インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ベトナムの高成長目標に暗雲、1-3月GDPは前年比+7.83%に鈍化

~イラン情勢、強権姿勢への懸念はあるが、金融市場は「その後」を見据える動きも~

西濵 徹

要旨
  • イラン情勢の悪化を理由に、ベトナム経済は国内・外で多くの不透明要因に直面している。ベトナムはエネルギーの石炭依存度が高いものの、原油高に伴う石炭価格の上昇や中東産原油への依存、脆弱なエネルギー備蓄により、エネルギー安全保障上のリスクを抱える。政府は調達多角化や消費抑制、関税引き下げ・補助金などの対策を講じているが、3月のインフレ率は前年比+4.7%と中銀目標を上回る伸びに加速するなど、影響が顕在化している。
  • 1月の共産党大会で承認された5ヵ年計画では、今後5年間の成長率を「年平均10%以上」とする目標が掲げられた。しかし、1-3月の実質GDP成長率は前年比+7.83%と鈍化し、目標達成は早くも厳しい状況にある。輸出や個人消費は堅調な一方、サービス業や農林漁業の不振が成長の足を引っ張っており、統計局も目標達成は大きな試練と認めている。
  • イラン情勢の悪化によるホルムズ海峡の事実上封鎖で、湾岸産油国6ヶ国の貿易や経済活動が停滞しており、これらの国への輸出依存度がアジア新興国なかで最も高いベトナムへの悪影響が懸念される。移民送金への影響は限定的と見られるものの、外・内需ともに下押し圧力がかかる。停戦交渉への期待はあるが、正常化に時間を要することに注意が必要である。
  • 国会では、トー・ラム党書記長が国家主席を兼務する人事が承認され、従来の集団指導体制(四柱)から権力集中への転換が図られることが決定した。ベトナムではここ数年、意思決定の遅延が経済活動に悪影響を与えたため、この迅速化が経済を活性化することへの期待がある一方、公安出身者が最高指導部の大部分を占めるなど、強権化への懸念も根強い。
  • FTSEラッセルは9月からベトナム株の「新興国市場」格上げを正式に決定しており、中長期的な海外資金流入やIPO市場の拡大が期待される。ただし、足元ではイラン情勢を受けた投資家心理の悪化から通貨ドン、主要株式指数(VN指数)ともに上値が抑えられている。当面はイラン情勢の行方が市場を左右するが、「その後」を見据えた動きも期待される。

ベトナム経済を巡っては、イラン情勢の悪化による景気低迷が懸念された。ベトナムは、一次エネルギーに占める石炭比率が5割弱とアジア新興国のなかで相対的に高く、原油価格の上昇による直接的な影響は小さいと考えられる。しかし、原油高を受けた代替需要の拡大を反映して石炭価格も上昇しており、エネルギー価格上昇の影響は免れない。なお、ベトナムはASEAN(東南アジア諸国連合)のなかで最大の原油埋蔵量を有するとされるものの、開発は十分に進んでいない。このため産油量は低迷しており、精製能力の乏しさも重なり、原油や石油製品を巡る収支(輸出入の差し引き)はGDP比3%の赤字と試算される。さらに、原油輸入の8割を中東産に依存しており、このところの原油高はマクロ面で経済の足を引っ張る可能性がある。そのうえ、原油の国家備蓄は15日分、石油会社など民間備蓄を合わせても約65日分程度にとどまり、エネルギー安全保障は極めて脆弱である。政府は原油確保に向けてアフリカなどからの調達交渉を加速させる一方、消費抑制に向けた取り組みを強化している。政府や民間部門でのリモートワークの推進、公用車の使用や出張の制限、公共交通機関へのシフト、航空路線の調整など直接燃料需要を抑えることで、幅広く経済活動に影響を与えつつある。その一方、原油高による物価上昇を抑えるべく、激変緩和措置として石油製品の最恵国待遇輸入関税をゼロに引き下げるとともに、補助金による価格抑制に動いている。にもかかわらず、3月のインフレ率は前年比+4.7%に加速して中銀目標(4.5%)を上回るなど、早くも影響が顕在化している。

図表
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ベトナムでは、1月に開催された共産党大会(第14回全国代表者大会)において、2026年から始まる5ヵ年計画が承認され、今後5年間の平均経済成長率の目標を「10%以上」に引き上げる方針が示された(注 )。今年はその初年度として、目標実現に向けた良好なスタートダッシュを切ることを目指したと見込まれるものの、1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+7.83%と前期(同+8.46%)から鈍化して1年ぶりに8%を下回る伸びにとどまった。当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は5%台の堅調な動きが続いていることを示唆しているものの、前述のように高い目標を掲げていることを勘案すれば、力強さを欠いている。昨年以降はトランプ米政権による関税政策に翻弄されているが、輸出は前年比+19.85%と高い伸びが続くなど景気をけん引している。前述のように足元ではインフレが顕在化しているものの、個人消費も前年比+8.45%と旺盛な動きが続いている。分野ごとの生産動向をみると、外需の旺盛さを反映して製造業や鉱業の生産は堅調な推移が続いている一方、外国人来訪者数が頭打ちとなったことでサービス業の生産は鈍化しているほか、農林漁業関連の生産が下振れしたことが景気の足を引っ張っている。この内容を受けて、統計局は成長率目標の達成は大きな試練に直面しているとの見方を示すなど、5ヵ年計画の1年目からベトナム経済は厳しい状況に追い込まれている。

