インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ペルー、前大統領弾劾に端を発するデモ長期化で経済の柱、観光業に打撃

~政局、及び外交で事態収束の見通しがみえず、商品市況を通じて世界経済に飛び火するリスクも~

西濵 徹

要旨
  • 南米ペルーでは先月、カスティジョ前大統領に対する弾劾が成立するとともに、ボルアルテ副大統領が大統領に昇格した。ここ数年の中南米での「ピンクの潮流」の流れを受けて左派のカスティジョ前政権が誕生したが、党内混乱や議会との対立を理由に退陣に追い込まれた。他方、ボルアルテ氏は大統領選ではカスティジョ氏とタッグを組むも与党PLとの関係が悪化し、議会の多数派を占める右派と協調して大統領に就任したため、カスティジョ氏の支持者などが反発を強め、デモの一部が暴徒化しており、事態収拾の見通しが立たない状況が続く。他方、中南米の左派国家は一連のボルアルテ政権誕生プロセスに反発する動きをみせるなど、外交関係にも影響が出ている。デモの長期化で産業の柱のひとつである観光業に深刻な悪影響が出ており、政府試算ではその影響はGDP比1%強に及ぶ模様である。ただし、通貨ソル相場は米ドル高一服や商品高を追い風に堅調に推移するが、先行きには不透明要因が山積している。政情不安による供給懸念と中国のゼロコロナ政策終了が重なり銅価格が上振れするなど世界経済にも悪影響を与える可能性もある。

南米のペルーでは先月、共和国議会においてペドロ・カスティジョ前大統領への弾劾決議が採決されて賛成多数で可決されるとともに、副大統領であったディア・ボルアルテ副大統領の大統領昇格の決定を受け、同国初の女性大統領が誕生した(注1)。カスティジョ前大統領は自身に対する弾劾決議を前に共和国議会の一時的閉鎖、及び解散による臨時政府の樹立を試みるも、国軍と国家警察などがこれに反発して求心力を失うとともに、憲法秩序を乱した反逆罪容疑を理由にカスティジョ氏を拘束する事態に発展した。なお、カスティジョ前政権を巡っては、ここ数年中南米において広がりをみせる『ピンクの潮流』、ないし『左派ドミノ』の流れを受ける形で2021年の大統領選を経て発足したが(注2)、政権発足直後から与党PL(自由ペルー)内の派閥対立が露呈するとともに、右派が多数派を占める議会との対立激化も理由に政権運営は難航してきた。結果、カスティジョ前政権は発足から1年半弱の間に5人の首相が交代するなど、コロナ禍で同国経済が疲弊しているにも拘らず充分な政策対応が出来ない状況が続いてきたほか、カスティジョ氏自身にも職権濫用や汚職などの疑惑が噴出したことで議会に度々弾劾決議が提出される動きもみられた。さらに、昨年4月には商品高によるインフレを受けて国民生活を取り巻く状況が厳しさを増すなかで反政府デモが激化し、一部が暴徒化するなど治安情勢が悪化したことを理由に、政府が外出禁止令の発令に動く事態に追い込まれていた(注3)。他方、ボルアルテ氏を巡っては与党PLの候補としてカスティジョ氏とタッグを組む形で一昨年の大統領選を戦うも、副大統領に就任した後にはPLと対立したほか、カスティジョ氏の弾劾に際して議会の多数派を占める右派と協調したことで大統領に昇任することに成功した。こうした経緯から、カスティジョ氏に対する弾劾決定を受けて、カスティジョ氏やPLの支持者を中心に全土でカスティジョ氏の復権とボルアルテ大統領の辞任、議会閉鎖、及び早期の総選挙実施、新憲法制定などを求める抗議運動が活発化して一部が暴徒化する事態に発展したため、ボルアルテ政権は先月14日に全土を対象に30日間の非常事態宣言を発令する事態に追い込まれた(注4)。共和国議会は先月、デモ隊の要求に応える形で次期大統領選を2年前倒しして2024年4月に実施するための憲法改正法案を可決しており、今後開会される通常国会において3分の2以上の賛成が得られれば正式に次期大統領選の前倒し実施が決定する。ただし、政府はデモの鎮圧に向けて武力行使も辞さない姿勢を示した結果、多数の死傷者が出る事態に発展しており、こうした状況を理由にボルアルテ政権は発足から10日足らずで閣僚が辞任したほか、先月末には再組閣に追い込まれるなど早くも求心力の低下が顕著になっている。また、再組閣に際してボルアルテ氏は首相に防衛相であったオタロラ氏を指名したことを受けて、PLをはじめとする左派はデモ隊鎮圧に際して死傷者が発生する一因となった同氏の首相指名に反発している。なお、ペルーは国民の多数がキリスト教徒(カトリックが81%、プロテスタントが13%)であり、昨年末にかけて反政府デモは一旦休止状態となったものの、年明け以降は再び活発化するなど事態収拾の見通しは立たない状況が続いている。こうした背景には、上述のようにボルアルテ氏が正式な大統領選を経ずに大統領に就任するなどその手法に対する反発に加え、経済格差が社会問題となるなかでいわゆる『忘れられた人々』の支持がカスティジョ氏の大統領就任の原動力となったため、事実上の右派への回帰に対する反発も影響していると考えられる。他方、中南米の左派国家であるメキシコとボリビア、コロンビア、アルゼンチンは共同でカスティジョ氏の人道、及び法的保護を求める声明を出したほか、メキシコのロペス=オブラドール大統領が両国の関係留保を表明する事態となり、これを受けてボルアルテ政権は同国駐在のメキシコ大使に対してペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)を宣告するなど外交問題にも発展している。その後にメキシコはカスティジョ氏の家族による亡命を受け入れる一方、両国関係を維持する意向を示すなど事態収束を目指す考えを示しているものの、外交関係についても見通しが立たない状況にある。ペルー経済を巡っては、鉱業、漁業、そして観光業が産業の『三本柱』となっており、観光業を巡ってはコロナ禍を経て深刻な打撃に見舞われるも、ようやく底入れの動きがみられたほか、中国によるゼロコロナ政策終了も追い風となることが期待されたものの、治安情勢の悪化が観光業に再び打撃を与えることは必至とみられる。政府の発表では、先月来のデモの活発化を受けて今年前半の旅行客の予約が最大で約6割キャンセルされた模様であり、一連の混乱による経済的な悪影響が約100億ソル(GDP比1.1%)に及ぶとの試算を発表するなど、景気に加えて外貨獲得の面でも足を引っ張ることは避けられそうにない。このように、政局や外交面で不透明要因が山積しているものの、通貨ソル相場を巡っては国際金融市場における米ドル高の一服に加え、中国によるゼロコロナ政策終了による商品市況の堅調さも追い風に比較的落ち着いた推移をみせている。ただし、先行きもインフレ対応を目的に米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀は一段の金融引き締めに動くと見込まれるなか、混乱収束の見通しが立たない状況が一段と長引けばソル相場の足かせとなるとともに、輸入物価の押し上げを通じて高止まりが続くインフレ率が輸入物価を通じて押し上げられ、景気動向に関係なく中銀が一段の金融引き締めを迫られることも懸念される。その一方、同国は世界2位の銅生産国であり、混乱の長期化による供給不安は中国のゼロコロナ政策終了による景気底入れ期待と相俟って市況の上振れを招くことも考えられるなど、世界経済のリスク要因となり得ることに留意する必要がある。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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