メキシコ中銀、米FRBの「タカ派」傾斜を受けて大幅利上げに動く

~次回以降は次期総裁にバトンタッチも、政策委員はタカ派姿勢に傾くなど引き締め姿勢が続く模様~

西濵 徹

要旨
  • メキシコは、昨年来の新型コロナ禍を受けて度々感染拡大に見舞われてきた。年明け以降もデルタ株の流入により感染が再拡大する一方、ワクチン接種も追い風に足下では感染動向は大きく改善している。感染再拡大を受けて 7-9 月は 5 四半期ぶりのマイナス成長となるなど景気回復の動きは一服したが、感染動向の改善も追い風に足下では人の移動は底入れの動きを強めるなど、景気を取り巻く状況は改善している。
  • 国際原油価格の上昇は世界的なインフレ圧力となるなか、年明け以降は同国もインフレ率は目標を上回る水準で昂進している。中銀は 6 月以降断続的に利上げを実施しており、16 日の定例会合でも 5 会合連続の利上げを決定し、利上げ幅も 50bp に引き上げるなど「タカ派」姿勢を強めている。米 FRB が「タカ派」姿勢を強めていることも大幅利上げを後押しした模様である。次回会合以降はロドリゲス次期総裁の下で開催されるが、政策委員がタカ派に傾斜していることを勘案すれば、引き締め姿勢を強める展開が続くと見込まれる。

メキシコでは、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、隣国の米国と同様に感染拡大の動きが広がるとともに、感染対策を目的とする行動制限の強化により景気に大きく下押し圧力が掛かった。しかし、その後は感染収束にほど遠い状況にも拘らず経済活動の再開に舵を切るとともに、米国景気の回復が外需を押し上げるなど、景気は底入れの動きを強めてきた。一方、年明け以降は感染力の強い変異株(デルタ株)の流入が広がるも、政府はワクチン接種の進展を理由に行動制限の再強化には及び腰の対応を続けるなど、あくまで経済活動を優先させる対応をみせてきた。なお、メキシコ国内における累計の感染者数は392万人と世界で15番目ながら、死亡者数は30万人弱と世界で4番目に多いなど感染者数に対する死亡者数の比率は突出しており、世界的に厳しい状況に見舞われた国のひとつと捉えられる。ただし、隣国米国によるワクチン支援なども追い風に、メキシコ国内におけるワクチン接種動向は新興国のなかでも比較的進んでいることを受けて、8月中旬にかけて拡大の動きを強めた新規感染者数はその後一転して頭打ちしているほか、新規感染者数の減少による医療ひっ迫の後退を受けて死亡者数の拡大ペースも鈍化するなど感染動向は改善している。事実、今月16日時点における人口100万人当たりの新規感染者数(7日間移動平均)は17人と直近のピーク(148人:8月18日時点)の10分の1程度となるなど、着実に感染動向は改善に向かっていると判断出来る。他方、先月末に南アフリカにおいて報告された新たな変異株(オミクロン株)を巡っては、その性質などに不透明なところが少なくないものの、メキシコにおいても感染が確認されているほか、世界的に感染拡大の動きが広がるなど予断を許さない状況にある。とはいえ、現時点においてはメキシコにおける新型コロナ禍を巡る状況は『最悪期』を過ぎていることは間違いない。なお、メキシコ国内における感染再拡大の余波を受ける形で7-9月の実質GDP成長率は前期比年率▲1.72%と5四半期ぶりのマイナス成長となるなど、米国をはじめとする世界経済の回復や感染一服を追い風に底入れしてきた景気回復の流れは一服を余儀なくされている。しかし、上述のように8月半ばを境に感染動向は改善しているほか、政府は経済活動を優先する姿勢を維持していることも追い風に、足下においては人の移動は底入れするなど景気回復に繋がる動きがみられる。さらに、感染動向の改善も追い風に、足下では米国をはじめとする周辺国からの外国人観光客も底入れの動きをみせており、こうしたことも人の移動の底入れを促しているとみられる。その意味では、メキシコ景気を取り巻く状況も改善が期待される状況にある。

