インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インドネシアで台頭する宗教右派を背景とする問題が再び露呈

~U-20サッカーW杯開催中止の背後にある宗教右派の動きは同国をみる目にも影響を与えよう~

西濵 徹

要旨
  • 足下のインドネシア経済はコロナ禍の克服が進む一方、物価高と金利高の共存が景気の足を引っ張る懸念が高まっている。インフレ鈍化を理由に中銀は利上げ局面の休止に動くなど景気下支えを重視する動きをみせる。他方、足下の景気回復にはニッケル鉱石禁輸による投資拡大や市況の上振れも追い風となったが、近年の同国では宗教右派を意識した内向き姿勢の強い政策運営を志向する向きが強まっている。来年の選挙を前に、今後は政策の予見性低下に繋がる内向き姿勢を強める動きの再燃に注意が必要と考えられる。
  • 昨年、同国はG20議長国として世界的な存在感を示したが、その後も国内では宗教と人種を意識した政策運営が続く。ただし、台頭する宗教右派への迎合が強まるなか、来月開催予定のU-20サッカーW杯は参加予定のイスラエル代表への対応を理由に急遽中止に追い込まれた。国威発揚を目指しサッカーW杯や夏季五輪の招致を目指した動きに冷や水を浴びせることは必至である。他方、政局の動きにも影響を与えるとみられる上、西側諸国への不信感に発展するリスクもあり、その動向に注意を払う必要性は高いと判断される。

足下のインドネシア経済を巡っては、コロナ禍による景気減速の影響の克服が進む一方、商品高による生活必需品を中心とするインフレに加え、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ルピア安による輸入インフレも重なり、中銀は断続的な利上げ実施に追い込まれたため、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている(注1)。なお、インフレ率は昨年半ばにかけて加速の動きを強めたものの、その後は一転頭打ちの動きを強めているほか、米ドル高の一服を受けてルピア相場も底打ちするなど輸入インフレ懸念が後退したこともあり、中銀は今年2月に半年強に及んだ利上げ局面の休止に動いている。先月には米国における銀行破たんをきっかけに国際金融市場に不透明感が強まったことを理由にルピア安が再燃することが懸念されたものの、中銀は景気下支えを目的に利上げ局面の休止を維持するとともに、中国によるゼロコロナ終了によって景気が後押しされることを期待する見方を示している(注2)。他方、コロナ禍からの景気回復の動きを巡っては、感染一服を受けた経済活動の正常化に加え、欧米を中心とする世界経済の回復を追い風とする外需拡大の動きもそうした動きをけん引したほか、同国政府が2020年1月からニッケルの未加工鉱石の輸出禁止に動いたことを機に海外からの関連投資が拡大するとともに、需給ひっ迫懸念を反映した市況の上振れが輸出を押し上げたことも影響している(注3)。政府はニッケル鉱石の禁輸措置による影響を好感して、先行きは輸出禁止の対象にボーキサイト鉱石や銅鉱石、錫鉱石などを加える方針を示しているものの、こうした対応が同国政府の思惑通りに対内直接投資の拡大に繋がるかは極めて不透明である。それ以上に、同国では昨年に石炭の国際価格急騰を受けて電力不足に陥る懸念が高まったことを理由に石炭の輸出禁止に動いたほか、インフレ対応を目的にパーム油の輸出禁止に動くなど、時に強硬な政策に打って出ることが少なくない。その後に石炭やパーム油の禁輸措置については事実上撤廃されるなど『朝令暮改』が繰り返されており、政策の予見性を著しく損なう政策運営がなされてきた経緯がある。同国においては来年2月に大統領選(第1回投票)と国民協議会(議会)上下院選挙の実施が予定されているが、2019年の前回選挙では近年同国において台頭する宗教右派(宗教保守主義)を強く意識した選挙戦が行われるとともに、その後のジョコ・ウィドド政権が2期目入りする直前には拙速な形で法改正が実施されてイスラム色の強化や民主化の後退といった問題が顕在化する動きがみられた(注4)。こうした過去の動きを勘案すれば、選挙まで1年を切るタイミングとなっていることもあり、今後は様々な政策運営が宗教右派を意識した『内向き姿勢』の極めて強い形で行われる可能性が高まっていると判断出来る。

なお、昨年の同国はG20(主要20ヶ国・地域)の議長国として、ロシアによるウクライナ侵攻を機に世界的に分断の動きが強まっていることを受けて、首脳会議に際してジョコ・ウィドド大統領が各国に団結を呼び掛けるなど対立の収束を訴えた。首脳宣言についても、商品高による世界的なインフレを受けた米FRB(連邦準備制度理事会)のタカ派姿勢をきっかけに経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な中所得国において債務状況が悪化していることに対応して全世界的な対応を求める姿勢を盛り込むなど、一定の存在感を示すことに成功した。しかし、その直後に昨年末にかけて議会において成立した法改正を巡っては、報道の自由やプライバシー、及び人権侵害に繋がる可能性が懸念されるなど、宗教と人種を強く意識した動きが前進する様子がうかがえる(注5)。こうしたなか、3月末にFIFA(国際サッカー連盟)は来月に同国で開幕予定であったU-20(20歳以下)ワールドカップ(W杯)について開催権を同国からはく奪することを発表した。同大会は元々2021年に同国において開催予定であったものの、コロナ禍を理由に開催そのものが中止された経緯があり、今年に改めて同国で開催すべく準備が進められていた。なお、同国は国民の大宗をイスラム教徒が占めるとともに、予てよりパレスチナを支持することでイスラエルと国交を有しておらず、上述のように近年は宗教右派が台頭する動きが広がるなか、今大会に出場予定のイスラエル代表に対して先月にデモ隊が参加を認めないよう求める動きが活発化していた。こうした動きを受けて、同国中部ジャワ州のガンジャル知事がイスラエル代表の排除を要求したほか、ヒンドゥー教徒が多い東部バリ州のコスター知事もイスラエル代表の受け入れを拒否する姿勢を示し、組み合わせ抽選会が中止されたことで開催そのものも中止に追い込まれた。同国政府は国威発揚を目的に、2034年のASEAN(東南アジア諸国連合)と共催によるサッカーW杯、及び2036年の夏季オリンピックの招致を目指しているが、今回の開催中止は昨年のG20議長国として存在感を高めた流れに冷や水を浴びせる格好になったと捉えられる。他方、ジャワ州のガンジャル知事を巡っては、現行憲法で現職のジョコ・ウィドド大統領が次期大統領選に出られないなかで後継候補の『最右翼』とみられてきたものの、国民の間でサッカー熱が高いなかでの今回のFIFAによる決定を受けて一転して批判が強まり、今後の世論調査においては支持率を大きく落とすとの見方も出るなど政局にも影響を与える模様である。その意味では、政局に大きなうねりが生じることは避けられそうにないものの、今後も形を変えつつ宗教右派の影響が色濃く現われた動きが顕在化する可能性には充分に注意する必要がある。特に、今回改めて顕在化した同国におけるイスラエルに対する反感は西側諸国に対する不信感に繋がる可能性があるほか、結果的に宗教右派が勢いを増す可能性も予想される。ここ数年の同国は中国に次ぐ世界的な経済成長のけん引役になるとして注目を集めているが、その背後で進んでいる動きが進出する日系をはじめとする外資系企業の活動などに影響するところが少なくないなか、これまで以上に注意を払う必要性が高まっていると判断出来る。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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