インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

マレーシア、堅調な外需と公的需要が景気を支えるも、政治・経済共に不透明要因が山積

~与野党ともに四分五裂状態で政治の行方は見通せず、財政悪化懸念や外準不足の懸念もくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済はスタグフレーションに陥る懸念が高まる一方、米FRBなどのタカ派傾斜の動きは新興国で資金流出を招いている。商品高は資源国であるマレーシア経済の追い風となることが期待される一方、コロナ禍を受けた行動制限は景気の足を引っ張ってきた。さらに、財政状況の悪化も理由に資金流出に直面しており、商品高も相俟ってインフレが昂進している。中銀は5月以降断続的な利上げに動くも景気に配慮して漸進姿勢を維持してリンギ安が進んだが、今後もリンギ相場は外部環境に左右される展開が続くであろう。
  • 年明け以降の同国では経済活動の正常化が景気を押し上げる一方、世界経済の減速懸念の影響が懸念されたが、7-9月実質GDP成長率は前期比年率+7.71%と4四半期連続のプラス成長で推移するなど景気の底入れが続いている。国境再開による外国人観光客の底入れに加え、リンギ安を追い風に財輸出も堅調に推移したほか、総選挙を意識した財政出動も景気の底入れを促している。一方、物価高と金利高の共存は家計消費や企業の設備投資の重石となっており、足下の景気は外需と公的需要がけん引役となっている。
  • 今月19日に予定される総選挙は与野党ともに四分五裂状態となっており、選挙の行方は極めて不透明である。来年度予算はバラ撒き色が強い上、景気の不透明感が高まるなかで財政状況は一段と悪化する可能性もある。さらに、外貨準備は元々金融市場の動揺への耐性が乏しく世界経済のスタグフレーション懸念が高まるなかで厳しい状況に直面するリスクもあるなど、同国は政治・経済ともに不透明要因が山積している。

世界経済を巡っては、中国当局による『動態ゼロコロナ』戦略への拘泥が行動制限により中国景気の足かせとなる状況が続いている上、サプライチェーンの混乱を通じて中国経済との連動性が高いアジアをはじめとする新興国景気に悪影響を与える事態となっている。また、ウクライナ情勢の悪化を受けた供給懸念による世界的なインフレを理由に米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀はタカ派傾斜を強めており、物価高と金利高の共存がコロナ禍からの回復が続いた欧米など主要国景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。結果、世界経済はスタグフレーションに陥る可能性が懸念されている。他方、米FRBなどのタカ派傾斜は世界的なマネーフローに影響を与えており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出が集中する動きがみられる。マレーシアはアジア有数の資源国であり、商品市況の上振れの動きは交易条件の改善により景気の追い風となることが期待されるものの、一昨年来のコロナ禍では度々感染拡大に直面するとともに行動制限を余儀なくされてきたため、昨年末時点では実質GDPの水準が依然としてコロナ禍前を下回る推移が続くなどASEAN(東南アジア諸国連合)の周辺国と比較して景気回復が遅れてきた。さらに、商品高に伴い財輸出は押し上げられて貿易黒字は拡大する一方、コロナ禍を経た外国人観光客の減少を受けて経常収支は黒字幅が縮小しており、対外収支を取り巻く状況は好悪双方の材料が混在している。また、同国はアジア新興国のなかで公的債務残高のGDP比が相対的に高いなど財政構造が脆弱とみられる上、コロナ禍対応を目的とする歳出拡大により財政状況は一段と悪化している。なお、同国では国際原油価格の上振れにも拘らずガソリンをはじめとする燃料価格は政府の統制により低く抑えられているものの、年明け以降のインフレ率は穀物価格の上振れなどによる食料品価格の上昇などを受けて加速の動きを強めている。さらに、年明け以降は感染一服を受けて行動制限が解除されるとともに国境再開など経済活動の正常化が進んでおり、インフレ率のみならずコアインフレ率も加速の動きを強めている。そして、このように経済のファンダメンタルズの脆弱性が増していることを理由に同国においても資金流出の動きが強まっており、通貨リンギ安による輸入物価の押し上げが一段のインフレ昂進を招くことが懸念される。こうした事態を受けて、中銀は今年5月にコロナ禍後初となる利上げに動いたほか(注1)、その後も7月(注2)、9月(注3)、そして今月(注4)と断続的な利上げを決定している。しかし、中銀は景気に配慮して小幅利上げによる漸進的な金融引き締めを続けるなど、米FRBなどとの『タカ派度合い』の差を理由にリンギ相場に調整圧力が掛かるなど、物価及び為替に対する不透明感が高まってきた。なお、足下では米ドル高圧力に一服感が出るなど外部環境の変化を反映してリンギ安基調が続いた動きが変化する動きがみられるものの、あくまで外部環境に左右されやすい状況であることは変わらない。その意味では、米FRBの政策に対する見方が変化すれば再びリンギ相場を取り巻く環境が一変するリスクを孕んでいると捉えられる。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
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一方、年明け以降の同国経済は感染一服による行動制限の緩和が進むとともに、国境再開も追い風に幅広く経済活動が正常化しており、実質GDPの水準もコロナ禍前を上回る水準となるなどマクロ面でその影響の克服が進んできた。一方、上述のように足下の世界経済を巡っては景気減速が意識されており、ASEAN内でも経済構造面で輸出依存度が極めて高い同国経済にとっては逆風となり得るほか、物価高が続くなかで中銀も漸進的ながら利上げを実施するなど金利高も共存しており、家計消費をはじめとする内需に冷や水を浴びせる懸念も高まっている。こうした状況ながら、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+7.71%と前期(同+14.69%)からペースこそ鈍化するも4四半期連続のプラス成長で推移しているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースでも+14.2%と前期(同+8.9%)からから加速して5四半期ぶりに二桁%の伸びとなるなど、景気は底入れの動きを強めていることが確認された。実質GDPの水準もコロナ禍の影響が及ぶ直前である2019年末時点と比較して+8.9%上回っており、同国経済は完全にコロナ禍の影響を克服していると捉えられる。国境再開の動きに加えてリンギ安による割安感も追い風に足下の外国人観光客数はコロナ禍前の水準をうかがうなど急回復しているほか、世界経済の減速懸念の高まりにも拘らずリンギ安による価格競争力の向上を追い風に財輸出も押し上げられるなど、財・サービス両面で輸出が拡大して景気を押し上げている。一方、物価高と金利高の共存に加え、行動制限の緩和によるペントアップ・ディマンドの発現の動きが一巡したことで家計消費は5四半期ぶりの減少に転じているほか、金利上昇の動きを警戒して企業部門による設備投資の動きにも一服感が出るなど民間部門を中心に内需は弱含む動きがみられる。ただし、同国においては次期総選挙の時期に注目が集まるなか、イスマイルサブリ政権は景気回復を追い風に総選挙での政権維持を目指す姿勢をみせてきたため、インフラなど公共投資の進捗は固定資本投資や政府消費を押し上げており、足下の景気は外需と公的需要に大きく依存していると言える。同国政府は先月、年前半の景気の堅調さなどを勘案して今年通年の経済成長率見通しを従来見通し(+5.3~6.3%)から+6.5~7.0%に上方改定する一方、9月までの時点で+9.3%とこれを大きく上回る水準となっており、景気の先行きには不透明要因が山積しているものの、通年でも見通しを上回る可能性は高いと見込まれる。

