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「勝者なき」マレーシア総選挙、政権樹立へ合従連衡が活発化

~ムヒディン前首相が首班指名で一歩前進も、新政権は不安を抱えながらの船出となることは必至~

西濵 徹

要旨
  • マレーシアでは19日に総選挙が実施された。2018年の前回総選挙では独立後初の政権交代が行われたが、その後は政党間の政局争いを受けて政権崩壊が繰り返された。イスマイルサブリ政権の下では、国王の調停による政局争いの一時停止によりコロナ禍からの景気回復にまい進する一方、物価高と金利高が国民生活に悪影響を与えるほか、与野党が四分五裂で選挙戦を展開するなど予想が難しい展開が続いてきた。
  • 四分五裂の選挙戦の結果、いずれの勢力も単独で半数を上回る議席を獲得出来なかった。王室は首相候補者の提出を求めるなか、ムヒディン前首相は連立工作で前進するなど首班候補となる可能性が高い。ただし、与党連立の枠組はイスマイルサブリ政権とほぼ同じとなるなど、選挙戦を通じて非難合戦を展開してきたことため火種を抱える形で船出を迎えることになろう。その意味では、次期政権も不安だらけと予想される。

マレーシアでは19日、連邦議会下院(代議院:総議席数222)の総選挙が実施された。同国においては1957年の独立以降、UMNO(統一マレー国民組織)を中心とする政党連合(BN(国民戦線))が一貫して政権与党の座を占める展開が続いたものの、2018年の前回総選挙で初めての政権交代が行われた。その背景には、ナジブ元首相及び家族による政府系ファンド(1MDB)を舞台とする汚職事件を理由に支持率が低下するなか、マハティール元首相が『反ナジブ』を旗印にかつての政敵であるアンワル元副首相と共闘する形で結成された政党連合PH(希望連盟)を率いる形でBNへの批判票を集めたことがある。しかし、その後に発足したマハティール元政権はPHを構成する政党間の政局争いの激化を受けて2年足らずで崩壊する事態に追い込まれた(注1)。その後はマハティール氏が結党したPPBM(マレーシア統一プリブミ党)を中心とする政党連合(PN(国民同盟))のムヒディン前政権が発足するとともに、ナジブ元政権下の与党であったBNが与党入りするなど与野党が入り乱れる形での合従連衡が行われたことでPHは下野した。しかし、そのムヒディン前政権も与党連立内の政局争いにより1年半ほどで崩壊するともに(注2)、BNを軸にしたイスマイルサブリ政権が発足するも政権与党の枠組はムヒディン前政権と同じとなるなど、火種を抱える形での船出を迎えた(注3)。こうした経緯から、イスマイルサブリ政権の発足後も与野党間で政局争いがくすぶる展開が続いたものの、コロナ禍を受けた景気低迷への対応を目的に国王の調停により政局争いは一時休戦状態に持ち込まれた(注4)。結果、イスマイルサブリ政権及びBNにとっては経済対策に注力することが可能となり、同国経済は周辺のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国のなかでもコロナ禍からの景気回復が遅れる展開が続いたものの、年明け以降の感染一服による経済活動の正常化や国境再開も追い風に足下の景気は底入れの動きを強めるなどコロナ禍の克服が進んでいる(注5)。こうした状況はイスマイルサブリ政権及びBNにとって追い風になると期待される一方、BN内に隠然たる影響力を有するナジブ元首相は汚職事件を巡る有罪が確定して総選挙への出馬が不可能になるとともに(注6)、これを受けて与野党はBNに対する攻撃を活発化させた。さらに、イスマイルサブリ政権下の与党の一員となったPNは与党連立から離脱こそしないものの、総選挙に向けてBNとの選挙協力の解消を発表して独自候補の擁立を決定したため、与党連立は分裂選挙となった。その上、最大与党のUMNO内でも次期首相の座を巡って、ナジブ元首相の影響力を後ろ盾にザヒド総裁が意欲を示すとともに、現職首相のイスマイルサブリ氏(総裁補)との間で派閥争いが激化するなど、BN自体も分裂状態となった。他方、野党勢力も最大野党のPHはアンワル元副首相を軸に結束の動きを強めたものの、前回総選挙で共闘したマハティール氏はPHが華人系政党の影響力が強いことを理由にマレー系政党のプジュアン(祖国闘士党)を結党したほか、PHとの共闘を否定する喧嘩別れ状態となるなど野党も分裂状態となった。これら以外にも地方政党が乱立するなど混沌のなかで選挙戦が繰り広げられた。また、景気回復の動きは政権及びBNの追い風になると期待されたほか、政府が先月公表した来年度予算も総選挙を意識したバラ撒き型となる動きがみられる一方(注7)、足下の同国経済は商品高が生活必需品を中心とするインフレを招いている上、国際金融市場における通貨リンギ安が輸入物価を通じた一段のインフレ昂進に直面するなか、中銀は物価及び為替の安定を目的に金融引き締めを余儀なくされるなど物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっており(注8)、政権にとっては苦しい選挙戦を余儀なくされた。

