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タイ中銀、景気の急ブレーキ、バーツ安一服を受け、様子見姿勢を継続

~インフレ鈍化やバーツ相場持ち直しの一方、先行きも難しい政策運営は続く~

西濵 徹

要旨
  • タイ銀行(中銀)は8月26日の金融政策委員会で、政策金利を1.00%に据え置いた。中銀は2月に景気低迷とデフレを理由に利下げしたものの、その後のイラン情勢緊迫化に伴う原油高でインフレ率が4月に前年比+2.89%まで加速したため、4月以降は金利を据え置いている。その後、米国とイランの停戦合意や原油の調達先多様化を受け、7月のインフレ率は同+1.95%へ鈍化した。一方、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.74%と3四半期ぶりのマイナス成長に転じ、景気に急ブレーキがかかった。金融市場では、原油高による対外収支や財政の悪化懸念からバーツ安が進んだものの、足元では米ドル安を背景に持ち直しており、こうした景気・物価・為替を巡る環境が中銀の様子見姿勢につながった。

  • 中銀は、世界的なAI・半導体需要が輸出や民間投資を押し上げている一方、その波及効果は限定的で、家計消費や中小企業を中心に景気の弱さが続いているとの認識を示した。物価については、エネルギー価格の動向を踏まえ、2026、2027年とも従来予想を下回るとみる一方、エルニーニョ現象やコスト転嫁により2027年初めにかけて再加速する可能性を指摘した。また、信用は大企業向けを中心に回復しているものの、中小企業向け融資は縮小しており、家計や中小企業の債務返済能力にも注意が必要としている。中銀は物価への警戒感をやや和らげているものの、イラン情勢、エルニーニョ、FRBの政策運営など不確実性は大きく、景気下支えと物価・為替安定の両立を迫られる難しい政策運営が続くとみられる。

目次

【景気の急ブレーキ、バーツ安の一服も重なり、中銀は様子見姿勢を維持】

タイ銀行(中央銀行)は、8月26日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利を1.00%に据え置くことを決定した。中銀は、イラン情勢が緊迫化する直前に開催した2月会合において、同国経済がASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでコロナ禍からの回復が最も遅れていること、デフレ基調が続いていることを理由に利下げに踏み切った。しかし、直後にイラン情勢が緊迫化したことで状況は一変した。

タイは、一次エネルギーに占める原油比率が4割、天然ガス比率が3割を占める。さらに、原油輸入の6割を湾岸産油国に依存しており、イラン情勢の緊迫化を受けた価格上昇と供給懸念に直面した。2025年半ば以降のインフレ率はマイナスで推移したものの、2026年4月は一転してプラスに転じるとともに、前年比+2.89%と中銀の目標レンジ(2±1%)の上限近傍に加速した。このため、中銀は4月会合では一転して政策金利を据え置いた。その後は、米国とイランによる停戦合意を受けた原油高の一服に加え、湾岸産油国以外の国々からの原油調達の活発化の動きも重なり、直近7月のインフレ率は前年比+1.95%と伸びが鈍化している(図1)。一方で、インフレ加速を受けて、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.74%と3四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど、景気に急ブレーキがかかった(注1)。この結果、中銀は様子見姿勢を維持することにつながったと考えられる。

図表1
図表1

金融市場では、原油高が対外収支を悪化させるほか、家計部門の支援を目的とする補助金政策が財政悪化を招くなど、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱化を警戒して、通貨バーツ相場が調整する動きがみられた。年明け直後にかけてのバーツ相場を巡っては、同国の金取引が活発であるなか、金価格に連れ高するなど実体経済と無関係に強含んできた。しかし、イラン情勢の緊迫化を受けた米ドル高により金相場が調整に転じたことも、バーツ安の動きを後押しした。バーツ安は輸出競争力を押し上げる一方、輸入物価の上昇がインフレ圧力を増幅させることが懸念される。なお、足元のバーツ相場は、日本と米国による協調介入に加え、米国によるバイバック(長期国債の買い入れ消却)の倍増表明を受けて、米ドル指数は軟調に推移していることを反映して持ち直しの動きをみせている(図2)。こうした事情も、中銀による様子見姿勢の維持を後押ししたと考えられる。