図表4
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図表5
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図表6
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なお、イスマイルサブリ首相は先月10日に議会下院(代議院)の解散を発表したほか、今月19日に次期総選挙を実施することが決まるなど『政治の季節』は佳境を迎えている(注5)。足下の景気が堅調な推移をみせていることは、イスマイルサブリ政権を支える最大与党UMNO(統一マレー国民組織)を中心とするBN(国民戦線)にとって追い風になると見込まれる。ただし、選挙戦を巡っては連立与党の一角であったムヒディン前首相が率いるPPBM(マレーシア統一プリブミ党)を中心とするPN(国民連盟)が離反するなど『分裂選挙』状態となっており、情勢は見通しにくい状況にある。他方、2018年の前回総選挙での政権交代をけん引したマハティール元首相だが、その後は政局争いを受けて首相辞任に追い込まれたほか、最大野党でアンワル元副首相が率いるPH(希望連盟)と離反してプジュアン(祖国闘士党)を結党するなど、野党も分裂状態となっている。さらに、マハティール元政権で青年・スポーツ相を務めるなど政権交代の一翼を担ったサイド・サディク氏も多民族政党であるMUDA(マレーシア連合民主同盟)を結成して『第3極』を睨む動きをみせるなど、野党勢力は完全に四分五烈状態にある。こうした状況はUMNOに有利に働くとみられたものの、UMNO内では8月に有罪判決が確定して次期総選挙への出馬が出来なくなったナジブ元首相が依然として隠然たる影響力を有するなか(注6)、ナジブ元首相の影響力を後ろ盾にザヒド総裁が次期首相の座を目指す一方、現職の首相であるイスマイルサブリ氏(総裁補)との間で派閥争いが激化するなど一枚岩にほど遠い状況にある。その意味では、総選挙後の政権の枠組みは極めて見通しが立ちにくいと判断出来る。また、イスマイルサブリ政権が総選挙後の政権維持を目的に先月公表した来年度予算案は『バラ撒き』色が強い内容となるなか、景気の先行きに対する不透明感が強まるなかで財政状況は想定以上に悪化する事態も考えられる。同国の外貨準備はIMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無を示す適正水準評価(ARA:Assessing Reserve Adequacy)に照らして「適正水準(100~150%)」の下限を下回るなど耐性は乏しく、世界経済がスタグフレーションに陥る懸念が高まるなかで厳しい状況に直面するリスクも高まる。その意味では、足下のマレーシア経済は堅調さを維持していることが確認されたものの、先行きは政治のみならず経済についても不透明要因が山積していると捉えられる。

図表7
図表7

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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