ロシアルーブル、地政学リスクの懸念が原油高の効果を完全に相殺

~中銀は物価と為替の安定を迫られる一方、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念~

西濵 徹

要旨
  • ロシアは一昨年来の新型コロナ禍に際して世界初のワクチン生産に動くなど、ワクチン接種を追い風に「ポスト・コロナ」に動くことが期待された。しかし、信頼性の低さなどを理由に接種率は低迷するなかでデルタ株による感染再拡大が直撃した。行動制限の再強化などを受けて昨年11月以降新規陽性者数は頭打ちするなど感染動向は改善したが、足下ではオミクロン株による再拡大の兆候が出ている。当局は感染拡大に備えている上、行動制限は人の移動の足かせとなる動きもみられるなど景気の重石となる可能性はくすぶる。
  • 原油高は世界的にインフレ圧力を招くなか、同国でもエネルギー価格の上昇に加え、新型コロナ禍を経た労働需給のひっ迫が物価高を招いている。中銀は物価抑制に向けて断続的に利上げを実施する一方、主要産油国は小幅増産に留めるなかで原油相場は堅調な推移が続く。原油高はルーブル相場の追い風となる傾向がある一方、カザフスタンを巡る問題に加え、ウクライナ問題などロシアに絡む地政学リスクの顕在化はルーブル相場の重石となっている。中銀は今後も物価と為替の安定に向けて追加利上げを迫られると見込まれる一方、物価高と金利高の共存は景気に冷や水を浴びせる可能性への懸念が高まると予想される。

ロシアは一昨年来の新型コロナ禍に際して、世界初となる新型コロナウイルス向けワクチン(スプートニクV)の生産、承認がなされるとともに、一昨年末には接種が開始されたこともあり、当初は『ポスト・コロナ』に向けた動きが進むと期待された。しかし、ワクチン生産国であるにも拘らず、今月17日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は47.11%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も51.36%に留まっている。プーチン大統領をはじめとする政府首脳は、ワクチン接種の加速化を図るべく広く国民に呼びかけているほか、事実上の強制接種も辞さないといった動きをみせたこともあり、低調な推移が続いた接種率はわずかに上向いている。とはいえ、ワクチン生産国であるにも拘らず国民の半分程度しかワクチンにアクセス出来ていないなど、他の国々と比較しても大きく見劣りする状況は変わっていない。なお、世界的にはワクチン接種済の人が感染するブレークスルー感染が多数確認され、欧米など主要国を中心に追加接種(ブースター接種)の動きが広がるなか、同国においても9月以降は早期に接種を行った医療従事者などを対象に追加接種が行われている。しかし、今月17日時点における追加接種率は5.53%に留まり、元々のワクチン接種率の低さも相俟って伸び悩む動きが続いており、その要因としてロシア製ワクチンに対する信頼性の低さのほか、ロシア国民特有の死生観などが影響しているとの見方もある。ロシアでは昨年9月以降に感染力の強い変異株(デルタ株)による感染再拡大の動きが広がる『第4波』が顕在化し、プーチン大統領は10月末から全土を対象とする『非労働日』を設定して企業に対して臨時休業を要請したほか、感染動向が酷い地域ではさらなる強力な措置を可能とするなど、事実上の行動制限を課す大統領令の発動に動いた(注1)。こうした強硬策にも拘らず、その後も新規陽性者数は一段と拡大するとともに、新規陽性者数の急拡大を受けて医療インフラが脆弱な地方を中心に医療ひっ迫状態に陥るなど感染動向は急速に悪化する事態となった(注2)。なお、新規陽性者数は昨年11月上旬を境に頭打ちに転じたほか、新規陽性者数の鈍化を受けて医療インフラへの圧力が後退して死亡者数の拡大ペースも鈍化するなど感染動向は改善に向かう動きがみられた。ただし、感染拡大の中心地の一角である首都モスクワでは、ワクチンの未接種者及び既往歴のない60歳以上の人を対象に自宅待機規制を発動するとともに、企業に対しては従業員の最低3割をリモートワークに移行することを義務化するなど行動制限を課すといった行動制限が採られている。こうしたなか、昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)が世界的に感染拡大の動きが広がるなか、足下ではロシア国内においてもオミクロン株による感染が急拡大する動きがみられる。人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は昨年11月6日(269人)をピークに頭打ちして、今月9日には109人まで低下していたものの、今月17日には162人に一転して底打ちしている。当局は感染急増に対応すべく病床確保に動いているほか、首都モスクワ市では上述の行動制限の対象期間を来月末から4月1日まで1ヶ月延長する決定を行っている。なお、上述のように今月上旬までは感染動向が改善していたにも拘らず、人の移動は頭打ちする展開が続くなど景気の足かせとなる動きが確認されており、今後は感染動向の悪化を受けて一段と厳しい状況となる可能性に留意が必要である。