図表2
図表2

【中銀は前回同様に物価動向を楽観視も、難しい政策運営を迫られる局面は続く】

会合後に公表された声明文では、今回の決定が「全会一致(政策委員7人全員が据え置きを支持)」であったことを明らかにした。タイ経済について「世界的なAI(人工知能)・半導体需要の旺盛さが追い風になっている」ものの、「成長率は低水準で不均一な状況が続いている」との見方を示している。物価動向について「これまでの想定に比べて低いと予想される」ものの、「2026年後半から2027年前半にかけて上昇が見込まれる」とした。信用動向についても「全体的な伸びは加速している」一方、「中小企業向け融資は引き続き縮小している」とばらつきが生じているとし、「中小企業・家計向け融資の質を注視する必要がある」との認識を示した。そのうえで、中銀の政策運営について「緩和的な金融政策と的を絞った金融措置は景気回復を下支えしている」と評価しつつ、今回は「金利を据え置いて、イラン情勢や世界的な関税政策、物価を巡るリスクを注視する」とした。

具体的には、2026年と2027年の同国経済について「6月会合時点の見通しに概ね沿った動きが見込まれる」とした。ただし、「世界的なAI・半導体需要が輸出や民間投資を想定以上に押し上げている」ものの、「インフレを理由に家計消費は想定を下回っている」として「全体としての成長率は低迷している」とした。そして、「世界的なAI・半導体需要の景気全体への波及効果は限定的」であるほか、「中小企業は依然事業環境への適応や競争激化という困難に直面している」とした。

2026年と2027年のインフレ率についても「世界的なエネルギー価格の動向を勘案すれば、従来見通しよりも低くなると見込まれる」とし、コアインフレ率も「コスト転嫁が想定を下回る」との見方を示した。一方で、「エルニーニョ現象の影響や段階的なコスト転嫁の影響で2027年初めにかけてインフレ率は加速が見込まれる」としつつ、「その後は潜在成長率を下回る景気や内需の低迷が重石になる」とした。そして、中期的なインフレ期待について「引き続き目標レンジ内に定着している」としつつ、「イラン情勢を巡る不透明な状況、企業部門のコスト転嫁の動向、中期的なインフレ期待を注視する」とした。

バーツ相場については「イラン情勢やFRB(米連邦準備制度理事会)の政策に対する見方を反映して変動が激しくなっている」とした。しかし、「主要国で長期金利が上昇しているにもかかわらず、タイの長期金利は安定している」と評価した(図3)。そのうえで、信用動向について「主に大企業向けをけん引役に回復基調にある」ものの、「一部は新規投資に関連する一方で、大部分が運転資金関連需要にとどまる」、「中小企業向け融資は縮小している」とした。また、融資の質について「全体的には安定している」としつつ、「中小企業や低所得者層をはじめ家計の債務返済能力に注視する必要がある」、「金融機関に対して対象を絞った金融措置により脆弱な層や中小企業への支援を強化するよう奨励している」とした。

図表3
図表3

先行きの政策運営について「物価安定と持続可能な経済成長、金融安定の維持を目指す」との従来からの考え方を繰り返した。しかし、「供給要因による物価は上昇しているが、今後もインフレ見通しや関連するリスクを注視する」と、6月の前回会合時点同様に物価への警戒感が和らいでいるとの見方を示した。とはいえ、エルニーニョ現象の発生は、同国に高温・水不足を通じて農業生産に悪影響を与えるほか、食料インフレを招く懸念が高い。加えて、足元のバーツ相場はドル安の動きが下支えしているものの、FRBの政策運営が見通しにくいなかで状況が大きく変化する可能性も残る。このため、景気・物価の先行きに不透明感が残るなか、先行きも難しい政策運営を迫られる展開が続くであろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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