図表
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イラン情勢の悪化によるベトナム経済への影響は、原油にとどまらないことに注意する必要がある。イラン情勢の悪化によるホルムズ海峡の事実上封鎖を受けて、湾岸産油国のうち主要港湾がペルシャ湾の外にあるオマーン以外の6ヶ国(イラク、クウェート、サウジアラビア、バーレーン、カタール、UAE)では、全般的に貿易活動が滞っている。これらの国々のGDPを合わせると、2025年時点で2.5兆ドルとイタリアやロシア並みの経済規模を有すると試算される。これらの国々では、イラン情勢の悪化を受けて国際イベントが相次いで中止を余儀なくされているほか、経済活動を支えてきた「安全神話」も崩壊しており、景気減速が避けられなくなっている。これらの国々は機械製品や電気機械、輸送用機械、食料品といった幅広い財をアジアからの輸入に依存している。ベトナムのこれらの国々への輸出額はGDP比で1.8%に及ぶと試算され、主要なアジア新興国のなかで最も高く、輸出への悪影響は大きい。一方、ベトナムから湾岸産油国への移民労働者数は1万人程度にとどまり、移民送金はGDP比で3%に及ぶものの、イラン情勢悪化の影響は限定的と見込まれる。とはいえ、少なからず移民送金に下押し圧力がかかり個人消費の重しとなる可能性はあり、外需の不透明感が雇用の足かせとなる懸念に加え、物価上昇による実質購買力の下押しも重なり、内需の勢いに陰りが出ることも考えられる。

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米国とイランは2週間の停戦で合意し、最長15日間の停戦交渉に臨むことを明らかにしており、前進すればイラン情勢の改善が期待される。しかし、イランの報復攻撃で湾岸産油国のインフラは大打撃を受けるなど正常化に時間を要するうえ、ホルムズ海峡解放の見通しも立たず、外需の足かせとなる可能性は残る。したがって、ベトナム経済には国内外で不透明要因が山積している。

こうしたなか、ベトナム国会は4月7日、1月の共産党大会で党書記長(党内序列1位)に再任されたトー・ラム氏が国家主席(同2位)を兼務する人事を全会一致で承認した。ベトナムでは長年、最高指導部人事を党書記長、国家主席、首相、国会議長の4人(四柱)による集団指導体制を敷くことで権力の集中を排除する仕組みがとられてきた。今回の人事はこうした慣例からの転換であるとともに、ラム氏への権力集中が進むことを意味する。このことは、ベトナムが強権的な体制に傾く可能性がある一方、世界情勢を巡る不透明感が高まるなかで、ラム氏が内政と外交を一元的に掌握することで意思決定の迅速化を目指したとの見方もある。ベトナムではここ数年、グエン・フー・チョン前党書記長が推進した「反腐敗・反汚職」を旗印にした党内統治の背後で派閥争いが激化して相互けん制の動きが強まったことで意思決定が遅延し、公共投資など幅広い経済活動に悪影響が出ていた。したがって、新たな体制の下で意思決定の円滑化が進み、経済活動の足かせが取り除かれると期待される。一方、首相(党内序列3位)に国家銀行(中銀)総裁を務めたレ・ミン・フン氏が選出され、党内序列5位の党書記局常務を格上げして最高指導部を「五柱」とし、党中央監査委員長として反腐敗・反汚職を指揮したチャン・カム・トゥ氏が留任した。新人事を巡っては、ラム氏をはじめ公安出身者や関係者が大部分を占め、すでに反体制派への「締め付け」が強化されていることを勘案すれば、強権姿勢が強まることへの懸念は避けられない。

金融市場では、ベトナムの経済成長への期待が高いなか、2025年10月に株式指数プロバイダーであるFTSEラッセルがベトナムを「新興国市場」に格上げすることを発表したことで、一段と注目を集めてきた(注 )。こうしたなか、FTSEラッセルは7日、3月に実施した中間審査の結果を踏まえて今年9月から2027年にかけてベトナム株を段階的にグローバル株式指数に組み入れる方針を明らかにしている。これにより、今後はパッシブ投資家による資金流入が期待されることで海外からの資金流入が活発化するほか、IPO(新規株式公開)市場も拡大して株式市場のすそ野が広がるなど厚みが増すことも期待される。足元の金融市場においては、イラン情勢の悪化を受けた投資家心理の冷え込みに加え、原油高や中東経済への不透明感がベトナム経済に様々な経路で悪影響を与えるとの懸念も重なり、通貨ドン、主要株式指数(VN指数)ともに下落している。当面の市場環境はイラン情勢の行方に左右されることは避けられないものの、金融市場が「その後」を見据えた動きをみせる可能性にも注意を払う必要があろう。

図表
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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