図1 メキシコ国内におけるワクチン接種率の推移
図1 メキシコ国内におけるワクチン接種率の推移

図2 メキシコ国内における感染動向の推移
図2 メキシコ国内における感染動向の推移

図3 COVID-19コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図3 COVID-19コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

一方、昨年後半以降の世界経済の回復を追い風とする国際原油価格の上昇は世界的にインフレ圧力を招く動きがみられるなか、メキシコにおいても年明け以降のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回る水準となるなどインフレが顕在化している。さらに、上述のように政府は経済活動を優先して行動制限に及び腰の対応をみせていることも追い風に、その後はコアインフレ率もインフレ目標を上回る水準で昂進するなど、新型コロナ禍が一服した背後でインフレ対応を迫られる難しい状況に直面している(注1)。こうしたことから、メキシコ中銀は6月に2年半ぶりの利上げ実施を決定するなど、新型コロナ禍対応を目的とする金融緩和の手仕舞いに動いたほか(注2)、その後も8月、9月、11月と立て続けに利上げを実施するなど金融引き締めに動いている。メキシコの金融政策を巡っては、以前から米FRB(連邦準備制度理事会)の動向の影響を受けやすい側面があるなか、このところは米国におけるインフレ懸念を理由に米FRBが『タカ派』傾向を強めてきたことが影響している(注3)。他方、現中銀総裁のディアス・デ・レオン氏は年末に任期を迎えるなか、ロペス=オブラドール大統領は同氏の再任を拒否するとともに、当初はエレラ前財務公債相を指名したものの、先月末に大統領は突如エレラ氏の指名を撤回し、副財務公債相のビクトリア・ロドリゲス氏を起用する方針を発表した。この突然の決定を受けて、国際金融市場では中銀の独立性が毀損されることを警戒して通貨ペソ相場に調整圧力が掛かる動きがみられたものの、足下においてはその手腕は未知数ながら混乱は一巡しつつある(注4)。ただし、足下のインフレ率は一段と昂進の動きを強めるなか、中銀は8日にディアス・デ・レオン現総裁の下で最後となる定例の金融政策委員会を開催し、5会合連続での利上げに加え、引き上げ幅を50bpとして政策金利を5.50%とするなど『タカ派』姿勢を一段と強める決定を行った。会合後に公表された声明文では、世界経済について「感染動向や行動制限、政策支援によりバラつきはあるも、緩やかな回復は続いている」としつつ、「世界的なインフレ懸念が強まるなかで、米FRBは予想以上のペースで金融緩和の縮小を加速化させており、他の新興国も金融引き締めに動いている」とした上で、「世界的なリスクは感染動向や物価の行方、財政及び金融政策の動向に左右される」との見方を示した。一方、同国経済については「外部環境の変化を受けてペソ相場に調整圧力が掛かる動きがみられたが、足下では業種ごとにバラつきがみられるものの緩やかな回復が続いている」一方、物価動向について「中期的なインフレ期待はインフレ目標を上回る水準で推移している」との見方を示している。その上で、物価見通しについて「上下双方のリスクが存在するが、当面は上振れ要因を理由に2022年のインフレ率を上方修正する一方、2023年末には目標値(3%)に収束する」との見通しを示している。なお、今回の決定に際しては5人の政策委員のうち「4人が50bpの利上げを主張する一方、1名(エスキベル副総裁)は25bpの利上げを主張した」として、利上げ幅の差こそあれ、すべての委員が利上げを主張したことを明らかにしている。今回の決定を巡っては、米FRBが量的緩和政策の縮小加速に加え、利上げ実施時期の前倒しを決定するなど『タカ派』への傾斜を強めるなか、政策委員の『タカ派』傾斜を後押ししたと考えられる。次回会合以降はロドリゲス次期総裁の下で実施されるが、基本的には引き締め傾向の強い政策運営が行われる可能性が高いと予想される

図4 インフレ率の推移
図4 インフレ率の推移

図5 ペソ相場(対ドル)の推移
図5 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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