政官や政党メンバーであることを禁ずる一方、元政治家の就任を可能としており、中銀に対する介入を行いやすい内容も盛り込まれた(注3)。その後の中銀は独立性に留意した政策運営を行ってきたものの、8日に政府と中銀が共同で公表した新たな協定を巡って疑念が再燃している。協定では、プラボウォ大統領が公約に掲げる計画を資金支援すべく、政府による中銀預金に対する金利を引き上げるという異例の内容となっている。プラボウォ氏は低価格住宅の供給拡大を選挙公約に掲げており、その実現に向けて村落協同組合を設立して国有銀行から融資を行い、住宅ローンの利払いに対する政府補助を行う方針を示している。今回の協定は、財政運営に対する懸念払しょくに向けて中銀に『新たな財布』となることを求めたものと捉えられるなど、新たな懸念要因となり得る。中銀による政府への国庫納付は配当を通じて行われるのが通常であり、預金金利の引き上げは極めて異例である。反政府デモは依然収束の見通しが立たないなか、新協定は政府にとってポピュリズム色の強い財政運営を行うことを一段と後押しすることも懸念される。
このところの金融市場ではトランプ米政権の政策運営に対する不透明感に加え、FRB(米連邦準備制度理事会)による利下げ観測も重なり米ドル安が意識されやすい状況にある。こうした状況ではあるものの、財政運営に対する不透明感や中銀の独立性に対する懸念も重なり、通貨ルピア、株式、国債のすべてに売り圧力が掛かる『インドネシア売り』とも呼べる動きをみせている。インドネシアはASEAN(東南アジア諸国連合)内で最も人口が多い上、若年層比率も高く中長期的な人口増加が見込まれるなど、その成長性への期待は高い。しかし、プラボウォ政権の財政運営は目先の人気取りに終始する対応が続く一方、財政健全化を目的とする歳出削減は中長期的な潜在成長率の向上に繋がる内容が軒並み対象となるなど、持続可能性の観点では甚だ疑問が残る動きをみせている。一連の動きは、金融市場における同国への評価を大きく低下させる可能性を孕んでおり、中銀の政策運営に対する新たなリスク要因となることにも注意する必要がある。

注1 8月29日付レポート「インドネシアで反政府デモ激化、民主化の行方に不透明感も」
注2 3月14日付レポート「市場が抱くインドネシア・プラボウォ政権への「違う、そうじゃない」感」
注3 2022年12月13日付レポート「インドネシアで進む法改正の動きに要注意」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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