OPECプラス、2022年9月は日量10万バレルの「小幅増産」で合意

~米国の増産要請にギリギリの対応も、米バイデン大統領の「空振り」感は否めず~

西濵 徹

要旨
  • OPECプラスは3日の閣僚級会合で今年9月の産油量について日量10万バレルの増産を決定した。コロナ禍対応を目的とする過去最大の協調減産は8月末に事実上終了するなか、米バイデン大統領は先月の中東歴訪で増産を要請する一方、直後の露ノバク副首相のサウジ訪問ではOPECプラスの枠組堅持が強調されるなど対応が注目された。ただし、足下の生産量は目標を下回る推移が続く一方、中国のみならず米国の減速懸念を理由に原油価格は調整するなど、需給を巡る不透明感は高まっている。こうしたなか、OPECプラスは余剰生産能力の慎重な活用を重視する一方、米バイデン政権の増産要請にギリギリで応える姿勢をみせたと捉えられるが、小幅増産は事実上の「空振り」に近い。米国の指導力、存在感の低下は先行きにおいて世界の政治、外交、経済などあらゆる面で影響を与えることになると予想される。

このところの世界経済を巡っては、欧米など主要国を中心にコロナ禍からの回復が続く一方、中国では当局の『ゼロ・コロナ』戦略への拘泥が経済活動の足かせになるとともに、サプライチェーンの混乱を通じて中国以外に悪影響が伝播するなど、不透明感がくすぶる展開が続いてきた。他方、世界経済の回復に加え、ウクライナ情勢の悪化を受けた供給不安も重なり幅広く商品市況は上振れするなど、世界的にインフレ圧力が強まっている。こうした事態を受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀はインフレ抑制を目的にタカ派傾斜を強めており、国際金融市場を取り巻く環境は大きく変化するとともに、世界的なマネーフローに影響を与える動きがみられる。コロナ禍による世界経済の減速を受けて、ロシアを含む主要産油国(OPECプラス)は過去最大の協調減産に動いたものの、昨年以降は世界経済の底入れによる需要回復を受けて協調減産を段階的に縮小させた。さらに、年明け以降における原油市況の上振れを受け、米国など主要消費国は戦略原油備蓄の放出に動くとともに、米国はOPECプラスの一員であるサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)に増産を求める動きをみせた。しかし、OPECプラスは全会一致を前提とするなど枠組を通じて加盟国間の関係強化が図られる一方、中東諸国のなかには米国への不信感が高まる動きもみられるなか、増産投資の『無駄撃ち』への警戒も影響して両国は明確なスタンスを示さない対応を続けた(注1)。なお、その後もウクライナ情勢の悪化を理由に欧州はロシア産原油の輸入縮小の取り組みを強化するほか、ロシア産原油に価格上限の設定を求めるなど『圧力』を強める一方、世界的な供給はロシア産原油の減少を米国などの戦略備蓄放出や米国のシェールオイル増産などでは充分賄えない展開が続いてきた。また、OPECプラスによる協調減産の段階的な縮小にも拘らず、リビアやナイジェリア、アンゴラなどアフリカ諸国での生産低迷を理由に枠組全体としては生産目標を下回る推移が続いており、ロシア産原油の供給減も重なり生産目標からの乖離が広がってきた。こうしたなか、OPECプラスは7月及び8月の協調減産枠を巡って、9月末の協調減産の終了を前提にしつつ、9月の協調減産縮小分を7月及び8月に均等に上乗せする形で実質的な増産とすることで、OPECプラスの枠組を重視するロシア、増産を求める米国の双方の顔を立てる対応をみせた(注2)。他方、中国では6月以降上海市でのロックダウン(都市封鎖)が解除されるなど経済活動の正常化を模索する動きがみられたものの、当局はゼロ・コロナ戦略に拘泥する姿勢を変えておらず、景気の先行きに不透明感がくすぶる状況が続いている(注3)。さらに、コロナ禍からの堅調な回復が続いた米国においても、物価高と金利上昇を理由に家計消費など内需に下押し圧力が掛かる形でテクニカル・リセッションに陥る一方、物価高が先行きも景気の足かせとなる懸念がくすぶるなど景気に対する不透明感が高まっている。このように世界経済に対する不透明感が急速に高まっていることを反映して、足下の国際原油価格は調整の動きを強めるなど産油国にとっては増産の妙味が低下する事態となっている。なお、米国のバイデン大統領は先月の中東歴訪に際してサウジアラビアのムハンマド皇太子と初めて会談を行い、同皇太子の関連が疑われるサウジ人記者殺害事件をきっかけに悪化した関係の修復に動いたほか、湾岸協力会議(GCC)の拡大首脳会議に出席したものの、原油の増産に向けた確約は得られなかった模様である。他方、先月末にロシアのノバク副首相はサウジを訪問し、アブドルアジズ・エネルギー相との会談でOPECプラスの枠組の堅持で一致するなどの動きがみられた。協調減産が事実上終了する9月以降の生産動向を協議するOPECプラスの閣僚級会合の行方に注目が集まったが、事前に開催されるJTC(合同専門委員会)やJMMC(合同閣僚監視委員会)では今年の供給過剰予想が日量80万バレルと従来見通し(同100万バレル)から引き下げられるなど過剰感の後退が共有された。他方、7月のOPEC(石油輸出機構)加盟国全体の産油量は日量2898万バレルと前月から同31万バレル拡大したものの、うち半分(同15万バレル)をサウジが占める一方、全体としてはOPECプラスで合意した目標を下回る推移が続いている。こうしたなか、3日の閣僚級会合では9月の産油量を日量10万バレル追加増産することで合意した(OPECプラス全体としての産油量は同4395.5万バレル)。会合後に公表された声明文では、現状について「市場のファンダメンタルズが劇的且つ急速に変化するなかで継続的な評価の必要性」、「余剰生産能力が極めて限られるなかで慎重な活用が不可欠であること」、「慢性的な投資不足による余剰生産能力の減少」といった懸念が共有された。その上で、「OECDの商業原油在庫が30年ぶりの低水準になっている」こと、「一部の参加国による自主的な増産により順守率が向上していること」を受けて小幅増産で合意したとしている。また、今回の増産幅について「協調減産の縮小計画に影響を与えない」との認識が示されるなど、あくまでOPECプラスの枠組を堅持することが強調された。小幅増産は米国の増産要請に一定程度応えざるを得なかったことへのギリギリの対応とみられるが、需給動向に与える影響は極めて限定的であり、バイデン前大統領が自ら赴いてまで行った増産要請は事実上『空振り』と捉えられる。今年11月の中間選挙でのバイデン政権及び与党・民主党の苦境が予想されるなか、米国の指導力及び存在感の低下が世界の政治、外交、経済に影響を与えることは避けられそうにない。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