図 1 ロシア国内におけるワクチン接種率の推移
図 1 ロシア国内におけるワクチン接種率の推移

図 2 ロシア国内における感染動向の推移
図 2 ロシア国内における感染動向の推移

世界経済の回復を追い風とする原油をはじめとする国際商品市況の上昇の動きは全世界的にインフレ圧力を招くなか、ロシアにおいてもエネルギー価格が上昇するとともに、新型コロナ禍を経た労働需給のひっ迫が物価上昇圧力に繋がるなど、インフレ圧力が強まっている。ロシアのインフレ率は一昨年末に中銀の定めるインフレ目標を上回り、中銀は昨年3月に2年3ヶ月ぶりとなる利上げと政策スタンスの中立化を決定するなど金融政策の正常化に動いたほか、その後もインフレ率が加速していることを受けて断続的な利上げ実施に加え、利上げ幅を拡大させるなど『タカ派』姿勢を強めてきた。その後もインフレ率は一段と加速して中銀の定めるインフレ目標から乖離する動きをみせるなか、中銀は先月の定例会合でも7会合連続の利上げを決定するとともに、利上げ幅も100bpに引き上げるなどタカ派姿勢を強めている(注3)。他方、ロシアは輸出の大部分を原油など鉱物資源が占めるなど鉱業部門の動向が景気を左右するとともに、通貨ルーブル相場を巡っても国際原油価格の動向の影響を受けやすい特徴がある。こうしたなか、今月初めに開かれた同国を含む主要産油国(OPECプラス)の閣僚級会合では、来月も現状維持(日量40万バレルの協調減産縮小)を継続する方針を決定しており(注4)、欧米を中心とする世界経済の回復が続く一方で小幅増産に留まるために需給ひっ迫が意識される形で国際原油価格は堅調な動きをみせており、こうした動きはルーブル相場の追い風になることが期待される。他方、今月初めにはロシアの『裏庭』であるカザフスタンで暴動が発生し、トカエフ大統領が事態鎮静化を目的にロシアが主導する集団安全保障条約機構(CSTO)に部隊派遣を要請するとともに、ロシアが部隊を派遣して事態鎮圧に動いた結果、カザフスタンを舞台に新たな地政学リスクが顕在化する懸念が高まっている(注5)。このところのロシアを巡っては、ウクライナの国境付近に大規模の軍隊を集結させて演習を実施したことをきっかけに欧米との関係が急速に悪化しており、2014年にウクライナで親露派のヤヌコヴィチ政権が崩壊した後にロシア軍が同国南部のクリミア半島を併合したこともあり、事態の緊迫化による地政学リスクの顕在化が懸念されている。欧米はロシアに対して追加的な経済制裁の実施も辞さないなど強硬姿勢を強めるなか、ロシアはカザフスタンへの影響力維持を図る動きをみせたことで、西側のみならず東側にも火種を抱える事態となっている。こうした地政学リスクが嫌気される形で通貨ルーブル相場に対する調整圧力が強まっており、足下の状況は原油高の追い風を地政学リスクによる逆風が上回る状況と捉えることが出来る。今後はオミクロン株による感染再拡大の動きもルーブル相場の足かせとなることが懸念されるなか、中銀としては物価抑制や通貨安定の観点から一段の金融引き締めを迫られると見込まれる一方、実体経済を巡っては物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まることも予想される。

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

図 4 ルーブル相場(対ドル)の推移
図 4 ルーブル相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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