インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシア市場を巡る地合い悪化の背景にあるものを考える

~中国依存や「肥満内閣」による財政悪化懸念など、政策の「フリーハンド」を増す対応が求められる~

西濵 徹

要旨
  • このところの世界経済は米トランプ政権の通商政策に揺さぶられている。米中摩擦の一段の激化が避けられず、中国経済への依存度を高めてきた国々に悪影響が出ることが懸念される。インドネシア経済は内需が成長のけん引役となる一方、近年は中国経済への依存度を高める動きをみせてきた。結果、米中摩擦の激化は財輸出のみならず、交易条件を通じてインドネシア経済の足かせとなる可能性が高まっている。
  • ここ数年はインフレに直面したが、商品高の一巡や食料インフレの一服に加え、政府による電力料金補助も重なり足下のインフレは下振れしている。他方、米ドル高によるルピア安懸念は輸入インフレを招く懸念がくすぶるなか、中銀はインフレ鈍化にも拘らず利下げのハードルが高まる事態に直面する。足下では一段の米ドル高が意識されてルピア安が進み、中銀は為替介入に追い込まれる難しい対応を迫られている。
  • 昨年発足したプラボウォ政権はバラ撒き政策を志向するなか、国内的には高い支持率を得るなど上々の出だしを迎えた。他方、財政悪化への懸念が長期金利を高止まりさせるとともに、ルピア安圧力を招いており、結果的に中銀の追加利下げのハードルを高める一因となっている。外需を巡る不透明感に加え、金利高も内需の足かせとなり、中銀の引き締めも相俟って主要株式指数も急速に調整する事態に直面している。
  • プラボウォ氏は任期中に経済成長率を8%に押し上げる目標を掲げるなか、新たな政府系ファンドを設立するなど公的部門への依存度を強める動きをみせる。ただし、すでに公的部門が肥大化するなかで非効率が増大するほか、財政悪化が政策運営の手足を縛る事態も懸念される。人口増を背景にした内需主導型の成長への潜在力は高いなか、「身の丈に合った」目標設定や制度改革が望まれることは間違いない。

このところの世界経済を巡っては、米トランプ政権の通商政策をきっかけに世界的な貿易戦争の動きが広がりをみせるとともに、そうした動きが幅広い経済活動の足かせとなることが懸念されている。米トランプ政権は先月、中国からのすべての輸入品に10%の追加関税を課す大統領令に署名した上、本日(4日)付で追加関税を10%上乗せする大統領令に署名しており、中国からのすべての輸入品に20%の追加関税が課されることとなる。中国では明日(5日)から全人代(第14期全国人民代表大会第3回全体会議)が開催されるなか、当局は昨年後半以降に財政、金融政策を総動員して景気下支えに動く方針を示していることもあり、金融市場は何らかの方策を期待しているとみられる。他方、足下の中国経済は力強さを欠く動きをみせるなか(注1)、中国経済への依存度が高い国々は景気の足を引っ張られる展開が続いている上、米トランプ政権の通商政策の行方を注視せざるを得ない状況にある。

こうしたなか、東南アジア随一の人口規模を有するインドネシア経済を巡っては、個人消費をはじめとする内需が経済成長のけん引役となる展開が続いてきた一方、近年は鉱物資源関連を中心とする中国向け輸出を拡大させており、足下では財輸出の4分の1程度を中国(含、香港・マカオ)向けが占めるなど中国経済への依存度を高めてきた経緯がある(図1)。さらに、コロナ禍を経て外国人来訪者数に占める中国からの来訪者数比率は低下を余儀なくされたものの、昨年は1割弱を占める水準まで回復するなど、サービス輸出の面でも中国経済に対する依存度が高まる動きがみられる。よって、中国経済を巡る不透明感は外需の足かせとなるとともに、商品市況を通じて交易条件の悪化を招く懸念が高まっている。

図表
図表

他方、個人消費をはじめとする内需については、ここ数年は商品高や米ドル高を受けた通貨ルピア安に伴う輸入物価の上昇も重なる形でインフレが上振れし、中銀も物価と為替の安定を目的とする高金利政策を維持したため、物価高と金利高の共存が重石となる展開が続いてきた。商品高の一巡に加え、足下では異常気象を理由とする食料インフレの動きも一服したことでインフレは頭打ちしている上、昨年発足したプラボウォ政権は景気下支えを目的とする電力料金の割引策に動いており、直近2月のインフレ率は前年比▲0.09%と大きく下振れしている(図2)。ただし、電力料金の割引措置は1月と2月の期間限定措置であるため、3月以降はその反動が見込まれる上、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年比+2.48%と昨年初旬を底に緩やかに底入れする動きが確認されるなど、インフレ圧力がくすぶる状況が続いている。

