インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

マレーシア中銀、漸進的な引き締めを継続も、為替及び外貨準備に不安

~政府は総選挙を意識したバラ撒き政策を志向するなか、金融市場の動揺への耐性の乏しさにも不安~

西濵 徹

要旨
  • マレーシアでは、今月19日に次期総選挙が予定されるなど「政治の季節」は佳境を迎えている。景気回復の進展は与党の追い風となる一方で物価高は逆風となることが懸念されるなか、政府はバラ撒き色の強い予算案を発表するなど選挙を強く意識した動きをみせる。ただし、外貨準備は金融市場の動揺への耐性が不充分ななかで米ドル高がリンギ安を招いて最安値を更新するなど、輸入物価を通じたインフレ昂進を招くことが懸念される。中銀は5月以降連続して利上げを実施するも漸進姿勢を維持しており、3日の定例会合で4会合連続の利上げを決定するも、利上げ幅は25bpに留めた。今回の決定を中銀は物価と景気を巡るリスク抑制を目指した先手を打った策としたが、リンギ安に加えて外貨準備も減少傾向を強めるなど不透明要因は山積する。世界経済や金融市場の動向も含めて同国経済を取り巻く環境は一段と厳しさを増す可能性がある。

マレーシアでは先月、イスマイルサブリ首相が議会下院(代議院)の解散を発表するとともに(注1)、今月19日に総選挙を実施されるなど『政治の季節』は佳境を迎えている。足下の同国経済を巡っては、感染一服による経済活動の正常化に加え、国境再開の動きも重なりコロナ禍からの景気回復が進んでいる。よって、総選挙ではイスマイルサブリ政権を支える最大与党UMNO(統一マレー国民組織)を中心とするBN(国民戦線)が優勢とされる一方、連立与党の一角であったムヒディン前首相が率いるPPBM(マレーシア統一プリブミ党)を中心とするPN(国民連盟)は離反する『分裂選挙』状態となるなど情勢は見通しにくい状況にある。他方、最大野党でアンワル元副首相が率いるPH(希望連盟)は、UMNOに隠然たる影響力を有するナジブ元首相が在職中の汚職問題を理由に実刑判決を受けたことを理由に(注2)、この追求による支持拡大で再度の政権交代を目指す動きをみせている。ただし、2018年の前回総選挙での政権交代をけん引したマハティール元首相は政局争いを理由に首相を退任し、その後はプジュアン(祖国闘士党)を結党する一方、アンワル氏との共闘に否定的な見方を示すなど独自の道を模索している。また、マハティール元政権で青年・スポーツ相を務めるなど政権交代の一翼を担ったサイド・サディク氏は多民族政党のMUDA(マレーシア連合民主同盟)を結成して『第3極』を睨む動きをみせるなど、実は野党もバラバラの状況にある。その意味では、総選挙後の勢力図については極めて不透明である上、その後に樹立する次期政権が安定政権を築くことが出来るかは現時点において見通しにくい状況にある。さらに、ウクライナ情勢の悪化を受けた幅広い商品市況の上振れの動きは食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレを招いているほか、コアインフレ率も加速して過去に遡って最も高い伸びとなっており、堅調な景気は与党の追い風となることが期待される一方、物価高は逆風となることが懸念されるなど難しい状況に直面している。よって、イスマイルサブリ政権が先月7日に公表した来年度予算案は、様々な現金給付に加え、特別昇給実施による公務員給与の実質引き上げのほか、インフラ投資の拡充や所得税及び法人税実施などを盛り込むなど『バラ撒き』色が強いなど、総選挙を強く意識した内容となった。他方、国際金融市場においては商品高によるインフレを受けた米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜は世界的なマネーフローに影響を与え、新興国からの資金流出の動きが強まる動きがみられる。マレーシア経済を巡っては、商品高の動きは交易条件の改善が実体経済の追い風となることが期待される一方、外貨準備高は慢性的にIMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無として示す適正水準評価(ARA:Assessing Reserve Adequacy)は『適正水準(100~150%)』を下回る推移が続くなど対外収支構造は脆弱と見做される。さらに、中国による『ゼロ・コロナ』戦略への拘泥による中国の景気減速に加え、サプライチェーンの混乱も重なり足下の企業マインドは悪化するなど同国経済の足かせとなる動きもみられる。こうしたなか、足下のリンギ相場は米ドル高も重なり最安値を更新するなど輸入物価を通じた一段のインフレ昂進が懸念される状況にある。中銀は5月にコロナ禍後初の利上げに動き(注3)、その後も7月(注4)、9月(注5)と漸進的な利上げに動いたものの、米FRBなど主要国中銀との『タカ派度合い』の差はリンギ安を招く一因となる展開が続いてきた。こうしたなか、中銀は3日に開催した定例会合において4会合連続の利上げを決定するも、利上げ幅は25bpに留めるなど引き続き漸進的な引き締めを維持している。会合後に公表した声明文では、世界経済について「世界的なインフレによるや金融引き締め、中国によるゼロ・コロナ戦略への拘泥により大打撃を受けている」とした上で、「先行きも物価動向や地政学リスク、中国のコロナ禍対応の行方、欧州でのエネルギー問題などを理由に下振れリスクが残る」との認識を示した。一方、同国経済は「堅調な内需が景気を下支えしており、先行きも内需をけん引役にした景気回復が続く」としつつ、「世界経済の減速が外需の足かせになる一方、金融市場の動揺が経済成長を阻害することはない」とした上で「世界経済の動向や金融市場におけるリスク回避姿勢の行方、地政学リスク、サプライチェーンの混乱は景気の下振れリスクになる」との見方を示した。その上で、物価動向について「7-9月にピークを迎えて高止まりするが、その後は緩やかに推移する」としつつ、「来年のインフレ動向は政府の価格統制や補助金、余剰生産能力などが抑制要因となるが、政策対応やウクライナ情勢悪化の長期化による供給要因などが上振れリスクに繋がる」との見通しを示した。今回の利上げ実施について「経済動向の良好さを理由に一段の調整に動き、物価と持続可能な景気へのリスクをバランスさせる先手を打った策」とした上で、現状の政策金利について「緩和的で経済成長を後押しする」としつつ、先行きの政策運営について「物価及び景気動向に対応して慎重かつ段階的に調整を行う」とするなど、漸進的な金融引き締めの維持を改めて強調した。なお、声明文では金融セクターに関して金融市場の動揺へのバッファーは充分との認識を示したものの、上述のように外貨準備は明らかに動揺への耐性が不充分である上、リンギ安を受けた為替介入実施に伴い外貨準備の減少ペースが加速していることを勘案すれば、体力の低下が着実に進んでいると捉えざるを得ない。今後は米FRBの政策運営に加え、堅調な推移が続いた米国経済にも不透明感が高まり、ひいては世界経済の行方を大きく左右することが懸念されるなか、すでに体力低下が著しい同国経済を取り巻く状況は一段と厳しさが増す可能性に留意する必要がある。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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