南米コロンビア、史上初の左派政権誕生でどうなるか

~経済、安保、外交などで課題山積、金融市場ではオカンポ財務・公債相の手腕に注目が集まる~

西濵 徹

要旨
  • 南米コロンビアでは7日にグスタボ・ペトロ氏が大統領に就任して同国初の左派政権が誕生した。同国では右派、中道右派政権が続いたが、コロナ禍を経て経済格差に注目が集まるとともに、商品高によるインフレも重なり、大統領選では既存政党の退潮が鮮明になった。ペトロ氏は経済格差縮小策、気候変動対策の強化、左派ゲリラとの和平交渉の再開、隣国ベネズエラとの関係再開などを政権公約に掲げる。ただし、急進的な環境政策は投資家からの信任低下を招くほか、ベネズエラとの関係は対米関係に影響を与える可能性がある。他方、経済政策を担う財務・公債相に国際的な経験が豊富なオカンポ氏を据えるなど金融市場を意識した動きもみられる。よって、同国経済及びペソ相場の行方はオカンポ氏の手腕に掛かっていると捉えられる。

南米のコロンビアでは7日、6月に実施された大統領選(決選投票)で勝利したグスタボ・ペトロ氏が大統領に就任し、同国で初めての左派政権が誕生した。中南米地域は地理的な影響から伝統的に『米国の裏庭』と称されてきたほか、なかでも同国は歴代の右派及び中道右派政権の下で米国と関係が深く、米国の支援の下で麻薬撲滅の取り組み(麻薬戦争)が進められてきた。ただし、米国の支援による麻薬戦争の背後で長年に亘って左派ゲリラと政府軍の間で内戦状態が続き、2015年に当時のサントス政権は和平合意を締結するも、2018年に誕生したドゥケ前政権の下ではなし崩し的な和平合意の進展への拒否感が強まり、一部のゲリラの残党が散発的に戦闘を行うなど治安情勢の悪化が懸念されてきた。さらに、一昨年来のコロナ禍では感染拡大を受けて深刻な景気減速に見舞われるとともに、貧困や経済格差の大きさが社会問題化するなか、ドゥケ前政権は財政健全化に舵を切る姿勢をみせたことで反政府デモが激化する事態に発展した(注1)。また、昨年来の原油などエネルギー資源価格の底入れに加え、年明け以降はウクライナ問題の激化も重なり幅広く商品市況が上振れして世界的にインフレ圧力が強まるなか、同国でも生活必需品を中心にインフレが顕在化している。中銀は昨年10月以降インフレ抑制を目的に断続的な利上げ実施に動き、利上げ幅を拡大させるなどタカ派傾斜を強めてきたものの、昨年後半以降のインフレ率は中銀目標(3±1%)を上回る推移が続いている。こうしたことも影響して、5月に実施された大統領選の第1回投票ではペトロ氏が1位に付ける一方、右派のポピュリズム的な色合いが強いロドルフォ・エルナンデス氏が2位に付けるなど伝統政党が決選投票から外れるなど政局が大きく動く事態に発展した(注2)。決選投票では予想外の得票差を付ける形でペトロ氏が勝利し、ペトロ氏は2010年、2018年に続く3度目の大統領選への挑戦で勝利を収めた(注3)。ペトロ氏は元々左派ゲリラに所属して投獄された経験がある一方(本人は戦闘員だったことはないと説明)、その後は共和国下院議員、首都ボゴタ市長、上院議員を務めるなど豊富な政治経験を有する。その上で、ペトロ氏は社会経済格差の解消に向けて年金の再分配による年金改革や公立大学の無償化、国による失業者の直接雇用のほか、その財源確保に向けた富裕層への増税に加え、国内産業の育成を目的に自由貿易協定(FTA)の見直し及び再交渉、法人所得税の引き下げを政権公約に掲げている。また、自身が左派ゲリラ出身であることもあり、同国最大の武装組織ELN(民族解放軍)との和平交渉の再開などゲリラ問題の解決を進める考えをみせている。さらに、気候変動問題への対応を理由に原油や天然ガスの新規開発停止、風力及び太陽光発電の強化を謳う一方、大統領選中は投資家からの懸念に対応して態度を軟化する動きをみせたものの、副大統領には環境活動家のフランシア・マルケス氏が就任しており、厳しい政策に舵が切られる可能性はくすぶる。そして、外交面では隣国ベネズエラとの関係再開を謳っているが、同国のマドゥロ現政権の正当性を認めていない米国との関係に溝が生じる可能性は高いと見込まれる。一方、新政権の経済政策を担う財務・公債相にはホセ・アントニオ・オカンポ氏が就任した。オカンポ氏は国連でラテンアメリカ・カリブ経済委員長や経済社会局長を歴任したほか、2012年には世界銀行の総裁選に出馬するなど国際経験が豊富なほか、1990年代には当時の右派政権下で閣僚(農相、国家計画相、財務・公債相)を歴任した経緯もある。国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜を受けて世界的なマネーフローが変化して経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国で資金流出圧力が強まりやすいなか、同国での左派政権誕生による政策の急進リスクを警戒して通貨ペソ相場が調整する動きがみられたものの、足下ではそうした動きは一服する動きがみられる。金融市場からの評価はオカンポ氏の手腕に掛かっていると捉えられる一方、オカンポ氏は金融市場とペトロ大統領・マルケス副大統領などとの『板挟み』状態となることも予想され、しばらくは政権運営の行方を見定める必要がある。      

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ペソ相場(対ドル)の推移
図 2 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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