図表
図表

こうした背景には、国際金融市場において米ドル高が意識される展開が続くなか、通貨ルピア相場に調整圧力が掛かるなど輸入物価に上昇圧力が掛かりやすい状況にあることが影響している。上述のように足下のインフレは頭打ちの動きを強めているほか、政策支援の影響を考慮する必要はあるものの、中銀目標の下限をも下回るなど落ち着いた推移をみせている。こうしたなか、中銀は米ドル高の動きが一服した昨年9月にコロナ禍の影響一巡後初の利下げに動いたものの(注2)、その後は米ドル高の動きが再燃したことを受けて追加利下げのハードルが高まる難しい状況に直面してきた。他方、金利高が内需の足かせとなる懸念が高まったことを受けて、中銀は今年1月に緩和サイクルを再開させたものの(注3)、先月の定例会合では再停止せざるを得ないなど一進一退の動きを迫られている(注4)。これは米ドル高の動きが再燃するなか、足下のルピア相場はコロナ禍直後以来の安値を更新する事態に直面しており、中銀は為替介入に動かざるを得ない状況に追い込まれていることも影響している。

図表
図表

こうしたなか、昨年発足したプラボウォ政権を巡っては、『肥満内閣』と揶揄されるなど公的部門の肥大化が懸念されるとともに、選挙公約の実現に向けた歳出拡大が財政状況の悪化を招くことも警戒される状況にある。こうした状況ながら、『ハネムーン期間』と称される政権発足から100日を迎えた今年1月時点における政権支持率は80%を上回るなど極めて高い水準となっており、一連のバラ撒き政策などを追い風に上々の出だしを迎えていると捉えられる。ただし、上述したように中銀はルピア安を警戒して一段の利下げに向けたハードルが高まる状況に直面しており、政府は景気下支えに向けて補助金をはじめとする一段の財政出動に依存させざるを得なくなる事態となっている。結果、金融市場においては政府による歳出増や財政悪化を警戒して長期金利が高止まりする展開が続いており、中銀にとって利下げのハードルが高まる一因となっている可能性がある。こうした状況も影響する形で足下の主要株式指数(ジャカルタ総合指数)は頭打ちの動きを強めており、足下ではその動きが大きく加速するなど金融市場を巡る地合いが急速に悪化している様子がうかがえる(図4)。

図表
図表

昨年の経済成長率は+5.03%と3年連続で5%を上回る堅調な伸びが確認されたものの(注5)、プラボウォ氏は任期中に経済成長率を8%に押し上げるとして、3pt程度と大幅に引き上げる壮大な目標を掲げている。さらに、プラボウォ政権はその目標実現に向けて新たな政府系ファンド(ダナンタラ)を設立させ、同国では銀行、通信、建設、鉱業をはじめとする幅広い分野で国営企業が支配的な役割を果たすなかでその統制を強化するとともに、生可能エネルギー関連のほか、ハイテク関連、食品関連、資源の加工組み立てといった川下産業など幅広い分野を対象とする投資も推進する考えを示している(注6)。とはいえ、上述のようにプラボウォ政権の下で公的部門はすでに肥大化するなか、政府系ファンドを通じて経済における公的部門の役割が一段と高まる事態となれば、クラウディング・アウトを通じて非効率的な動きが顕在化するリスクを孕んでいる。仮にそうした動きがルピア安を招いて中銀の政策運営の手足を縛ることになれば、政府は一段の財政支援に傾注して財政状況のさらなる悪化を招くとともに、そのことが金利高や裁量的な歳出余地を狭めることに繋がる可能性も考えられる。中長期的な人口増加が見込まれるとともに、家計債務の拡大余地も大きいなど内需をけん引役にした経済成長の潜在力が高いことは間違いないなか、そうした環境を生かすための制度の在り様に加えて『身の丈にあった』目標設定を通じた着実な政策運営が望まれるとともに、市場環境の好転にも必要になるであろう。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