インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

アルゼンチン・ミレイ政権が1年、経済改革はどれだけ進んでいるか

~着実な改革進展で「最悪期」を過ぎるも、「ショック療法」で国民の半数以上が貧困化、時間との勝負に~

西濵 徹

要旨
  • 南米のアルゼンチンでは今月、ミレイ政権が発足から丸1年を迎えた。リバタリアン(自由至上主義)を標ぼうするミレイ氏は、財政健全化を目指して「ショック療法」的な政策運営に舵を切った。結果、一時は300%弱に達したインフレは頭打ちに転じ、通貨ペソ相場も公定レートと非公式レートの乖離が縮小している上、今年は財政黒字化も視野に入りつつある。金融市場では同国への評価が向上するなか、主要株式指数は最高値を更新する動きもみせている。デフォルト常習国である同国を取り巻く環境は着実に変化している。
  • 他方、ミレイ政権によるショック療法を受けて景気は頭打ちの流れが続いたが、インフレ鈍化や金融市場における評価向上を受けた資金流入などを追い風に実体経済を取り巻く環境は変化しつつある。7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+16.4%と4四半期ぶりのプラス成長に転じており、内・外需双方で景気底入れを促す動きがみられる。外交面では中国との関係で雪解けを演出するとともに、米トランプ次期大統領との良好な関係が経済を後押しするとの期待も高まっている。ただし、ショック療法に伴い貧困率は5割を上回るなど国民生活は大打撃を受けている。現状はミレイ氏自身の支持率の高さが厳しい政策への逆風を和らげているが、今後は早期に経済回復が国民生活に恩恵をもたらす形に持っていくことが必要となる。

南米アルゼンチンでは今月10日、ミレイ政権が誕生して丸1年が経過した。アルゼンチンを巡っては、1930年代の世界恐慌以前においては世界有数の先進国であったものの、その後の長年に亘る左派政権下での外資排斥や放漫財政の結果、計9回もデフォルト(債務不履行)を経験するなど凋落の歴史を辿ってきた経緯がある。こうしたなか、ミレイ氏は元々リバタリアン(自由至上主義)を標ぼうする経済学者であり、昨年の大統領選では自身が旗揚げした独立系右派政党の「自由の前進」から出馬し、経済の立て直しを公約に掲げた。なお、当初は『泡沫候補』とみられたものの、長年に亘る経済の混乱を受けて国民生活が疲弊するなか、変化を求める若年層などを中心にその主張が受け入れられて次第に支持を集め、決選投票の末に勝利を果たした。他方、ミレイ氏を巡っては、大統領選において公約に中銀廃止や通貨ペソの廃止による経済のドル化といった極端な政策を掲げるとともに、その『型破り』な政治スタイルも影響して、その政策運営に対しては懐疑的な見方が少なくなかったとみられる。ただし、ミレイ政権は公約に掲げた財政健全化を実現すべく、省庁再編により18あった省を9つに統廃合して大臣ポストを減らすことなどで公共支出の大幅削減のほか、国営企業の民営化などによる公的部門の縮小に動くなど『初手』から「ショック療法」的な政策運営に動いた(注1)。さらに、議会内でミレイ政権を支える与党は議会上下院双方で少数派に留まるなか、当初は大統領令を通じた強権的な手続きにより改革を前進させる手法を多用したものの、その後は議会との協議などを通じて公約に掲げた経済改革や緊縮財政を着実に前進させる動きがみられる(注2)。そして、こうした一連の経済改革の動きも追い風に今年は財政収支が黒字化に転じるなど財政健全化の取り組みが着実に前進しているほか、300%近くに達したインフレ率も頭打ちに転じるなど物価を巡る状況も大きく改善している。11月のインフレ率は前年比+166%と極めて高い水準にあることには変わりがないものの、前月比は+2.4%と4年ぶりのペースに抑えられるなど改善が進んでおり、年利換算すると30%超と歴史的にみれば経済危機に陥る直前の水準まで抑えられる可能性が出ている。一方、インフレが常態化する背後では、国民生活は通貨ペソを使用しない流れが広がるなど事実上の経済のドル化が進んでいるほか、ペソの対ドル相場は公定レートベースで一貫して下落基調が進んでいることも、結果的にインフレが高止まりする一因になっている。なお、ペソの対ドル相場を巡っては、公定レートと実勢レートに当たる非公式レートの二重構造となっており、昨年の大統領選でのミレイ氏勝利を受けて非公式レートとの乖離が大きく広がる事態に見舞われたものの、足下においては財政健全化に道筋が付きつつあるほか、インフレも依然高水準ながら頭打ちの動きを強めるなど物価動向も改善している。こうした動きを追い風に国際金融市場では、ミレイ政権が主導する経済立て直しの動きを評価する向きが広がっており、こうした動きも追い風に足下では両者の乖離が急速に縮小する動きがみられる。また、主要株式指数(メルバル指数)についても同様に、ミレイ政権による経済構造改革の進展やそれに伴う経済の立て直しを期待する向きが強まるなか、昨年以降は上昇の動きを強めるとともに、足下においてはその動きが一段と加速して最高値を更新する動きが確認されている。ミレイ政権による経済政策については、同国を支援するIMF(国際通貨基金)も評価する姿勢をみせており、過去に9度もデフォルトに陥るなど信用失墜が続いた同国を取り巻く環境は着実に変化していると捉えられる。