このように与野党問わず四分五裂の異例の選挙戦が展開された結果、いずれの勢力も単独で半数を上回る議席数を獲得することが出来ず、今後は政党間で次期政権の樹立に向けた合従連衡が活発化すると予想される。なお、アンワル元副首相が率いるPHは前回総選挙から18議席減らすも82議席獲得して第1党となったほか、ムヒディン前首相が率いるPNは前回総選挙から41議席を増やして73議席と第2党となるなどBNへの批判票の受け皿となる形で躍進を果たした格好である。一方、イスマイルサブリ首相が率いるBNはナジブ元首相を巡る汚職問題への批判に加え、上述のように党内におけるゴタゴタの表面化も影響して前回総選挙から28議席減らして30議席に留まり、首相退任は避けられない情勢となっている。また、中央政界への批判票の受け皿として、アバン・ジョハリ氏(サラワク州首相)が率いる地域政党のPBB(統一ブミプトラ遺産党)を中心とする地域政党連合(GPS(サラワク連盟))が前回総選挙から3議席増やして22議席を獲得するなど、中央政界においても一段と存在感を高める動きがみられる。なお、97歳という高齢ながらプジュアンを結党するとともに、自身も総選挙に出馬するなど捲土重来を期す動きをみせてきたマハティール氏だが、自身は選挙区で落選したほか、プジュアンも1議席も獲得出来ない事態となったことで、マハティール氏は政界引退を余儀なくされる模様である。マハティール氏は前回総総選挙では野党を結集する形で政権交代に向けた原動力になったものの、今回の総選挙では他党との共闘を図ることが出来ず、結果的にナジブ元首相及びBNへの批判票については華人系の票はPHが、マレー系の票はPNが受け皿となることで自身、及びプジュアンが受け皿とはなり得なかったことがある。さらに、マハティール氏自身も前回総選挙後に首相に返り咲きを果たしたものの、その後も『ポスト・マハティール』が頭角を現す度にその芽を摘むなど政敵を追いやる手法を繰り返して次世代を育てることが出来ず、結果的に孤立状態を招いたことは若年層からの離反を招く一因になったと考えられる。マレーシアはASEAN内でも人口に占める若年層の割合が高いことに加え、2019年の憲法改正に伴い選挙権の年齢が21歳から18歳に引き下げられたことも重なり、今回の総選挙では前回総選挙に比べて有権者数が4割以上増えるなど若年層が大幅に増加しており、マハティール氏の『威光』が通じにくくなっていることも世代交代を後押しする一因になったとみられる。なお、選挙結果を受けて王室は過半数の確保に成功した政党連合による首相候補者の提出を求めており(現地時間の21日午後2時まで)、ムヒディン氏は地方政党連合であるGPSのほか、BERSATU(サバ人民連合)と連立政権の樹立で合意した旨を明らかにしているものの、3連合を併せた議席数は101に留まるなど過半数(112議席)には満たない。ただし、現地報道によればGPSはBNも新政権に加わると説明している模様であり、仮にそうした枠組となれば与党連合が過半数を獲得することは可能となる一方、与党連合の枠組はイスマイルサブリ現政権とほぼ同じとなる上、選挙戦を通じて批判合戦を展開してきたことを勘案すれば新政権も火種を抱える形で発足することなる。その意味では、今回の総選挙は勝者なき形で決着する一方、次期政権も不安だらけの展開となることは避けられない。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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