インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

中国内需の弱さをあらためて確認、米中協議の行方が景気を左右

~消費と投資はともに頭打ちも生産は拡大、供給サイドが景気拡大を支える展開が続いている~

西濵 徹

要旨
  • トランプ米政権の関税政策に端を発する米中貿易戦争は、度重なる協議を経て報復関税の撤廃に加え、関税の上乗せ分や輸出規制の停止措置が延長されるなど、最悪の事態は回避されている。しかし、トランプ氏はウクライナ戦争に関連して、ロシア産原油を輸入するインドへの圧力を強めている。中国もインド同様にロシア産原油の輸入を拡大させており、仮に同様の措置が採られれば、再び報復の応酬に発展するリスクがある。その意味では、現状は最悪の事態は回避されているが、その行方は依然として不透明な状況にある。

  • 年前半の中国経済は、実質的な人民元安による輸出下支えに加え、中国当局による内需喚起も重なり政府目標を上回る経済成長をみせている。しかし、足元では内需の弱さが顕著であり、7月の小売売上高は前年比+3.7%、固定資産投資も年初来前年比+1.6%とともに鈍化している。鉱工業生産も前年比+5.7%と伸びが鈍化したが、消費や投資は減少する一方、生産は拡大が続くなど供給サイドをけん引役にした景気拡大が続いている。不動産不況や若年層の雇用不安が内需の足かせとなるなか、先行きの景気は外需への依存度が高まると見込まれ、米中協議の行方が景気を左右する展開が続く可能性は高まっている。

このところの世界経済や金融市場は、トランプ米政権の関税政策に翻弄される状況が続いている。米国は、安全保障上の脅威への対応や貿易赤字の是正を目的に関税政策を用いるとともに、相手国との協議による『ディール(取引)』を通じて米国に有利な環境の構築を目指している。一方、中国は当初トランプ関税への報復措置を講じた結果、米中が互いに高関税を課す貿易戦争に発展した。しかし、その後はジュネーブ協議を経て米中は報復関税を撤廃した上で、関税の上乗せ分や輸出規制を90日間停止して追加協議を行うことで合意した。さらに、6月のロンドン協議ではジュネーブ協議での合意事項を確認した上で、追加的な了解事項でも合意したことが明らかにされた。そして、今月12日に90日間の停止期限が迫るなか、先月末のストックホルム協議で関税の上乗せ分や輸出規制の一時停止措置を追加で90日間延長することで合意され、その後にトランプ氏は大統領令に署名した。よって、足元の米中関係については、貿易戦争が回避されるなど最悪期を過ぎていると捉えられる。

その一方、トランプ氏はウクライナ戦争の早期終結を目的に、ロシア産原油を輸入する国に追加関税(2次関税)を課す方針を示している。これは、ウクライナ戦争を機に欧米などはロシアに対する経済制裁を強化する一方、中国やインドはロシア産原油の輸入を拡大させており、その結果としてロシアの継戦能力が維持されている。よって、トランプ氏は2次関税を通じてロシア産原油に対する需要を抑えることで、間接的にウクライナ戦争の収束を目指したものと捉えられる。こうしたなか、米国はインドへの相互関税を他のアジア新興国と比べて高い25%とした上で、ロシア産原油や兵器輸入を拡大させていることへの『ペナルティー』として関税を25%上乗せして50%とする大統領令に署名するなど、インドに対する圧力を強めている。上述したように、中国もインド同様にロシア産原油の輸入を拡大させているため、トランプ氏が中国にも同様の関税を課す可能性は考えられる。しかし、仮にそうした関税が発動されれば、中国は報復措置に動くとともに、米中双方は再び報復を応酬させる事態も予想される。したがって、米中関係の行方については依然として予断を許さない状況にあると捉えられる。

なお、年明け以降の中国経済を巡っては、トランプ関税の本格発動を免れるとともに、実質的な人民元安も追い風に米国以外向け輸出が堅調な動きをみせており、中国当局の内需喚起策の効果も重なり、年前半の経済成長率は+5.3%と政府目標(5%前後)を上回る伸びをみせている(注1)。さらに、足元においても米国以外向け輸出の堅調さが米国向け輸出減少の影響をカバーする動きが確認されるなど、外需が景気の下支え役となる動きが確認されている(注2)。その一方、国際商品市況の調整の動きを反映して企業部門はディスインフレ圧力に直面しているほか、過剰生産能力を背景とする供給過剰も影響して過当競争(『内巻』現象)が激化するなかで消費者物価もゼロ近傍で推移しており、ディスインフレ圧力の根強さがうかがえる(注3)。こうした状況にもかかわらず、中国当局はディスインフレの元凶である内需の弱さ、そして、その原因である不動産問題や若年層の雇用を巡る問題に対する抜本的な方策を打ち出せていない。よって、先行きの中国経済については不透明要因が山積する状況にある。