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他方、ミレイ政権が実施した歳出削減に伴い大量の公務員が削減されるなど雇用環境が急速に悪化するとともに、社会保障の削減などが行われる一方、インフレ昂進に伴う実質購買力の下押しなどの影響が重なる形で年明け以降の景気はマイナス成長が続くなど頭打ちしており、7-9月の実質GDP成長率は前年同期比▲2.1%と6四半期連続のマイナスとなっている。ただし、前期比年率ベースでは+16.4%と4四半期ぶりのプラス成長になるとともに、コロナ禍直後以来となる高い伸びとなるなど一転して底入れが確認されるなど『最悪期』を過ぎつつある様子がうかがえる。内訳についても、ペソ安の進展に伴う価格競争力の向上などを追い風に輸出は堅調な動きをみせているほか、インフレが頭打ちに転じたことによる実質購買力の押し上げを受けて家計消費も底打ちする動きをみせるとともに、ミレイ政権下での経済改革を期待する形で鉱物資源関連を中心とする対内直接投資の動きが活発化していることも景気底入れの動きを促す一助となっている。こうした状況を示唆するように、分野ごとの生産動向については主力産業である農林漁業関連の生産のほか、鉱業部門において好調な動きが確認されており、引き続きこれらの分野が経済成長のけん引役となると見込まれる。また、近年は左派政権の下で中国が展開する「一帯一路」政策も追い風に中国向け輸出が拡大する動きがみられたものの、ミレイ大統領は共産主義と取引しないと言明するとともに、フェルナンデス前政権が加盟に道筋を付けたBRICSへの不参加を決定するなど対中政策の転換を図る動きをみせてきた。他方、ミレイ政権が目指す経済の立て直しに向けては海外からの投資資金は不可欠となるなか、大統領就任後は中国への硬化姿勢を後退させるとともに、先月に同国で開催されたG20(主要20ヶ国・地域)首脳会議に際してミレイ政権下で初めての両国による首脳会談が行われ、経済面での互恵関係の構築を視野に雪解けを演出する動きもみられる。ただし、ミレイ氏は元々米国のトランプ次期大統領を『崇拝』しているとされ、米大統領選でのトランプ氏勝利を受けて直後に祝意を示したほか、先月には両者が電話会談を行うなど関係深化をうかがわせる動きもみられる。国民の間には米国との関係改善が経済面での好影響をもたらすとの期待もあり、政権が実施した緊縮策による景気悪化を受けて頭打ちの動きを強めた支持率は底打ちに転じている。ミレイ氏に対する支持の高さはショック療法的な政策運営を受けて、今年前半における貧困率は50%を上回るなど政権発足前の昨年後半(約40%)から10pt以上も上昇するなど国民生活は厳しさを増しているものの、労働組合や社会団体、野党支持者などがデモを展開するも、多くの国民が政策を支持することに繋がっているとみられる。しかし、国民の半分以上が貧困状態に追い込まれるなか、足下の経済状況は最悪期を脱するも依然として厳しい状況に変わりがないなか、こうした状況が一段と長期化すれば国民の不満が一気に爆発する可能性も考えられる。上述したように、金融市場においてアルゼンチンに対する評価は着実に向上していると捉えられるものの、先月の国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)では代表団が交渉から離脱するなど世界的な連帯と距離を置く動きをみせており、世界経済を巡っては分断の動きなども影響して不確実性が高まるなか、早期に実体経済の回復による国民生活の向上といった形で具現化することが望まれることは間違いない。その意味では、いよいよ『時間との勝負』の段階に入ったと捉えられる。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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