こうしたなか、個人消費の動向を示す7月の小売売上高(社会消費支出)は前年同月比+3.7%と前月(同+4.8%)から鈍化して、1-2月(同+4.0%)以来となる低い伸びとなっている。前月比も▲0.14%と前月(同▲0.26%)から2ヶ月連続で減少するなど頭打ちの動きを強めており、個人消費の弱さがあらためて浮き彫りとなっている。中国当局は内需喚起を目的に、耐久消費財の買い替え促進に向けた補助金や減税などの取り組みを強化しており、そうした動きを反映して家電(前年比+28.7%)や家具(同+20.6%)、通信機器(同+14.9%)など耐久消費財を中心に需要が押し上げられている。さらに、夏休みシーズンが重なったことで体育・娯楽関連(前年比+13.7%)の需要も旺盛な動きをみせる。一方、需要喚起策の効果一巡を受けて自動車(前年比▲1.5%)は下振れしているほか、不動産需要の弱さを反映して建材(同▲0.5%)も弱含むなど対照的な動きをみせる。また、中国当局が浪費や腐敗防止を目的に励行する「倹約令」を受けて外食(前年比+1.1%)は力強さを欠くほか、なかでも高額外食(同▲0.3%)は前年を下回るなどディスインフレ圧力を増幅させる一因となっている可能性がある。また、中国国内におけるEC(電子商取引)の普及も価格競争の激化や実店舗とのカニバリゼーション(共喰い)を招くとともに、ディスインフレ圧力の根強さに繋がっているとみられる。

図表1
図表1

中国当局は内需喚起の一環として設備投資の更新促進への取り組みを強化させているほか、インフラ関連など公共投資の進捗も期待される。その一方、不動産不況が固定資産投資の足かせとなる展開が続くなか、7月は年初来前年比+1.6%と前月(同+2.8%)から鈍化しており、コロナ禍の最中の2020年9月以来の低い伸びとなっている。当研究所が試算した単月ベースの伸びも7月は前年同月比▲0.1%と前月(同+0.6%)から8ヶ月ぶりに前年を下回る伸びとなるなど、頭打ちの動きを強めている。前月比も▲0.63%と前月(同+0.07%(同▲0.12%から上方修正))から4ヶ月ぶりの減少に転じており、底入れの動きに一服感が出ている。実施主体別では、国有企業(年初来前年比+3.5%)は前年を上回る伸びが続くも頭打ちの動きを強めているほか、民間投資(同▲1.5%)はマイナス幅が拡大しており、全般的に投資が弱含んでいる様子がうかがえる。中国当局による設備更新促進策を反映して設備投資関連(年初来前年比+15.2%)は引き続き高い伸びが続く一方、建設関連(同▲0.8%)は前年を下回る伸びとなるなど、不動産不況が投資の足かせとなっている。また、7月の不動産投資は年初来前年比▲12.0%と前月(同▲11.2%)からマイナス幅が拡大しており、当研究所が試算した単月ベースでも7月は前年同月比▲12.4%と前月(同▲11.5%)からマイナス幅が拡大するなど下振れしている。分野別では、オフィスや商業用不動産のみならず、住宅向けのいずれも下振れするなど需要の弱さが顕在化するとともに、不動産価格も下落に歯止めが掛からないなど、資産デフレ圧力が一段と強まっている様子がうかがえる。

図表2
図表2

このように幅広く需要が弱含んでいることを受けて、7月の鉱工業生産は前年同月比+5.7%と前月(同+6.8%)から鈍化しており、昨年11月(同+5.4%)以来の低い伸びとなるなど頭打ちの動きが確認される。ただし、前月比は+0.38%と前月(同+0.50%)からペースこそ鈍化するも拡大が続いており、足元の景気は供給サイドをけん引役にした拡大が続いていると捉えられる。中国当局による内需喚起策の効果を期待して、EV(電気自動車)など新エネルギー車(前年比+17.1%)は引き続き高い伸びが続いているほか、集積回路(同+15.0%)も堅調な推移をみせている。さらに、生産拡大への期待や設備投資の更新促進策の動きも追い風に、産業用ロボット(前年比+24.0%)やサービスロボット(同+12.8%)のほか、金属切削機械(同+20.3%)の生産も高い伸びをみせている。そして、過剰生産能力による過剰供給が続くなかで輸出への依存を強めていることを反映して、発電機(前年比+34.6%)や太陽光電池(同+16.0%)の生産は引き続き旺盛な推移をみせている。ただし、これまで堅調な動きをみせたマイコン(前年比▲10.1%)の生産が一転して下振れしている。また、不動産不況が重石となる形で粗鋼(前年比▲4.0%)やセメント(同▲5.6%)、板ガラス(同▲3.4%)は軒並み前年を下回る伸びとなるとともに、非鉄金属(同+2.2%)も力強さを欠く動きをみせている。

図表3
図表3

こうした状況は、幅広く内需が弱含む動きが確認されるなかで、中国経済がこれまで以上に外需への依存を強めていることを示唆しており、米国との協議の行方が景気を左右する可能性が高まっている。先行きについては、米国との協議継続により当面は対米関係が最悪の事態を免れているほか、実質的な人民元安が輸出を下支えする展開が見込まれる。その一方、内需には不動産不況や若年層を中心とする雇用不安がくすぶるなか、今後は中国当局による需要下支えの反動が見込まれるなど、下振れ要因が山積しており、これまで以上に外需の動向が景気のカギを握る展開が続くと予想される。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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